うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)2

藤吉めぐみ

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 車で匠を迎えに来てくれた克彦は自宅に着くと、玄関で大きくため息を吐いた。それまでずっと無言だっただけにこのため息が怖くて、匠はびくりと肩を震わせる。
 そんな匠を克彦が後ろからふわりと抱きしめた。
「またどこか、知らないところへ行ったのかと心配したよ」
 耳元で克彦が呟くように言う。その言葉に匠の胸は痛んだ。以前、克彦の制止を無視して行った先で危ない目に遭っている。克彦はそれを思い出したのだろう。自分にとってもそうだが、克彦にとっても消えないトラウマになっているのかもしれない。匠は自分を抱きしめる腕に手のひらを重ね、ごめん、と素直に口にした。
「俺、怖くて……克彦から、香月さんのこと聞かされるの……別れようとか言われたらって思ったら……」
 胸が痛くて言葉が繋げない。いつの間にか零れた涙が、克彦の腕で弾け、袖にしみ込んでいく。
「匠」
 克彦に呼ばれ匠が少しだけ振り返ると、克彦はそのまま匠にキスをした。唇の隙間から舌を入れ、そのまま強引に口を開かせると歯が当たってカチカチと音がするほど激しいキスをされる。上あごの匠が弱いところを舐められ、体の力が抜けそうになる匠を支え、克彦はようやく唇を離した。
「私が匠と別れるなんて……私の方が離れられないのに、あるわけないだろう?」
 克彦が匠の頬を指先で拭いながら微笑む。匠はそれに小さく頷いた。
「おいで。ちゃんと彼女の事を話すから」
 克彦が先に部屋に上がり手を差し出す。匠はそれに頷いてその手を取った。
 ソファに導かれ、そのまま匠がそこに腰を下ろすと、克彦は、お茶でも淹れるか、とキッチンに向かった。
「香月は、私と同期入社でね……とても優秀で、でも初めは全く気が合わなくて、何度も衝突したよ」
 紅茶の茶葉をポットに入れながら、克彦は少し懐かしそうに話した。きっと悪い思い出ではないのだろう。匠は黙って克彦の言葉の続きを待った。
「けど、衝突を繰り返すってことは、相手の考えを図らずも知るってことで……仕事を通せば、彼女を一番よく理解できたんだ。それが、プライベートでも同じ様な関係になれると、お互いに勘違いしてしまったんだろうね……香月とは一年ほど付き合ったが、その時間の半分は共に仕事、もう半分はケンカをしていたよ」
 甘い時間なんかほとんどなかった、と克彦は笑う。
「さっき、明彦から少し聞いたよ。俺とは違った付き合い方をしてたって……」
「うん、そりゃそうだよ。私は多分、彼女を愛してなかった」
 克彦はそう言いながらこちらに近づくと、持っていたカップをひとつ匠に渡した。
「そんなこと、ある?」
 カップを受け取った匠が隣に落ち着く克彦を怪訝な目で見やる。匠もあまりいい恋愛をしてきてはいないが、その時は匠も相手を愛していたし、愛されていたと思う。
「仕事なら、最高のパートナーだったんだ。私の至らないところを埋めてくれるのが彼女で、彼女の間違ったところを修正するのが私で……けど、それは恋愛には通用しなかったんだよ」
    そういうことだ、と克彦が微笑む。匠はそれに頷いた。
「だから、気持ちが冷めた?」
「というか、疲れてしまって。食事に行く店ひとつで意見が合わなくてケンカしたりで……そのうち香月が言ったんだ、時間の無駄ねって」
「時間の無駄……」
「それからすぐ彼女が留学の話をし始めて……それきりだよ。今話したことが香月との全部だ。匠が気にすることなど何もない」
 克彦に言われ匠が、そっか、と頷く。
「信じていいんだよね、克彦」
「もちろん。私には匠だけだよ」
 匠の体を抱きよせ、耳元にキスをする。それを受け入れた匠は、俺も、と克彦を見つめた。優しいキスが落ちて来る。
 昨日のことは聞けなかったけれど、克彦のことを信じよう――匠はそう決めて、これ以上この話はしないことにした。
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