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しおりを挟む翌日、オフィスにある商談スペースで、匠は机の上に置いた図面を見下ろし、緊張したまま、向かいに視線を移した。
テーブルを挟んで向こうに座っているのは、匠が手掛けている図面の家の施主家族だった。夫と妻、そして三歳の女の子の三人だ。
サクラハウスの久藤から何度もリテイクが入っていた図面について、どうしても施主と話がしたくて、アポイントを取っていたのだ。けれど久藤が渋っていたため、なかなか会えなかったのだが、今日直接話すことが出来たのだ。
「……いいと思います。というか、すごく理想です」
「え?」
施主の男性がこちらを見て微笑む。思わず匠は間抜けに返してしまう。
「僕たち、初めから辻本さんの提案してくれた家、とても好きだったんです。もう最初のものでも十分で……」
男性がそう言って、隣の妻に視線を向ける。
「でも、担当の久藤さんが、まだ直せます、まだよくなりますって、言って戻されてしまって……私たちも初めてのことだし、一度しかないことだと思うから、なんとなく断れなくて……」
そう言うと今度は妻が夫に、ね、と同意を促す。夫がそれに頷いた。
「この図面でお願いします。直接辻本さんと会えて良かったです。僕たちの家を、よろしくお願いします」
そう二人に頭を下げられ、匠はそれに大きく頷いた。
「はい。全力で頑張ります」
匠が笑顔で答える。二人はそんな匠を見て笑顔を向けてくれた。その笑顔を引き渡しの日も絶対に引き出すと改めて匠は決意した。
ビルのエントランスまで施主を見送り、オフィスへと戻って来た匠は、いつものデスクに座っている克彦に近づいた。すると克彦が先に気付き、お疲れ様、と声を掛けた。克彦のデスクの前には草野も居た。
「オッケー出ました。後で図面送ります」
「そうか……おめでとう」
克彦が小さく笑み、匠はそれに笑顔で頷いた。
「あ、やっぱり! 僕も先輩のやってる図面見せて貰ったんですけど、すごくいいって思ってました!」
やっぱりすごいです、と草野がキラキラした目でこちらを見るので、匠は、そんなことないよ、と苦く笑う。
それを見て、克彦が口を開いた。
「草野はもっと色んな図面見て勉強するべきだな。修正、今週中だからな」
克彦が少し厳しい目を向け、草野に言う。それを聞いて草野は背筋を伸ばして、はい、と答えるとそのまま自分の席へと戻っていった。それを見送った克彦が、辻本、と自分を呼ぶ。
「それと、新しい依頼が来てる。指名は辻本だ」
克彦がそう言って、ファイルを手渡す。匠はそれに驚きながらもそれを受け取った。分譲マンションの一室のリフォームの依頼で、確かに自分が指名されている。
「以前手がけたテラスハウスがあるだろう? そこの住人から聞いて、ここにたどり着いたらしい……あれは、いい仕事だったからな」
驚いて言葉の出ない匠に、克彦が微笑む。滅多に出ない誉め言葉に更に驚いて克彦を見つめたままでいると、耐えきれなかったのか、克彦が笑い出す。
「辻本、昼でも摂りに行こうか」
克彦はそう言うと立ち上がった。匠がそれに頷く。その時だった。
「お疲れ様、辻本くん、克彦。もしかして、お昼?」
近付いてきたのは香月だった。克彦の机にファイルを乗せてから、そう聞く。匠は曖昧に頷いた。
「じゃあ、わたしも……」
「いや、今日は遠慮してくれ、香月」
香月の言葉に重なる様に克彦が答える。匠はそれに驚いて克彦を見やった。
「悪いが、大事な二人の時間なんだ。それに、今日こそ食べたがっていたパスタを食べさせないと、私が捨てられてしまうかもしれないからね。遠慮してもらおうか」
行くよ、と克彦が匠の手を引く。匠は驚いたまま、克彦に手を引かれオフィスを出た。
「か、克彦……オフィスであんなこと言って……バレたら……」
匠が慌てて言うと、エレベーターに乗り込んだ克彦はなんでもない顔をして微笑んだ。
「バレてもいい。私はそう思っているし、匠に我慢はさせないと誓ったんだ」
エレベーターの扉が閉まり、克彦は匠の手を握り直した。熱いその手に、匠は胸がきゅっと痛くなる。嬉しかった。
「うん……俺ももうバレてもいいや……」
匠はそう言うと、少し背伸びをして克彦にキスをした。克彦が応えるように空いた方の手で匠の腰を抱き寄せる。
「でも、やっぱり世間にはまだバレたくない」
「どうして?」
「一流建築家市原克彦の恋人は、新進気鋭の建築家! って週刊誌に書かれたいんだよね、俺」
匠がそう言って笑う。一階へとたどり着いたエレベーターのドアが開くその前に克彦は匠から手を離した。
「楽しみにしてるよ。でもきっと、その日は近いね」
「うん。待っててください、市原主任」
ビルから出て、匠が隣を見上げる。克彦が匠を見下ろし微笑む。それから耳元で、愛してるよ、と囁く。匠はそれに頷いて、俺も、と微笑んだ。
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最後までありがとうございました!
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