うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)2

藤吉めぐみ

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【後日談】デザートにはきみを

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「おまたせ、克彦! 準備に時間掛かっちゃって」
 そう言いながら匠が助手席のドアを開け、そのまま隣に滑り込む。その姿に克彦は、大丈夫、と答えてから彼の少し跳ねた前髪に触れた。
「美術館なんて久しぶりだから楽しみだな」
「そうだな……というか、美術館に行くだけなのにすごい荷物だな」
 いつも匠が持っているボディバッグに今日はトートバッグを一つ持っている。それを確認した克彦に匠は、内緒、と小さく微笑んだ。その顔が愛らしくて、克彦は抱きしめたい欲望を必死に我慢して視線を目の前に戻した。
「じゃあ、出かけようか」
「うん。久々だね、こうして出かけるの」
 匠が嬉しそうに話す。確かにこのところ仕事も忙しかったし、二人の間にもトラブルがあったりで出掛けるという空気ではなかった。久々のデートだからだろう。匠は美術館が少し苦手のはずだったが、苦手な場所でも楽しみに思えるようだ。
 全て自分が曖昧な態度を取ってきてしまったせいだ。
「匠……今日はたくさん楽しもう」
 克彦がそう言って匠の頭を撫でる。匠はその手を取って、指先にキスをしてから、うん、と頷いた。
 途端、車が蛇行する。克彦が驚いてしまったせいだ。
「匠、今はそういうことは、やめなさい」
 克彦が言うと、匠はくすくすと笑って、いいでしょ、と口を開いた。
「だって、もうバレてもいいから好きな時に触っていいって言ったの、克彦の方だよ」
 匠がこちらに視線を向け微笑む。
 このままUターンして家に戻りベッドで抱き潰してしまいたいという気持ちを抑え、克彦はそのまま運転を続けた。
 目的の場所はそう遠い場所でもなかったのだが、電車ではなく車で移動したのは、匠の提案だった。駐車場が混むからと初めは渋った克彦だが、車で移動する理由が『克彦と二人きりの時間がもっとたくさん欲しいから』なんて言われたら、何時間でも駐車場待ちする覚悟だった。


 家を出た時間が早かったからだろう。比較的スムーズに車を止めた克彦は重そうな荷物を抱えた匠と共に美術館の入り口へと向かった。
「匠、やっぱりその荷物、私が持とう」
「大丈夫。いいから行こうよ。ここ、建物自体も建築家のアートなんでしょ? 後で外観も写真撮ろうね」
 匠がそう言って微笑む。克彦はなんだか納得しないまま、それに頷いた。
 館内を巡り、今度は敷地内の野外展示へと向かったところで匠が、克彦、と呼び止めた。振り返ると匠が手招きをする。
「こっちでお昼にしない?」
「昼?」
 克彦が首を傾げると、芝生の上で匠が荷物を下ろす。その中から出てきたのは大きなレジャーシートだった。
「もしかして、その荷物って……」
「うん。お弁当。早起きして作ってたんだ」
 匠がレジャーシートの上に座り、微笑む。克彦も座って、と手を引かれ、匠の隣に腰を下ろす。周りを見ると、同じようにシートを敷いて座る家族連れやカップルの姿があった。何度かここに来ているが、今までこんな光景は気にも留めていなかった。視界に入っていても見ているわけではなかったのだろう。
「前に来た時、こういうのいいなって思ってたんだ。次に来る事があったら絶対やろうって思ってて」
 そう言って匠が弁当を広げながら笑う。そんな匠に克彦は、どうして? と聞いた。正直、匠は料理が得意ではないし、早起きだって滅多にしないし、外食も好きだし、そもそも美術館も苦手だ。そんな匠が弁当を作って来ようと思うほどの魅力があると思えなかった。
「うーん……確かにさ、弁当なんて俺らしくないとは思うけど……前にこうして家族で弁当広げてるとこ見て、いいなって思ったんだよね。こんなことしたからって、家族になれるわけじゃないのは分かってるんだけど、さ」
 そう言って苦く笑う匠を見て、克彦の胸は熱くなった。こうやって慣れないことをしてきたのは、ちょっとでも自分と家族になりたいと思ってくれたから、なんて嬉しくないはずがない。
「匠……結婚しよう」
 気持ちのままに言葉にすると、匠が驚いた顔をしてから、大きく笑い出す。
「気が早いよ、克彦。ほら、せっかく頑張ったんだから食べようよ。味はまあ……あんまり自信ないけど」
 そう言って匠がこちらに紙皿と割りばしを差し出す。広げた弁当には、卵焼きにハンバーグとウインナー、枝豆とコーンのサラダにミニトマトとブロッコリーのグラタンが入っている。ほとんど昨日の夜から仕込んでおいたのだろう。匠にとっては大作のそれを見て、克彦が微笑み、匠に手を伸ばした。匠の髪を撫でてゆっくりと離す。
「ありがとう。まさか、こんなところで匠の手料理が食べられると思ってなかったよ」
「でしょ? 心して食べてよ」
 得意げな顔をして匠が笑う。その顔は克彦の心臓を撃ち抜いてしまうのではと思うほど可愛らしくて、克彦は持っていた紙皿を持ち替え、匠の肩を抱き寄せた。そのまま紙皿の陰で一瞬だけのキスをする。
「か、かつ、ひ、こ……こんなとこで……!」
「すまない。どうしても一番に匠を味わいたかった」
 真っ赤になってこちらを見つめる匠に、克彦が眉を下げる。
「……ばか。誰かに見られてても知らないからな」
「その時は、その時だ。ところで匠……この弁当を食べ終わったら、すぐに帰ろうか」
「え? せっかく来たのに、いいの?」
 まだ外の展示見てないよ、と言う匠に克彦は、そうなんだが、と口を開く。
「デザートには匠が食べたい。それには帰るしかないだろう?」
 克彦が当然のように返すと、匠は視線を泳がせ、遠慮がちに頷いた。
「もう、しばらくお弁当作るの控えるよ……」
 匠が少しため息を吐いて言う。それでも嫌そうではない。克彦は微笑んで、未だ赤い顔のままの匠をいつまでも見つめていた。
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