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 ユズハが十歳になってすぐの事だった。
 ずっと病に伏していた王が、崩御された。この国は世襲制なので、次の王はその息子、つまりギンシュとアサギの父が継ぐことになり、国は前王を失った悲しみと、新王即位の喜びを立て続けに味わいながらも、何も変わっていないように毎日を送っていた。
 変わったのは、ユズハと母だ。
 母は前王の妾だったので、二人は後ろ盾を失うことになった。住んでいた家にも住めないだろうと予想していたのだろう、王の葬儀が終わった夜、母は荷物をまとめるよう、ユズハに言った。
「かあさま、どこか当てはあるの?」
「当て、と言うほどではないけど、僕の実家がある地域へ向かおうと思う。大丈夫、ユズハ一人くらい、僕が育てるから」
 こう見えて僕は色々できるんだよ、と笑う母は、その言葉通り、手先も器用だったし、知識も豊富だった。オメガでさえなければ、きちんとした職にもつけただろう。
 この国のオメガに対する差別だけは、何年経とうと何も変わらなかった。劣等種、下層――言い方はたくさんあるが、結局蔑まれる対象だ。
 それでも、工場の作業や清掃、内職などの仕事は与えて貰える。母と二人で働けば、生きていけないこともないだろう。
「うん。おれも、仕事するよ」
「頼もしいね。ユズハは器量も愛想もいいから、きっとどこでも働ける」
 楽しみだね、と母が笑った、その時だった。家のドアが鳴り、それを聞いて母がそれに対応するため、玄関へと向かった。ユズハもそれに付いていく。
「……シコン様……」
 母の驚く声を聞いて、ユズハがドアの向こうへと視線を向ける。そこに立っていたのは現王だった。
「リアン、お前を私の妾とし、王宮内で暮らすことを許可する」
 母もユズハもその言葉に驚いて言葉をなくす。少しの沈黙の後、母は、お言葉ですが、と口を開いた。
「わたくしは、亡き王キナリ様の番にございます。オメガは一度番えば、他の者とは番えません。シコン様の番にはなりたくともなれないのです。どうか、わたくしなど、息子共々お捨てください」
 母が深く頭を下げる。ユズハもそれに倣うように同じように頭を下げる。それでこの場は終わると思っていた。けれどシコンは、何を言うか、と大きく笑った。
「お前が父の番ではないことなど、既に知っている。オメガは番を持つと発情期がなくなるのではなかったか? けれどリアン、お前は毎月、父の元へと通っていたな――息子に発情期を隠すために」
 シコンはそう言うと、母の長い髪を掴んだ。乱暴にそれを持ち上げ項を晒す。母の項は白くとてもキレイだった。噛み痕すら、なく。
「お許しください、シコン様。このまま、わたくしたちをお捨てください」
 どうか、と母がその場で座り込み、頭を下げる。ユズハはそんな母に駆け寄って隣に座り込んだ。
「かあさま……」
「大丈夫、大丈夫だから」
 ユズハがよほど不安そうな顔をしていたのだろう。母は気丈に笑顔を向けてくれた。けれどそんな母の言葉はシコンには届かなかったようで、立て、と短い命令が下りた。
 王に歯向かうことなどできない母がゆっくりと立ち上がる。
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