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しおりを挟むひとつ仕事を片付けて匠が大きく伸びをすると、隣の席から、一段落した? と声が届いた。
「はい。水谷さんは?」
「私も。じゃあ、昼行かない?」
水谷が自身の腕時計を見やりそう言った。匠が目の前のパソコン画面で時間を確認する。ちょうど十二時を少し越えたところだった。
「いいですね。梵天のパスタ食べたいな」
匠が言うと、じゃあ行きましょ、と水谷が立ち上がる。匠もそれに倣って立ち上がったその時だった。
「直、これからお昼?」
ミーティングルームから出てきた香月がこちらに気付き、手を振る。水谷が、はい、と頷いた。
「わたしも混ぜて貰っていい? 辻本くんとも話したいし」
ヒールの音を軽快に鳴らし香月が近づく。目が合った匠は、え、と思わず口にしてしまう。
克彦から気にすることはないと言われているが、だからといって仲良くする気にはなれない。互いの気持ちがどうだったとしても、この人は克彦の元恋人なのだ。
「ダメかしら?」
「い、いえ……構いませんが……」
ダメと聞かれて頷くことも出来ず、匠はそう答えた。途端に、香月が嬉しそうな顔をする。
「ありがとう! わたしね、今日中華の気分なの。コンビニの裏の通りの中華の店、まだある?」
あそこのエビチリ大好きだったのよ、と香月が水谷に聞く。水谷は苦く笑いながら、ありますけど、と匠を見やった。さっき自分がパスタが食べたいと言ったからだろう。匠は水谷に小さく頷いた。
「いいですよ。行きましょうか」
匠が言うと、嬉しい、と香月が水谷の手を引く。
「さ、昼休みなんてあっという間なんだから、早く行くわよ」
香月が先頭に立ち、オフィスを出ていく。匠はその姿を後ろから見ながら小さくため息を吐いた。
「わたしが向こうに行ってる間、変わったことある?」
香月がエビチリ定食を目の前に、機嫌よく隣の水谷に聞いた。長い髪をまとめながら、水谷が、そうですね、と視線を斜め上に寄せる。
「辻本くんと草野くんが入りましたよ。あ、事務の佐奈さんが今産休に入ってて……」
「え、嘘、産休って……いつの間に結婚したの?」
「あー……いつだっけ?」
水谷が向かい側に座る匠に視線を向ける。匠は自身の前に置かれたあんかけ焼きそばを箸で混ぜながら、えっと、と口を開いた。
「一年くらい前、ですかね? 俺の名刺に肩書が入った時に、新しい名刺手渡されて、おめでとうって言い合った記憶があるので」
「そっかー。可愛いものね、佐奈ちゃん。そりゃ男がほっとかないかー」
可愛いお母さんになるんだろうなあ、と香月が小さなため息を吐く。そんな香月に水谷が、香月さんは? と聞いた。
「向こうで仕事しかしなかったわけじゃないですよね?」
「わたし? んーまあ、何もなかったわけじゃないけど、言葉覚えて仕事覚えて学校行って、だからね。他の事は全然考えられなかった」
「確かに、時々電話くれましたけど忙しそうでしたもんね」
「そうなのよ。直との電話で癒されてたのよ」
そう言って笑う香月を見ていると、ふと目が合う。香月はそのまま微笑むと口を開いた。
「辻本くんはよく直とランチに行くの?」
「あ、はい。元々、水谷さんが俺の教育係をしてくれていて……席も隣なのでタイミングが合えば」
「最近は辻本くんも現場持ってるからタイミングもなかなか合わないけどね」
水谷が、今日も久しぶりよね、と笑う。匠はそれに、そうですね、と頷いた。
「そうなんだ……そういえば克彦も辻本くんのこと話してたな。期待してる部下が居るって」
「え……か……主任が?」
「うん。電話でも言ってたし、この間会った時も言ってたわよ」
期待されてるのね、と香月が言い、それからテーブルに置いていたスマホの画面を覗く。
「あ、もうこんな時間。わたし、この後打ち合わせあるのよ。先に行くわね」
香月は慌てて立ち上がり上着をはおると、カバンと伝票を手にした。
「ここ払っておくから。じゃあまたね」
香月が微笑んで席を離れる。止めることも出来ず匠と水谷は香月の後ろ姿を黙って見送った。それから互いに顔を見合わせる。
「相変わらず嵐みたいな人……」
「相変わらずって……前からそうなんですか?」
匠が聞くと水谷が苦く笑って頷いた。
「少なくとも私が初めて会った時から、あんな感じで、良くも悪くも台風の目みたいな人ね」
「……なんだか主任と公私でパートナーだったって想像がつかない人ですね……」
穏やかで厳しい克彦と騒がしく周りを巻き込む香月では相性はよくないような気がした。
匠が言うと、そうなんだけどね、と水谷が口を開く。
「プライベートなことは分からなかったけど、不思議と合うっていうか……香月さんの暴走を止められるのが主任だけだった、みたいなところもあるんだけど……二人の仕事はホントにすごいのよ」
お互い率直に何でも言い合ってたから、という水谷の言葉に、匠が、そうなんですか、とぽつりと返す。
「あ、でもその倍はケンカしてたみたいだけどね。それに今はプライベートは一切関係ないからね! 辻本くん!」
水谷がことさら強く言うので、匠は少し呆気にとられ、はい、と頷く。
「そ、そうだ。次は辻本くんの食べたかったパスタ、行こうね!」
「え、あ……はい。よく分かんないけど、ありがとうございます」
匠が笑ってそう返すと、水谷が少し安堵した顔で頷いた。
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