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1章
4話 魂込めて歌いますッ‼
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バンッと勢いよく開かれる扉。
「先生、持ってきたよ」
次には上代ひびきの声。
昨日とは違うその雰囲気に、私はどこか懐かしさを覚えた。
「いい顔だ。進路調査はこれで終わり、もう行っていいぞ」
紙を受け取った後に退出を命じた。
「先生、せめて読むくらいはしなよ。めんどいからってそりゃないよ」
「どうせ何言ったって聞く気ないだろ、お前」
「わかってんじゃん。このあとやる軽音ライブ、絶対来てね」
「軽音部じゃないだろお前。それに、そのギターケース……」
「いいから来てね‼」
上代ひびき。
彼女はいつも、どこか虚しさを感じている様子だった。
時間が経つにつれてそれは色濃く感じられた。
だがしかし、彼女は今日ついに答えを見つけた、そんな顔をした。
高校三年生の時の私にそっくりの顔。
何もしてやれなかった担任として不甲斐ないが、それでも変わってくれた彼女を見て安堵する。
——あとは、ライブで何も起こさなければ心配しなくていいんだがなぁ。
いつの間にか大きくなっていた彼女の背。
最後くらいは付き合ってやろう、そう思えるくらいには格好良かった。
文化祭も後半に差し掛かり、入場ゲートである校門の人通りは数えるほどになっていた。
「さて、体育館はどこだったかなー」
校門の近くで車を止め、後部座席から下車する二人。
ギターケースを持つスーツ姿の女性と。
白い髪に赤メッシュ、カジュアルな服装というとても目立つ出で立ちの女性。
「本当にやるんですか?」
「ええもちろんよ。面白そうじゃない」
「まあいつものことですからね、手伝いますよ……」
そんなことを呟きながら二人は校門をくぐった。
鋭い眼光を周囲に放ちながらズカズカと体育館真ん中を歩いてステージに向かうメイド。
その背にはギターケース。
三バンドが演奏を終えた現在、会場にはびっしりと人が入っていた。
席はすべて埋まり、端には大量の立ち見客。
次に演奏する木之崎のバンドが皆の目当てなのだろう。
時折聞こえる楽器の音は観客の期待を煽りに煽っているようだ。
そのど真ん中を突っ切るメイドが目立たないはずがなく。
「あれ、姉ちゃんじゃん」
「本当ね。メイド服着ないんじゃなかったかしら? それになんでギター?」
父はひびきを一瞥して目を閉じた。
メイドは舞台裏に身を消した。
そこに走ってきた先生も追いつく。
また別の場所には加奈と翼の姿。
「ひびきちゃん、どうしたのかな……」
「んーわからん。教室戻ったと思ったらギター持ってすぐどっかいちゃったし」
「心配だよ」
「加奈は告白に集中だよ! この大勢の中、告白する気なんでしょ木之崎」
「っぽいね…… 私どうしよ、逃げちゃおっかな……」
「それはダメだろ。可哀想じゃん」
場所は戻り体育館入り口。
「あー着いた着いた、ひびきちゃんいるかな?」
下車後、記憶を頼りに体育館までやってきた白髪の女性とスーツの女性。
「先輩、私はステージに上がりませんからね……」
「それでいいよ。私がやる」
はあ、と吐かれるため息には諦めの色が窺えた。
「木之崎、変わって」
ステージの裏ではメイドと先生に加えて木之崎たちがいた。
「はあ⁉ 何言ってんだよ、どうした」
「頼むよ」
「だから何でッ——」
いきなりで不躾な頼みに不満そうな木之崎たちバンドメンバー。
そこに先生がパンッと手を合わせて間に入る。
「悪いな木之崎、私からも頼むよ。このあと私がメンバーとして入るから、それじゃダメか?」
「マジっすか‼ 先生入ってくれんなら俺は後でもいいけど……」
先生の参加に大きな反応を示す木之崎。
しかしメンバーの意見を無視しては、といった様子で振り返る。
