転生先は乙女ゲーム(?)の世界でした

おぼろそぼろ

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 建国期の英雄オースタ=ハルベルクは偉大な魔法使いであると同時に、芸術家であり数学者であり科学者であり文学者であり哲学者であり……要するに天才というやつなのだ。

 一つの道を究めれば自ずと他の道にも秀でてしまうというのはよくある話だけれど、ここまで多岐に渡って名を残す人物というのは前世でもあまり見かけなかった気がする。



 薬学書の棚を一通り見て回って両手にいっぱいの本を抱えた私は、そのまま突き当たりにある出窓に腰掛けて本を読み始めた。

 他の人に見られたら行儀が悪いと言われそうだが、出窓はとても日当たりが良く、本を読むのには最高の場所に思えた。


(学術書のコーナーはあんまり人もいないしね。快適快適)


 手に取る人が少ないからか、山と積まれた本は少しカビ臭くて、それがとても心を躍らせた。古めかしい表紙を開くと、薄茶色に焼けた紙に印刷された文字が飛び込んでくる。


『オースタ=ハルベルクの提唱する七つの星とその守護樹による単律光薬についての考察』


(お、この人もハルベルカーか)


 天才というのは大抵が自分の世界を持っている。それはオースタにも言えることで、彼の残した著作や記録は独特な形式で書かれており、研究するためにはまず解読と解釈を必要とした。

 だから様々な学者たちが彼の研究内容についてあれこれと議論を重ね、様々な学説が生み出されている。

 そういった、オースタ=ハルベルクの研究に人生を捧げている人たちのことを私は心の中でハルベルカーと呼んでいた。


(うーん……この人とはあんまり気が合わなさそうだな……)


 パラパラとページをめくりながら、私が普段好んで読む本とは少し違った方向の考察に目を通す。

 その内容は少し極端で、話の展開も飛躍しすぎているように感じた。過激な思想を好む人や派手好きな人なら好きなのだろうな、という系統である。


「んー……」


 読み進めるか読むのをやめるか迷っていると、前方からバサッという音がした。顔を上げる。


「あっ……えっと、わああ」


 目の前には少年が一人、立っていた。

 若草色の瞳が丸眼鏡の奥で呆然と見開かれていたが、目が合うと彼は慌てたように何か言おうとして、そのはずみに手に持っていた本の山が落ちていってしまう。先ほどのバサッという音も、本が落ちた音だったのだろう。


「……大丈夫?」


 わたわたと忙しない様子で本を拾う少年に歩み寄って、一冊拾って手渡す。

 少年は弾けるようにこちらを見て、それからうっすらそばかすのある白い頬をさっと赤らめてまた俯いた。


「いや、あの、はい、大丈夫……です」


 おずおずと、差し出した本を受け取ってくれる。その手は柔らかそうな、まるで女の子のような手だった。


「ごめんなさい、もしかしてここ、あなたの指定席だった?」
「いえ、違うんです。僕も入学したばっかなのでそんな指定席なんて……」


 素敵な出窓を指して念のため尋ねると、少年はブンブンと首を振った。少し癖のある、柔らかそうな髪の毛が揺れる。


「えっと、アイラ様ですよね。ハートレイ公爵の……」
「あら、知っててもらえたなんて嬉しいわ」
「その、有名ですから……」


 少年は頑張ってこちらを見ようとしているようだが、気弱そうにキョロキョロと視線が泳ぐ。


(ああ、なんか可愛いな……)


 まるで普通の思春期に差し掛かる子どもを見ているような気分になって和む。

 ほんわかした気持ちになって微笑む私を通り越した視線は、私が出窓に積んでいた本の山に止まった。


「……あれ、アイラ様が読むんですか?」
「え?ああ、そうね」


 びっくりしたようにまた見開かれた少年の瞳が、出窓から差し込む光を受けてキラキラと光る。そしてその表情もみるみる輝いていく。


「すごい……まさか他にもああいうのを読む人が、しかも貴族のお嬢様でいたなんて!」


 少年は立ち上がって出窓に近づき、積まれた本のラインナップを確認した。


「これ、マティアス教授の本ですよね、どうでしたか?」


 先ほどまでまるで合わなかった視線が、こんどはこちらが恥ずかしくなるくらい真っ直ぐぶつかる。


「ちょっと過激でわたくしには合わなかったわ」


 聞かれたので正直に答えると、少年はそっかそっかと呟きながら楽しそうに頷いた。


「そうですね、マティアス教授は若い頃スーヴィエ学派に傾倒していたらしいので、少し極端な意見を好むんですよね」
「ああ、スーヴィエの……道理で好きになれないわけだわ」
「ふふ、アイラ様はウィンザー派ですか?」
「ええ、どちらかといえば」


 楽しそうに少年が話すのを見ていると、こちらまで楽しくなってきた。というかこうやって本の話ができる相手があまりいないので普通に楽しい。


「ウィンザー派といえば……あ」


 いきなり我に帰ったようで、少年の顔がまたじわじわと紅潮していく。


「す、すみません馴れ馴れしく…!」
「いいえ、とても楽しいから気にしないで。……あなた、お名前は?」
「えっと、テオです」
「テオ、あなたのお話、とっても面白いわ。もっと聞かせてくださらない?」


 せっかく出会えた読書仲間を逃すまいと、テオの手を握る。貴族令嬢にいきなりそんなことを言われたテオは口を半開きにして、キョトンとこちらを見つめていた。


「ああ、少し待ってね……はい、こうすれば一緒に座れるわ!」


 出窓に無造作に積んでいた本を避けてスペースを空ける。


「ね、もっとお話ししましょう?」


 先に私が座って、開いた場所をポンポンと叩く。テオは私の顔と出窓を交互に見てから、照れたようにはにかんだ。



「……はい、僕でよければ、喜んで」
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