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04 ■Deepening love■――深まる愛

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 私とブラウニーの11歳の誕生日が近づいてきた。

 私達の誕生日は半月違いだ。
 私が拾われた半月後にブラウニーは拾われた。
 この教会では拾われた日が誕生日になる。

  11歳になると、つまりこの教会にはあと1年しかいられない。
 がんばっても13歳までって法律で決まってるし。

 あれから私は、神父様とは日常会話と魔法レッスンで顔を会わせたけれど、
 彼もいつも通りだし私もいつも通りだった。表面上は。
 私はもう一度、運命の件について話がしたかったけれど、私に勇気がないのと、神父様の出張が多くてその機会が得られてない。

 彼の言葉を反芻していると、何故彼があんなことを知っているのかと疑問が浮かぶ。
 ひょっとしたら私と一緒で『特別な夢』を見るのかも。
 同じ聖属性だしね。

 それなのに、私にはさっぱり、その神父様が言うようなブラウニーに関する夢をみることができない。
 せいぜい、明日ブラウニーが雨に降られる、とか。
 そういう割と別にどうでもいい夢くらいしか……。

 でもだからといって。
 ブラウニーとこの先も一緒にやっていくことは諦めるなんてできない。

 もう二人で決めてあるから。
 二人でどこか落ち着いた先で雇ってもらえるところを探して、お金を貯めて一緒に住める家を買うのが目標って。

 神父様にあんな話されなきゃ、きっと今頃楽しみでウキウキしてたのに……。

 ――ブラウニーが死ぬかもしれないよ?

「……そんなこと、信じない」
「ん? なにか言ったか?」
 一緒に草むしりをしていたブラウニーがこっちを振り返った。やば、声にでちゃった。

「ううん、なんにも」
「そうか? ところで、草むしり終わったら自由時間だ。レインツリーに行かないか?」
 レインツリーとは近くの街の名前だ。

「ん? いいけど。何しに行くの?」
「恒例の誕生日プレゼント、買いに行こうぜ。去年もこの時期に行ったろ?」
「ああ! やった! 恒例のプレゼント交換!」

 私達は毎年お互いの誕生日プレゼントを街へ買いに行く。
沈んでた気持ちが、ふわりと温かくなる。

 やっぱりずっと一緒にいたい。


※※※

「う、市場に付く前に両手がふさがっちまったな」
「む、無理しないで、半分持つから!」
「いい! オレが持つ!」

 私とブラウニーがとりあえず市場を目指していたところ、両手に持ちきれない施しを頂いてしまった。色んな人から。

 服やらクッキー缶やら……何故こんなに良くしてくれるのかしら、ありがたいけどお返しできないのが、ちょっとつらかったりする。

「ほんとお前、人気者だなぁ」
「なんでなんだろうね…」(否定はしない)

「そりゃ、プラムが可愛いからでしょ?」
 金髪碧眼の美少年が、いきなり会話に割って入ってきた。

「やあ、プラム。久しぶり」
「あら、こんにちは、リンデン」(可愛いはスルー)

 リンデンは最近、街でよく見かける少年だ。
 どこの家の子かは知らない。私達より少し年上かな。
 なんか身なりがいいし、お金持ちの子じゃないのかな。

 それにしてもいいのか。
 街の普通の子供ならともかく、こんなおぼっちゃんが
 私達みたいなのに話しかけて。

「今日は一人じゃないんだね、プラム」
「うん、今日はブラウニーと一緒に誕生日プレゼントを買いに来たの」
「もう荷物はいっぱいで買えそうにないけどな……」

 ブラウニーは貧弱なタイプではないけれど、さすがに子供が持つには荷物が多すぎてつらそうだ。
 私にも持たせればいいのに。あとでいくつか奪おう。

「あはは、確かにそっちの彼は、もう何も持てなさそうだ。
それにしても誕生日プレゼントか……、僕もなにか用意しないとね」

「いいよいいよ、そんなの。
リンデンからもたまに色々もらってるし!誕生日プレゼントまで貰えないよ! 気持ちだけで!」
「えー。つまんないなぁ……。ところでプラムは、引取先は決まったのかい?」

 ……え、なんでそんな事聞くんだろう。
 いくら私達が孤児でもちょっと不躾じゃないだろうか。

 ブラウニーが少し眉をひそめた。
 早く行こうっていってるのがわかる。うん、私もそうしたい。

「ううん、でも教会を卒業した後のことは、もう決めてあるよ。それじゃ、そろそろ行くね、また!」

「待ってよ」
 一緒に並んで歩いてきた。ちょっとしつこくない?

「えっと、自由時間終わっちゃうから……」
「ねえ、僕の家の子になりなよ?」
「……はい?」
「うん、正確には僕の妹にならない?」

 はいぃ?

 そんな事、こんな井戸端会議的な流れで言わないでほしい!
大体あなたのことあんまり知らないし!

 そもそもこの話は、あなたのお父さんとお母さん知ってるの?
 だいいち、私にはブラウニーと一緒に旅にでる目標あるし、無理!

「ならない。プラムはオレと旅にでるんだ。すまないな」
私が口を開くより早く、ブラウニーが言った。

「僕は君が喋るの許可してない。なんで君が答えるのかな。僕はプラムと話してるんだ」
 ああ、この喋り方、ただの街のお金持ちじゃなくて、貴族だわ。

「……すみません。じゃあ、プラム行くぞ」
「う、うん! すみません、そういう事で、私その話無理です! では! さよなら!!」

 こう言う時はさくっと言葉短く謝って相手がなにか言う前に逃げるに限る!
 私はドサクサに紛れて、ブラウニーの荷物を半分奪った。
 これで二人で走って逃げれる。

 ブラウニーは一瞬、あって顔したけど、その後にんまり笑って。
「とっととずらかるぞ」
「おーう!」

 あとで教会に苦情が来ないか心配になったけど、
 とにかくその場はダッシュで逃げた私達なのだった。


※※※

 教会への林の一本道まできて、私達の爆走は力尽きた。
「はあー! もう無理!」
「だな。オレも限界だ。…けどまあ、ここまでくれば大丈夫だろ」
「そうだねー」
 私達は木陰で少し休むことにした。
 まだ日は高い。

「今日もらったなかに、リンゴがあるな、ほら。喉乾いたし食おうぜ」
 ブラウニーが投げたリンゴをパシッと受け取る。

「ありがとう。さすがにまだ距離あるし、ちょっと水分ほしいよね。ああ、それにしても誕生日プレゼント買えなかったなぁ」

「まさかこんなトラブルが起きるとはな。あの坊っちゃん、多分諦めてない気がするぞ。しばらく街には行かないほうがいいかもしれないな」

 そうかもしれない。ただ、貴族だとわかった以上、あの街には遊びで滞在してるんだろうからそのうちいなくなるだろう。
 ……早く帰ってくれないかなぁ。

 リンゴを食べ終わった後、ふとブラウニーが真面目な顔をしてこちらを見て言った。
「プラム、もう一回だけ聞いておきたいんだけどな」
「ん?」

「お前、本当にオレと旅にでるのでいいんだよな?」
「え……?」
 え、なんでなんで。
 あんなに約束したのに。

「お前は人気者だし、そこの街ですら引き取り手多数だろ。おまけに、聖属性持ちだ。王都にある学校とかにも通えるだろうし、さっきみたいな貴族の家の子になることだって可能だろ。旅に出ても、将来には大した広がりがないのはわかりきってるからな。別に疑ってるわけじゃないんだが、大事な事だから、ちゃんと聞いておきたい。……もちろん、例えばお前が学園とか行きたいっていうなら、オレも王都には行く。学園には入れないだろうけどな」

 なるほど、私に他にやりたいことがあってそっちよりブラウニーを優先してないか気にしてくれてるのね。
 確かに私の人生は、私がそっち方面を選べばかなり華やかなものになりそうだ。
 でも私の意見は変わらないのよ。

 私はブラウニーの片手を自分の両手で軽く握った。

「ブラウニー。私にとってブラウニーが今言ったこと、どれも興味がわかないことなの」

「私はブラウニーと一緒が良いっていう以外の意見が私の中にはないのよ。……私の周りはにぎやかになりやすいけれど、そこは絶対信じてほしいわ」

 あ、なんか恥ずかしい。
 真剣な話だから、つい手とか握ってまじまじ瞳とか覗き込んじゃったけど、急に顔が熱くなってきた。
 ブラウニーも耳が赤い。う、可愛い。

「そうか、わかった」
「うん、ブラウニーこそ、私と一緒で――」

 ――ブラウニー、命を落としてしまうかもしれないよ?

 ドクン。心臓が一瞬はねた。
 神父様の声が聞こえた気がした。
「あ……」

 ……そうだ、私こそ、ブラウニーと一緒に行っていいんだろうか。
 ずっと考えないようにしていた事が急に頭の中で膨れ上がってきた。

 私のせいで、ブラウニーが死んだら……

 そう、どうしてもブラウニーと一緒に行きたいがために、そこに蓋をしていた。
 でも……なんて言えば?

「どうした?」
 急にうつむいた私を、心配そうに彼が私の顔を覗き込む。

「……私達、ずっと一緒にいれる……よね?」

「じ、実は不安なの。さっきみたいに私だけを引き取ろうとしてくる人とかいたり、聖属性保持者だって事がバレたら、いつかお家が買えても引っ越さないといけないかもしれない。
そしたらブラウニーに迷惑かけちゃう……」

 これも卑怯な言い方かもしれない。
 隠し事を話したら、ブラウニーに見捨てられるんじゃないかと不安に思う気持ち、むしろ黙ってブラウニーを守るために身を引くべき……と様々な気持ちが心の中で拮抗してうまく喋れない。

 ぎゅっ。

 ブラウニーが私を強く抱きしめた。

「大丈夫だ。迷惑なんて絶対ない。
もしお前がどこかに連れて行かれても、絶対探してやるし、
連れて行こうとするヤツが近づいてきても一緒に逃げてやる。
それがどんなに大変だったとしても、ずっと一緒だ。
それは絶対変わらない」

 ブラウニーは落ち着いて淡々と喋るタイプだ。
 そしてそこにはしっかりとした彼の意思を感じる。
 私は彼のこの話し方が大好きだ。

「うん……、うん」
 私も頷いて、ぎゅっと抱きしめ返した。
 小さな頃から、悲しいことやつらいことがあった時はいつもこうやってお互いを支え合ってきた。
 今更この温もりを失うなんて耐えられない。

 ――本来、彼が添い遂げる相手から彼を奪うことになっても?

 ……私以外の誰かと。
 ズキリ、と胸が痛む。

 ちゃんと胸の内を語ってくれたブラウニーに、神父様の話はすべきだろうか。
 ……口止めされてるけど。

 それに話したところで、運命的な話では、私達にできることは何もないから
 ブラウニーに負荷をかけるだけな気がする。

 神父様の言っていることは戯言ではないって何故か私には理解できるだけに、
 ……わかっているのに、何もできないのがもどかしい。

「それで。まだオレに言ってないことあるだろ? この際だから言っちまえよ。……神父様に何言われたんだ?」

 私の髪をくしゃくしゃしながら、ブラウニーが耳元で囁いた。
 私は口をパクパクして彼の顔をみた。多分、とても情けない顔してる。
「……なんでわかるの?」

「このところ元気なかったしな。隠したってわかるって。……い、一応お前のことは誰よりもわかるつもりだし。あー、えっと口止めとかされてんのか?」
 ブラウニーの顔が気がつけば真っ赤だ。でも目は逸らさない。

 彼の真摯な瞳を見て、話さないわけにはいかないと思った。
 負荷になるかもしれないけれど、黙っているのは彼に対して不誠実だし、彼も知っておくべきだと思い直した。
 もしも私が逆の立場なら絶対知りたい。

「実はね……」


※※※


「……オレが死ぬ、なぁ。オレ的にはペテン占い師にこのままいけば貴方は必ず死にますって言われてるのと変わらんねーんだけど」
 話を聞いたブラウニーは案外あっさりしていた。

「あとさ。お前がオレと一緒に来なかったら、オレが誰か違うやつと一緒になるって、それも、当たり前だろ。お前に振られたからってオレにずっと一人で生きていけと? そのオレが添い遂げる相手とやらだって、今頃違うだれかと将来誓ってるかもしんねーぞ」

「お……おおおう……」
 確かに、視点を変えたらそうともいえる。
 ブラウニーのリアニストっぷりが強い。

「ブラウニーの話ですっごい頭の中が修正された気がするよ……」
 ガクッと私は地面に手をついた。

「んー、まあでも。魔力がある人間にとってはやっぱり考え方は違うんだろうな。ちなみにオレはお前と街に行っただけで、毎回すげー殺気向けられてるけどな……。そういう意味ではオレは頻繁に殺さ……死にそうだ。人気者の一番そばにいるって大変なんだよな。けど、もう慣れちゃったんだよな。そういうの」

「こ、ころ!? ……な、慣れ!?」
「昔はそりゃビビってたし、こっそり路地裏つれこまれて……あ、いやなんでもない。
(こほん) ま、繰り返しトラブルがあれば、慣れるだろ普通」

 なんか聞き捨てならないことを途中で言いかけた!
 いつのまにそんな目にあってたのよ!
 てか慣れない! そんなの普通、慣れないから! ブラウニー、メンタルつよ!

「お前がオレを今のように……、その……一番に思ってくれる限りはオレもこの立場を手放すつもりはないんだ。プラム」

「とっても一番です。不動です。いなくならないでください。放さないでください。スキデス」

「敬語!? ……ああ、もう恥ずかしいな! でもまあ、そういう風にストレートに言ってくれるからオレも覚悟決めやすいんだよ。ありがとうな」

 ……ああ、覚悟。

 慣れっていうのも、それも嘘じゃないんだろうけど、その底には私といることに強い覚悟を持ってくれてるんだ。
 こんな人、他に絶対いないよ……。

「……でもな。本当にどうしようもない時ってあると思うんだよ。例えば、病気や怪我」
「……」
「だから、もしまだお前にオレが必要な間に、いなくなってしまったらごめんな。
まあ逆もあるかもしれないけど、その可能性は低いと思うしな」

 魔力がなくても、特別な夢をみなくても、ブラウニーは自分で考え抜いてこれだけのことを考えてたんだ。
 私のそばにいるのは、現実的に考えて危険だって自分でもわかってて、それでも……一緒にいてくれようとしてるんだ。
 ……私も強くならなきゃ。

「わかった、もう悩むのやめる。これからもよろしくね、ブラウニー!」
 ぎゅっと彼を抱きしめて、頬にキスをした。

「な……、ほら、そろそろ帰るぞ」
 真っ赤になってそっぽ向いてしまった。

 私にもキスを返してほしかったけど、まあ、いいや。
 ずっと手を繋いでくれてるから。

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