上機嫌な芽依ちゃん

猫丸

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上機嫌な芽依ちゃん

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 とあるテレビ局の楽屋にて、いつも通り日向坂のメンバーは和気あいあいと、少し騒がしいくらいに楽しそうに話していた。
 その中で、珍しくと言ってしまっては何だが、それでもやっぱり珍しく難しい顔をしている人物が居た。
「………………」
 彩花は楽屋の椅子に腰かけながらじーっととある人物を眺めていた。
 いつもであればスマホのゲームにでも興じるところなのだが、今日はそんな気分ではないのである。どうにもずっと頭の片隅に引っかかっていることがあり、そのせいでず~っとモヤモヤしている。
 彩花の視線の先には久美に遊んでもらっている芽依が居る。芽依が子供っぽいのか、久美が大人っぽいのか、果てまたはその両方の相乗効果か。ぱっと見るとどう考えても親子が遊んでいるようにしか見えない。
 実は彩花には朝からずっと気になっていることがある。
「ってかめいめい、今日テンション高くない?」
 久美の言葉に彩花はコッソリと頷く。
 そう。久美も気付いたようだが今日のめいめい、やたらとテンションが高いのである。



 違和感を覚えたのは朝会った時。
 いつも通り一緒に仕事場に向かうため、駅の改札前で待っていると、芽依がいつも通り5分くらい彩花より遅れてやってきた。別に彩花が早く来ただけで、芽依は時間通りに来ているのだから、それ自体は別にいいのだが、気になったのが芽依の駆け寄り方。軽くスキップでも混じっているかのように、明らかにいつもより足取りが軽い。
 確かに元々、カメラが回っている時以外は元気いっぱいというか、テンション高めな女の子なのだが、それを差し引いてもなお、歩き方から大分浮かれているのであろうことが伺える。珍しいな、と思った彩花は挨拶をそこそこに済ませると、
「めいめい、何かいいことあった?」
「え? 何で?」
「いや、何か今日上機嫌な気がして」
「え~? そんなことないよ? ……あっ、間違った。ソンナコトナイヨ?」
 言葉では否定しているが、ニヤけている顔が明らかに図星を突かれたであろうことを物語っている。おまけによほどテンションでも高くなければ、今みたいな言い直しもしない。
「でもいいことはあるかも」
 どうやらいいことがあったわけではなく、これからいいことが起こる予定らしい。どっちにしても気になる彩花は『え? なになに?』と聞いてみる。
「えっとね、」
 芽依は何かを言おうとして、それを止めると彩花の方を見て、イタズラっぽく微笑むと、
「えへへ~、ヒミツ~」



 変な話ちょっとカチンと来た彩花は意地でも芽依が楽しみにしていることを言い当ててやろうと思っているのだが、現状、中々に手詰まりしている。
 芽依が楽しみにしていることと聞いて、真っ先に思い付いたのは小籔さん関連のこと。しかし今日は共演予定が無いし、スマホで調べてみても、何か番組とかイベントをやっているわけでもなさそうだった。
 そしてこうなってくるとほぼほぼノーヒントになってしまう。というか、芽依のテンションをあそこまであげるものが小籔さん以外にあるのだろうか? いや、無いと言い切ってしまいたいほど、まるで思いつかなかった。
 彩花がハイプ椅子に両膝を立てて座り、思考を整理しようと体を前後に揺すっていると、スタッフさんが楽屋に入ってきて、
「差し入れ頂きました~! 皆さんでどうぞっ!!」
『わぁ~っ!!』
 楽屋内にメンバー全員の黄色い悲鳴が響く。芽依のテンションも一段階上がり、感情を抑えきれなかったのか、その場で小さくピョン! と跳ねた。それだけテンションが上がっているにも関わらず、後輩に先に取らせてあげている辺りは流石と言うべきか。
 これか……? と一瞬彩花は考えたが、すぐに首を横に振る。
 この差し入れはたった今届いた物だ。朝の時点で知るわけはない。
「? あや~、食べよ~」
 後輩が取り終えた後、彩花の分まで取ってきてくれた芽依が彩花の分をこちらに差し出しながら言ってくる。それはありがたく受け取りながら、彩花は芽依のことをジーっと見つめる。
「な、なに……?」
 食べようとしているところをジーっと見られるものだから食べづらいのだろう。一回口元まで運んだ差し入れを口から遠ざけて、彩花に聞いてくる。
「いや、何でも……」
「?」
 そんな意固地になることでもないので、芽依に聞いてしまえばいいのだろうが、やっぱりもうちょっと自分で考えたい彩花は何も聞かずに差し入れを口へと頬張った。



