天使の行きつく場所を幸せになった彼女は知らない。

ぷり

文字の大きさ
7 / 46

【06】あの子より愛してる?

しおりを挟む
「ところで、お父様。その子はだあれ?」

 キョトン、としてエレナがこっちを見た。

「ああ……エレナ。お前に大切な話をしないといけないのだよ。ちょっと応接室へ行こうか」


 男爵の顔が悲壮な顔に変わり、同じく夫人も目頭を抑えた。


「え……なに? なんなの??」

 男爵はエレナを抱き上げたまま、歩いていく。


「ミューラ、いらっしゃい」

 夫人がそうミューラに声をかけて男爵に続く。

「……はい」

 返事をしてついていく。他に選択肢もない。
 豪華な絨毯が敷かれた廊下は長く、どこまでも続いている気がした。




 ◆




「え……うそでしょ!? 私はお父様とお母様の本当の子どもじゃ……ないの!?」

 男爵夫妻がエレナに事情を説明すると、エレナはソファから立ち上がって叫ぶように言った。


「じゃあ、私どうなるの!? まさか……孤児院に行くことになるの!? いやよ! いや! 私はお父様とお母様の子供でいたい……っ。この屋敷に……いたい……」

 エレナはボロボロと真珠のような涙を流し、訴える。


「ああ……エレナ、可哀想に……傷つけてしまったね。できるだけ優しく伝えたつもりだったんだが」

 男爵がエレナを座らせ、その横に自分も座る。


「泣かないでエレナ……。ねえ、あなた。エレナを孤児院にやったりしないわよね? この子はいつまでも私達の可愛い娘よね?」

 夫人もエレナの横にすわり、エレナの背中をさすりながら、夫に問いかける。



「ああ、勿論だ。エレナ、おまえはいつまでも私達の子どもでいてくれ。そして今までと変わらずハミルトン家の長女で跡取り娘だよ」

 エレナの肩に手を回し、頭を撫でる。



「ああ、お父様! お母様ぁああ!! ありがとうございます、愛してます!!」

 エレナが泣いて男爵に抱きつく。


 親子3人で固まり、エレナを愛でる。
 この部屋にはミューラもいるのに、蚊帳の外だ。

 ミューラは人形を静かに抱きしめた。
 きっと私の新しい家族はこの子だけ……と思えた。


「でもでも、私は本当の子じゃないのに……私が跡目でいいの?」

 宝石のような涙を浮かべて男爵夫妻に問いかけるエレナ。


「まあ、なんて健気なの……エレナ。私の可愛い子」

「エレナが跡目だよ。今まで跡継ぎとしてお勉強してきたことを無駄にはさせないよ?」

「そうよ。跡継ぎになっていつまでもこの家にいてちょうだい……」


 男爵はエレナの頭をなで、夫人はハンカチで目頭を抑える。

「じゃあ、今まで通りでいいの?」
「勿論だ、愛しいエレナ」
「愛してるわ、エレナ」


 ――ここまで、ミューラは一切無視され、発言する隙は一切なかった。
 まるで観客だ。


「(私はどうしてここにいるの、かしら……)」


 そこで、エレナがこちらを、見た。 


「じゃあ、あのミューラって子より、私の方を愛してる?」


「(……っ)」

 聞くまでもない。けれど聞きたくなかったことではあった。
 ずっと求めていた両親が、本当の子供である自分より彼女を愛していると言う言葉を。


「(お願い、聞かせないで。せめて、嘘でいいから同じくらい愛していると言って……)」

 ミューラは人形を持つ手に力が入る。


 しかし、夫妻はその残酷な言葉を言い放った。


「エレナ、当然じゃないか。何年一緒に暮らしてきたと思うんだい? 突然顕れた子よりも、ずっと一緒だったエレナのほうが愛しいに決まっている」

「そうよ。美しい私の娘。例え血がつながっていなくても、愛しているわ。本当の子ども以上に、あなたは私の本当の子よ」


「――」

 歯をギュッと噛み締めて、泣きそうになるのを堪えた。
 

「(私の両親は、私のものじゃないんだ……)」


「お父様、お母様! 愛してる!!」

 そう叫ぶように泣きながら、男爵に抱きついているエレナの顔が、こっちを見て、嗤った。
 その口の端を釣り上げて笑い、こっちを冷たい目で見ていた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。 30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。 1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。 だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。 そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。 史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。 世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。 全くのフィクションですので、歴史考察はありません。 *あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。

ある公爵令嬢の死に様

鈴木 桜
恋愛
彼女は生まれた時から死ぬことが決まっていた。 まもなく迎える18歳の誕生日、国を守るために神にささげられる生贄となる。 だが、彼女は言った。 「私は、死にたくないの。 ──悪いけど、付き合ってもらうわよ」 かくして始まった、強引で無茶な逃亡劇。 生真面目な騎士と、死にたくない令嬢が、少しずつ心を通わせながら 自分たちの運命と世界の秘密に向き合っていく──。

転生令嬢と王子の恋人

ねーさん
恋愛
 ある朝、目覚めたら、侯爵令嬢になっていた件  って、どこのラノベのタイトルなの!?  第二王子の婚約者であるリザは、ある日突然自分の前世が17歳で亡くなった日本人「リサコ」である事を思い出す。  麗しい王太子に端整な第二王子。ここはラノベ?乙女ゲーム?  もしかして、第二王子の婚約者である私は「悪役令嬢」なんでしょうか!?

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

出稼ぎ公女の就活事情。

黒田悠月
恋愛
貧乏公国の第三公女リディアは可愛い弟二人の学費を稼ぐために出稼ぎ生活に勤しむ日々を送っていた。 けれど人見知りでおっちょこちょいのリディアはお金を稼ぐどころか次々とバイトをクビになりいよいよ出稼ぎ生活は大ピンチ! そんな時、街で見つけたのはある求人広告で……。 他サイトで投稿しています。 完結済みのため、8/23から毎日数話ずつラストまで更新です。

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

処理中です...