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しおりを挟む今日のおかずは何にしよう――朝からそんなことを考え、気付けば講義用のノートはメニュー名でびっしりになっていた。当然講義はほとんど聞いていない。
湊は慌てて板書を書き写そうとするが既に半分は消されてしまっていた。
どのみち誰かにノートを借りなきゃいけないと思って、湊は諦めて筆記用具を片づけた。
「野島、それ何の暗号?」
そんな湊に、隣に座っていた水野が怪訝な顔をして聞く。最近はこうして一緒に講義を受けることが多い水野だが、視界に入る湊のノートは初めて見るものだったのだろう。
「え、あ、これは……夕飯どうしようかな、的な?」
湊がごまかすように笑う。間違ってはいないが、自分のためならこんなに悩んだりはしない。
「そういうことか。昼食べたのに腹減っておかしくなったかと思った」
「違うけど、ノートは見せて」
湊が顔の前で手を合わせると水野は笑って、いいよ、と答えた。
「野島って一人暮らしなんだ。俺は一人だと絶対餓死すると思って寮入ったんだよね」
飯出てくるのありがたすぎる、と水野が笑う。確かに親には寮も勧められた。それでもやっぱり自立したかったので一人暮らしを選んだのだ。
「確かに、飯だけじゃなくて日々の買い物とか家事とか自分でやるとなると結構手間かも」
「だろ? 俺多分できないし。寮は常に誰かと一緒っていうのも大変ではあるけど、楽しいし」
「楽しめるなら、水野には寮が合ってたんだよ」
常に他人と一緒だとずっと緊張してしまいそうな湊には、きっと寮は合わないだろう。やっぱり部屋に帰ってほっとする時間は大事だ。
「へえ、湊くんって一人暮らしだったんだ」
突然そんな声が後ろから響いて、湊と水野が驚いて振り返る。そこにはにこにこと微笑む神崎が立っていた。
「湊くん全然返信くれないから、探しに来ちゃった」
「神崎さん……返信って言われても……」
毎日来るのは『何してるの?』とか『夕飯食べた?』とかそんな他愛もないものだった。先輩ということもあって『家にいます』とか『コンビニで弁当買いました』という報告のような返事をしていたが、これが友達なら『暇かよ』と返してしまうところだ。
「あ、もしかしてサークルの先輩?」
だったら俺先に行くな、と水野が要らない気を利かせて湊に聞く。まあ、と曖昧に返す湊に対し、神崎は、ありがとう、と微笑んだ。
正直、神崎に対してまだ警戒している湊としては、水野にも一緒に居てほしかった。
去っていく水野の背中に、行かないで、と念じてみるが当然のように届くわけがなく、水野は教室を出ていく。
「湊くん、僕のこと嫌いだったりする?」
湊の様子をずっと見ていた神崎が隣へと廻り、その席に腰を下ろす。この後この教室は使われないようで、講義の終わってからは少しずつ人が消えていっていた。
「嫌い、とかではなくて……初対面で、その……こ、好み、とか言われたら、誰でもびっくりするというか……」
しかもその後も毎日メッセージが届くのだ。普通は怖いと思って当然だろう。
「ああ、そうだよね。僕、今ひょっとして湊くんにとって危険人物?」
そこまでではないが、その通りだ。答えられずにいると何かを察したのか、だよねえ、と神崎が目の前の机に突っ伏した。
「ちょっと焦ったかも。湊くんと仲良くなりたくて」
神崎がこちらに顔を向け、湊を見上げる。優しいその視線が悪い人からのものとは思えなくて湊は、分かりました、と頷いた。
「もう少しゆっくりでお願いしてもいいなら……」
「もちろんだよ! 嫌われたわけじゃなくて良かった。じゃあ、とりあえず今日、サークルの集まりあるから来ない?」
みんなと一緒ならいいでしょ、と神崎が体を起こして笑顔を向ける。
それはもちろんそうなのだが、湊にはサークルには入れない理由がひとつ出来てしまった。放課後はサークルではなくて、聡祐の夕飯作りに使いたい。
「すみません……放課後は、その……バイトをしようと、思って、て……サークル活動は難しくなって」
適当な嘘をついて湊が、ごめんなさい、と謝る。神崎はとても残念そうに、そっかあ、とため息を吐いた。
「でも仕方ないね。サークルは入るのも抜けるのも自由だし」
その言葉に湊は、優しい人だな、と思う。メンバーが集まらないと活動費が出ないという話も聞いた。辞められたら困るのは中心メンバーである神崎だろう。それでもこんなあっさりと認めてくれるなんて、湊にとってはありがたい話だ。
「でも僕とは会ってくれないかな? 友達としてさ」
「友達として……」
「そう、友達として」
大事な事だから二回も言っちゃった、と笑う神崎に湊は、友達としてなら、と繰り返してから頷いた。
「良かった! じゃあまたメッセ送るね。今度は食事でも」
じゃあね、と神崎が席を立つ。湊はそれを見送ってから、買い物行かなきゃ、と思い出し、慌てて教室を後にした。
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