 楽屋の様子をずっと眺めていた彩花は一個気付いたことがある。それは芽依以外さほどテンションを上げている様子が無いこと。つまり、何かを楽しみにしてテンションを上げているのが今のところ芽依しか居ないということ。
 だがこれは少しおかしな話だ。というのも今日の仕事、日向坂としてオファーを受けているため、芽依だけの仕事、というのが存在しない。であれば当然、この日向坂として受けている仕事の中に芽依が楽しみにしていることがある、というとこになるが、そんな芽依のテンションだけ特別上がるようなものは無いハズである。
(ということは、仕事終わりに何かある? 何かの発売日とか?)
 いい線行ったと思ったのだが、どうにもこれも空振りっぽい。歌手や漫画の発売日を調べてみるが、特に今日それらしいものはなかった。
 もういっそネットの質問箱にでも投稿してやろうかと彩花が企んでいると、芽依が楽屋を出ていくのが見えた。
(……あれ? さっきも出てなかった?)
 トイレにしては行く頻度が多いな、と思った彩花は芽依の後を追って楽屋を出る。
 別にこっそり尾行をする気も無かった彩花は小走りして芽依に追いつくと、
「めいめい~」
 後ろから声を掛けると、芽依が少し驚いたように振り返った。
「あや、どうしたん?」
「いや、楽屋から出て行くのが見えたから」
「あ~……」
 芽依がちょっと気まずそうに眼を逸らす。そのリアクションは少し気になった彩花だが、一旦それは置いておいて、顔の前で両手を合わせると、
「めいめい、降参! めいめいが楽しみにしてることを教えて!」
「えっ? ……あ、ひょっとして朝からずっと考えてたん?」
 まさか朝のあんなさり気ない会話から今に至るまでずっと彩花が考えていたとは思わなかったのだろう。芽依は少し申し訳なさそうな顔をすると、
「ん~。でも、起きるか分からんよ?」
「ん? あっ……」
 言われて気付いた。そういえば朝、芽依はこう言っていた。『いいことはあるかも』と。つまり起きるか起きないかは分からない未確定のこと、ということだ。
「それってこの辺ウロウロしてると起きるの?」
「いや、起きたらええな~、と思ってるだけで、起きるかは……あっ」
 言葉を発したのとほぼ同時に、芽依はいきなり彩花の後ろへと隠れた。何だ何だ? と彩花が事情が分からず戸惑っていると、目の前からこちらに来る人物に気付いた。

「あ、澤部さん」

 向こうもこちらに気付いたらしく、手を振りながらこちらに近付いてくる。
「久しぶり。あれ? 今日こっちで仕事?」
「はい、これから収録です。澤部さんもですか?」
「いや、俺は終わって帰るとこ」
 へ~、と彩花が相槌を打っていると、背後から、危なかったぁ~、というとっても小さいが明らかに安堵している声が聞こえてきた。ん? と思って彩花が振り返ると、その彩花の仕草で初めて芽依がそこに居ることに気付いたらしい澤部が、
「おっ! 芽依ちゃん! 久しぶり」
「あ、え、……久しぶり、です」
 相変わらず彩花の背中に隠れながら、芽依は顔だけ横から出して挨拶する。
「あれでしょ? 何か最近、日向坂凄いんでしょ? ねぇ? 新番組も決まるし、ラジオも決まるし、ライブもするしで。大変だね?」
「……澤部さん、見てくれてるんですか?」
「当たり前じゃないですか。あれでしょ? ……凄いんでしょ?」
「え~……、絶対見てない……」
 そんなお決まりの会話を楽しんだ後、澤部は次の仕事があるらしく、足早にそこを去っていた。『また共演できるといいね』という、そんな嬉しい一言を残して。
 話せたのは大体2,3分といったところだろうか? それでもとても満足げな顔をして、澤部の背中が見えなくなるまでずっと手を振っていた芽依を見て、彩花はニヤリと笑うと、
「ほほぅ?」
「な、何?」
「いや別に? 小籔さん以外の芸人さんにも興味あったんだなぁ~って思っただけ」
「むぅ……」
 芽依が唇を突き出してむくれているので、どうやら図星らしい。芽依が今日楽しみにしていた、というのが今のなのだろう。
 色々合点がいった。同じ時間帯に同じテレビ局で仕事があるから、楽屋の外をウロウロしていれば会えるのではないか? と期待していたのだろう。
「けどよく知ってたね? 今日澤部さんがこっちで仕事があるってこと」
「ラジオで言っててん」
「おう、なるほど」
 道理で彩花含め、メンバーの誰もその情報を持ってなかったわけだ。しかし事情を知ってしまえば、芽依が楽しみにしていた理由も分かる。彩花も実際、会えて嬉しかったわけだし。
「まぁ、澤部さんと土田さんには『けやかけ』の頃からお世話になってるもんね。オードリーさんや小籔さんとはまたちょっと違った意味で、特別な存在だよね」
 彩花のその言葉を聞いて、芽依は突き出していた唇を引っ込めると、心の中だけでコッソリと、
(……それだけやないよ)
 と呟いた。
 それは今でも忘れない。昔あの人が言ってくれた言葉。

『大丈夫、大丈夫よ。誰がMCやってると思ってるんだよ?』

 きっと、半分くらいは冗談で言ってくれたのだろう。
 だから、きっとあの人は知らないだろう。
 あの言葉がどれほど嬉しかったのか。
 あの言葉にどれほど勇気づけられたのか。
 バラエティ経験がほとんど無く、何を話せばいいのかも分からず、ただただ泣いてしまった芽依を大袈裟ではなく救ってくれた言葉。MCを信じて、何でもいいから話せばいい、そんな大切なことを教えてくれた言葉。
 一緒にレギュラー番組をやる、というのは、ひょっとしたらもう難しいのかもしれない。だけど、絶対にいつかまた何かの番組で共演したい。
 こんな数分の立ち話などではなく、1時間、2時間と一緒に話せることを芽依はずっと願っている。

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