12 / 45
4-2
しおりを挟む結局昼ごろ学校へと戻ってきた壱月は、午後の講義の後そのままバイト先のコンビニに直行、午後十時を過ぎた今自由になったところだった。朝は楽のことが気になって、昼は時間がなくて食事を摂っていなかったせいか、目の前がくらくらした。早く帰って温かいものでも作って食べようと決めた壱月は足早に家路についた。
いつものアパートを見上げると窓に明かりがある。珍しく楽が早くに帰っているようだ。だったら久しぶりに二人分で何か作ろうと思って壱月は階段を駆け上がる。その時に朝のことも謝ればいい、お互い恋愛には干渉してこなかったのだから、あのくらいなら大したことじゃない――壱月はそう考えて、何を作ろうかと思いながら玄関のドアを開けた。
「……あ」
玄関に入ったところで壱月のわくわくした計画は脆くも崩れ去った。そこに、見たことのない靴が置かれていたのだ。楽のものではない少しサイズの小さなスニーカーだった。つまり、楽が誰かをこの部屋に入れているということだ。リビングの明かりが見えたのは単に消し忘れていただけかもしれない。
壱月はいつものことだと特に気に留めることもなく、廊下を歩き出した。途中のドアをノックする。そして、リビングのドアを開けた瞬間、壱月の体は凍りついた。
「こん、ばんは……」
リビングのソファに座っていた学生服の彼は壱月の存在に驚きながらも不器用に挨拶をした。
小柄で華奢な体格の、可愛らしいけれど正真正銘男の子。壱月の心臓はその仕事をやめてしまうのではないかと思うほどにぎゅっと収縮した。
楽が女の子を連れてくることには大分慣れたつもりだ。自分には代わることが出来ない存在だと思えば、仕方ないという気持ちもあったからだ。けれど、男となると話は別で、自分だって同じなのにとか、コイツを好きになれてどうして自分は……なんて思ってしまう。
選んでもらえないのだから男も女も関係ないとわかっているのだけれど、頭と心は全く別物になる。
「君、は……楽の……?」
恋人とも遊び相手とも聞けず、壱月はそこで言葉を切る。学生服の彼が小さく頷いた。壱月の語尾を彼なりに理解したようだ。
「同居人さんですよね?」
「そう、だけど、楽は?」
「今、ちょっと買い物に」
「楽、ここで待てって言った? 部屋じゃなく?」
「はい……」
壱月の口調がきつくなっていたのか、彼は少し萎縮するように頷く。その返答に、壱月は眩暈を起こした。約束を忘れているわけではないだろう。意図的としか考えられなかった。
「あの、大丈夫ですか?」
酷い立ちくらみに襲われ壁に背を預けた壱月に、彼は心配そうに声を掛ける。暗くなりかける視界をなんとか開き、壱月は、平気、と一言返す。その時、玄関からドアの開く音が響いた。
廊下を渡る足音の後で、いつも通りの楽が顔を出す。
「壱月、帰ってたんだ」
リビングに入ってきた楽は壱月の姿を見つけるなり、笑顔を向けた。それも、いつもの笑顔ではなく、ひどく冷めたものだ。高校の頃何度か見た、女の子に別れ話をする時の顔だった。
「帰ってくるに決まってるだろ」
酷く痛む胸を抱えながら、それでも壱月は自分の思いを伝えたくて言葉を振り絞る。
「今日は帰らないと思ってたよ。朝からあんなだったし」
楽は上着を脱ぎながら言う。その上着を学生服の彼が受け取り、丁寧にソファにかけた。
その様子に昨日今日の関係ではないんだな、と思い心の中の自分は切なくて泣き始める。
「楽、約束忘れたわけじゃないよな」
それでも表の壱月は冷静に言葉を掛けた。ここで負けたらダメだと自分に言い聞かせる。
「ああ……ココではするなってヤツだろ。人待たせてただけじゃん。それもダメなわけ?」
「お互い相手は自室に、がルールだろ」
楽が好きだから楽の相手なんか見たくない。だからリビングには連れてきてほしくない。
そう言えればどんなにラクだろう。けれど気持ちが知れてしまうのはやっぱり怖いから、言えない。
「それさ、もうよくねえ? 壱月だって、昨日ここに女連れてきてたじゃん」
「あれは、楽に用事があったんだから、僕の部屋に通したって仕方ないだろ」
壱月の言葉に、楽は長いため息を露骨に吐いた。何だよ、と好戦的に返せば、鋭い目を向けられた。
「もう、めんどくせえよ、こんなの。自分の家なんだから、どこで何しようと勝手じゃね?」
楽は言うとソファに沈み、隣にいる彼の肩に腕を廻した。その頬にキスをして、制服のネクタイを解く。壱月は咄嗟に目を逸らせた。衣擦れの音だけが壱月の鼓膜に飛び込んでくる。
「壱月、突っ立ってるくらいなら、混ざる?」
楽の言葉に壱月が顔を上げる。いつの間にか学生は楽の腕の中にいた。
「何びっくりした顔してんの? 壱月だってアイツとしてきたんだろ、色々と」
何を言ってるんだと叫びたくて、でも声が潰れたみたいに出てこなくて、唇が震えた。
寒くないのに全身が小刻みに震えだす。
「楽さん、僕嫌です。楽さん以外なんて」
二人のぴんと張り詰めた空気に割って入ったのはそんな暢気な声だった。楽は、別にいいじゃん、と笑う。その笑顔が、段々と遠くなる。
この現実から逃げたいと思ったせいか、今日一日何も口にしていないせいか、壱月の視界はパソコンの電源が落ちるようにプツリと黒く染まった。体から、力が抜け落ちていく。
頬に触れる、冷たい何かの感覚だけを残して壱月は意識を手放した。
25
あなたにおすすめの小説
なぜかピアス男子に溺愛される話
光野凜
BL
夏希はある夜、ピアスバチバチのダウナー系、零と出会うが、翌日クラスに転校してきたのはピアスを外した優しい彼――なんと同一人物だった!