「俺らも大丈夫。トリには変わりないしな。先生が入ってくれんなら文句ナシ」
「アリガト、木之崎」
「本当にすまんな」
——さて。
ケースからエレキギターを取り出す。
ライブ独特の光に照らされたそれは赤く存在感を放つ。
近くの椅子に座りチューニング。
先ほどの練習で生じた微細なズレを、これでもかというくらい正確に合わせる。
そして木之崎たちから譲り受けたステージの方へ歩いていく。
瞑る瞼の奥には先ほどの曲。
付け焼刃。
十全ではなく、十分でもない。
とてもまともな演奏にはならないだろう。
——だがそれがどうした。この先の恐怖に比べたら大したことはない。
心臓が灰燼と化すほどの心拍。
だが、歩け。
ステージに立て。
この迷いに終止符を。
ついにステージの照明がバツンと落とされ、その時が訪れる。
次にステージが明るくなった時。
そこには赤く輝くギターを持った、メイド姿のひびきだけが立っていた。
「歌います、『HIBI』……」
「ひびきちゃん‼ 待って」
『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ‼』
ひびきは瞠目する。
ステージの横。
袖幕から姿を現したのは白髪の女性。
憧憬の存在。
伝説の若手バンド、『ATH』のギターボーカル、シズカだった。
会場は一瞬で熱気と狂乱に包まれる。
「アンプにこれ、繋いでないぞ」
「……ぁ。なんでっ」
ひびきの頬には歓喜の雫。
ケーブルをアンプに繋いだシズカは、二つ目の、ひびきのそれと全く同じ、真紅のギターを取り出した。
「ひびきちゃん、いける?」
憧憬に目を合わせ、微かに口角を上げてみせる。
「もちろんッ‼」
次には、俯き、目を瞑る。
踏み出せずにいた私は、この人にあっさり変えられてしまった。
今はもう、昔の私ではない。
今はもう、先の私だ。
迷いはない。
あるのはこれ以上ない素敵なステージだけだ。
刹那の静寂の末、観客を見渡したひびきは決意の咆哮をあげた。
「魂込めて歌いますッ‼」
「「HIBIKI‼」」
「先生、持ってきたよ」
次には上代ひびきの声。
昨日とは違うその雰囲気に、私はどこか懐かしさを覚えた。
「いい顔だ。進路調査はこれで終わり、もう行っていいぞ」
紙を受け取った後に退出を命じた。
「先生、せめて読むくらいはしなよ。めんどいからってそりゃないよ」
「どうせ何言ったって聞く気ないだろ、お前」
「わかってんじゃん。このあとやる軽音ライブ、絶対来てね」
「軽音部じゃないだろお前。それに、そのギターケース……」
「いいから来てね‼」
上代ひびき。
彼女はいつも、どこか虚しさを感じている様子だった。
時間が経つにつれてそれは色濃く感じられた。
だがしかし、彼女は今日ついに答えを見つけた、そんな顔をした。
高校三年生の時の私にそっくりの顔。
何もしてやれなかった担任として不甲斐ないが、それでも変わってくれた彼女を見て安堵する。
——あとは、ライブで何も起こさなければ心配しなくていいんだがなぁ。
いつの間にか大きくなっていた彼女の背。
最後くらいは付き合ってやろう、そう思えるくらいには格好良かった。
文化祭も後半に差し掛かり、入場ゲートである校門の人通りは数えるほどになっていた。
「さて、体育館はどこだったかなー」
校門の近くで車を止め、後部座席から下車する二人。
ギターケースを持つスーツ姿の女性と。
白い髪に赤メッシュ、カジュアルな服装というとても目立つ出で立ちの女性。
「本当にやるんですか?」
「ええもちろんよ。面白そうじゃない」
「まあいつものことですからね、手伝いますよ……」
そんなことを呟きながら二人は校門をくぐった。
鋭い眼光を周囲に放ちながらズカズカと体育館真ん中を歩いてステージに向かうメイド。
その背にはギターケース。
三バンドが演奏を終えた現在、会場にはびっしりと人が入っていた。
席はすべて埋まり、端には大量の立ち見客。
次に演奏する木之崎のバンドが皆の目当てなのだろう。
時折聞こえる楽器の音は観客の期待を煽りに煽っているようだ。
そのど真ん中を突っ切るメイドが目立たないはずがなく。
「あれ、姉ちゃんじゃん」
「本当ね。メイド服着ないんじゃなかったかしら? それになんでギター?」
父はひびきを一瞥して目を閉じた。
メイドは舞台裏に身を消した。
そこに走ってきた先生も追いつく。
また別の場所には加奈と翼の姿。
「ひびきちゃん、どうしたのかな……」
「んーわからん。教室戻ったと思ったらギター持ってすぐどっかいちゃったし」
「心配だよ」
「加奈は告白に集中だよ! この大勢の中、告白する気なんでしょ木之崎」
「っぽいね…… 私どうしよ、逃げちゃおっかな……」
「それはダメだろ。可哀想じゃん」
場所は戻り体育館入り口。
「あー着いた着いた、ひびきちゃんいるかな?」
下車後、記憶を頼りに体育館までやってきた白髪の女性とスーツの女性。
「先輩、私はステージに上がりませんからね……」
「それでいいよ。私がやる」
はあ、と吐かれるため息には諦めの色が窺えた。
「木之崎、変わって」
ステージの裏ではメイドと先生に加えて木之崎たちがいた。
「はあ⁉ 何言ってんだよ、どうした」
「頼むよ」
「だから何でッ——」
いきなりで不躾な頼みに不満そうな木之崎たちバンドメンバー。
そこに先生がパンッと手を合わせて間に入る。
「悪いな木之崎、私からも頼むよ。このあと私がメンバーとして入るから、それじゃダメか?」
「マジっすか‼ 先生入ってくれんなら俺は後でもいいけど……」
先生の参加に大きな反応を示す木之崎。
しかしメンバーの意見を無視しては、といった様子で振り返る。
「俺らも大丈夫。トリには変わりないしな。先生が入ってくれんなら文句ナシ」
「アリガト、木之崎」
「本当にすまんな」
——さて。
ケースからエレキギターを取り出す。
ライブ独特の光に照らされたそれは赤く存在感を放つ。
近くの椅子に座りチューニング。
先ほどの練習で生じた微細なズレを、これでもかというくらい正確に合わせる。
そして木之崎たちから譲り受けたステージの方へ歩いていく。
瞑る瞼の奥には先ほどの曲。
付け焼刃。
十全ではなく、十分でもない。
とてもまともな演奏にはならないだろう。
——だがそれがどうした。この先の恐怖に比べたら大したことはない。
心臓が灰燼と化すほどの心拍。
だが、歩け。
ステージに立て。
この迷いに終止符を。
ついにステージの照明がバツンと落とされ、その時が訪れる。
次にステージが明るくなった時。
そこには赤く輝くギターを持った、メイド姿のひびきだけが立っていた。
「歌います、『HIBI』……」
「ひびきちゃん‼ 待って」
『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ‼』
ひびきは瞠目する。
ステージの横。
袖幕から姿を現したのは白髪の女性。
憧憬の存在。
伝説の若手バンド、『ATH』のギターボーカル、シズカだった。
会場は一瞬で熱気と狂乱に包まれる。
「アンプにこれ、繋いでないぞ」
「……ぁ。なんでっ」
ひびきの頬には歓喜の雫。
ケーブルをアンプに繋いだシズカは、二つ目の、ひびきのそれと全く同じ、真紅のギターを取り出した。
「ひびきちゃん、いける?」
憧憬に目を合わせ、微かに口角を上げてみせる。
「もちろんッ‼」
次には、俯き、目を瞑る。
踏み出せずにいた私は、この人にあっさり変えられてしまった。
今はもう、昔の私ではない。
今はもう、先の私だ。
迷いはない。
あるのはこれ以上ない素敵なステージだけだ。
刹那の静寂の末、観客を見渡したひびきは決意の咆哮をあげた。
「魂込めて歌いますッ‼」
「「HIBIKI‼」」
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