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「ユズハが宮廷を出たのは、俺の父に代替わりする頃だったな。三か月前にその父が事故で亡くなって、今は一応、兄が国王という事になっている」
「それは知ってる。戴冠式は派手だったって街の人から聞いた。でも、一応って……どういうこと?」
 確かに娼館は少し浮世離れしていて、世間の話題に疎いところもある。けれど、国の王が代わったことくらい、知っている。それが自分にとって優しい兄みたいな人の事なら、なおさら関心もあったし、こんなところに居なければ、お祝いも言いたかった。
「そう、一応なんだ。今、ギンシュは行方不明だから」
「……え? え、えーーーー!」
 久々に大きな声を出して驚いた。そんなユズハを見て、アサギが声を出して笑いながらベッドに腰掛ける。
「とはいっても、居場所こそ知らないが、逃げることは俺も知っていたから、心配はない」
「逃げたって、どうして?」
 幼いころから、いつか国王になるために何事も怠ることなく励んでいた人だった。そんな人が国王の椅子が廻ってきて逃げるなんて、あり得ない気がしていた。
「ギンシュには、好きな人が居るんだよ。その人はどうしても、王の立場で娶ることが出来なくて……言ってみれば駆け落ちだな」
「……駆け落ち……すごい、ギンシュ様」
 国を捨ててまで一緒になりたいと思う人がいるなんて、それは素敵なことだと思った。けれどそうすると、国王の椅子が空席になってしまう。それに気付いてユズハが、真剣な目をアサギに向けた。
「それで、アサギが……?」
「そういうことだ。だから、ユズハと居るために、どうしても子どもを作りたかった。俺と一緒に王宮で暮らして欲しいんだ、ユズハ。お前と一緒に暮したい」
 アサギがユズハの手を取り、真剣な顔をする。ユズハはそれにすぐに頷くことが出来なかった。
 宮廷での暮らしは決して楽ではなかった。日々、誰かに悪意のある視線を向けられ、時には『下層の子』と酷い扱いも受けた。そんなところにまた戻ると思うとやはり怖い。
「王妃なんて……おれには覚悟できないよ」
 ユズハがアサギを見やると、その顔は少し曇ったものになる。それでもユズハにとってこれは突然であると理解したのだろう。アサギは深く息を吐いてから頷いた。
「気持ちは分かる。でももう、ユズハは俺のものだ。それだけは忘れるな」
 アサギがユズハの項に触れる。ユズハはそれを受け入れながら、ゆっくりと頷いた。
「愛してるよ、ユズハ。お前と家族になりたい」
 アサギがぎゅっとユズハの肩を抱き寄せる。それからゆっくりと解いてから立ち上がった。
「ユズハが頷くまで何度だってここに来るよ」
 アサギが微笑んでから部屋を後にする。ユズハはその笑顔に同じように応えることができなくて、糸が絡まって解けなくなってしまった時のような複雑な気持ちにため息を吐いた。
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