「夏希、俺のこと好きになってよ――」
突然のキスと真剣な告白に、夏希の胸は熱く乱れる。けれど、素直になれない自分に戸惑い、零のギャップに振り回される日々。
ピュア×ギャップにきゅんが止まらない、ドキドキ青春BL!
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。
Y(ワイ)
BL
「起こされて、食べさせられて、整えられて……恋人ごっこって、どこまでが″ごっこ″ですか?」
***
地味で平凡な高校生、生徒会副会長の根津美咲は、影で学園にいるカップルを記録して同人のネタにするのが生き甲斐な″腐男子″だった。
とある誤解から、学園の王子、天瀬晴人と“偽装カップル”を組むことに。
料理、洗濯、朝の目覚まし、スキンケアまで——
同室になった晴人は、すべてを優しく整えてくれる。
「え、これって同居ラブコメ?」
……そう思ったのは、最初の数日だけだった。
◆
触れられるたびに、息が詰まる。
優しい声が、だんだん逃げ道を塞いでいく。
——これ、本当に“偽装”のままで済むの?
そんな疑問が芽生えたときにはもう、
美咲の日常は、晴人の手のひらの中だった。
笑顔でじわじわ支配する、“囁き系”執着攻め×庶民系腐男子の
恋と恐怖の境界線ラブストーリー。
【青春BLカップ投稿作品】
うまく笑えない君へと捧ぐ
西友
BL
本編+おまけ話、完結です。
ありがとうございました!
中学二年の夏、彰太(しょうた)は恋愛を諦めた。でも、一人でも恋は出来るから。そんな想いを秘めたまま、彰太は一翔(かずと)に片想いをする。やがて、ハグから始まった二人の恋愛は、三年で幕を閉じることになる。
一翔の左手の薬指には、微かに光る指輪がある。綺麗な奥さんと、一歳になる娘がいるという一翔。あの三年間は、幻だった。一翔はそんな風に思っているかもしれない。
──でも。おれにとっては、確かに現実だったよ。
もう二度と交差することのない想いを秘め、彰太は遠い場所で笑う一翔に背を向けた。
俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。
黒茶
BL
超鈍感すぎる真面目男子×謎多き親友の異世界ファンタジーBL。
※このお話だけでも読める内容ですが、
同じくアルファポリスさんで公開しております
「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」
と合わせて読んでいただけると、
10倍くらい楽しんでいただけると思います。
同じ世界のお話で、登場人物も一部再登場したりします。
魔法と剣で戦う世界のお話。
幼い頃から王太子殿下の専属護衛騎士になるのが夢のラルフだが、
魔法の名門の家系でありながら魔法の才能がイマイチで、
家族にはバカにされるのがイヤで夢のことを言いだせずにいた。
魔法騎士になるために魔法騎士学院に入学して出会ったエルに、
「魔法より剣のほうが才能あるんじゃない?」と言われ、
二人で剣の特訓を始めたが、
その頃から自分の身体(主に心臓あたり)に異変が現れ始め・・・
これは病気か!?
持病があっても騎士団に入団できるのか!?
と不安になるラルフ。
ラルフは無事に専属護衛騎士になれるのか!?
ツッコミどころの多い攻めと、
謎が多いながらもそんなラルフと一緒にいてくれる頼りになる受けの
異世界ラブコメBLです。
健全な全年齢です。笑
マンガに換算したら全一巻くらいの短めのお話なのでさくっと読めると思います。
よろしくお願いします!
諦めた初恋と新しい恋の辿り着く先~両片思いは交差する~【全年齢版】
カヅキハルカ
BL
片岡智明は高校生の頃、幼馴染みであり同性の町田和志を、好きになってしまった。
逃げるように地元を離れ、大学に進学して二年。
幼馴染みを忘れようと様々な出会いを求めた結果、ここ最近は女性からのストーカー行為に悩まされていた。
友人の話をきっかけに、智明はストーカー対策として「レンタル彼氏」に恋人役を依頼することにする。
まだ幼馴染みへの恋心を忘れられずにいる智明の前に、和志にそっくりな顔をしたシマと名乗る「レンタル彼氏」が現れた。
恋人役を依頼した智明にシマは快諾し、プロの彼氏として完璧に甘やかしてくれる。
ストーカーに見せつけるという名目の元で親密度が増し、戸惑いながらも次第にシマに惹かれていく智明。
だがシマとは契約で繋がっているだけであり、新たな恋に踏み出すことは出来ないと自身を律していた、ある日のこと。
煽られたストーカーが、とうとう動き出して――――。
レンタル彼氏×幼馴染を忘れられない大学生
両片思いBL
《pixiv開催》KADOKAWA×pixivノベル大賞2024【タテスクコミック賞】受賞作
※商業化予定なし(出版権は作者に帰属)
この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。
https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24
殿堂入りした愛なのに
たっぷりチョコ
BL
全寮の中高一貫校に通う、鈴村駆(すずむらかける)
今日からはれて高等部に進学する。
入学式最中、眠い目をこすりながら壇上に上がる特待生を見るなり衝撃が走る。
一生想い続ける。自分に誓った小学校の頃の初恋が今、目の前にーーー。
両片思いの一途すぎる話。BLです。
三ヶ月だけの恋人
perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。
殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。
しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。
罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。
それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる