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しおりを挟む「亮平? うん、いいよ。じゃあ、今日の八時にあのカフェでいい?」
壱月がホテル暮らしを始めて二日目の昼、亮平からの電話を切った壱月は、ぼふん、とベッドに体を投げだした。
狭いけれど清潔なホテルの部屋は、本当にすることがない。普段の休日なら家事をしたり、楽と過ごしたりしているのだが、一人ではすっかり時間を持て余していた。
「……連絡もないし……」
そもそも壱月が部屋を出たと楽は気づいているのだろうか。気づいたとして、何か感じているだろうか。けれど、連絡がないのだから、ああそう、くらいに思って、手紙も捨てられているのかもしれない。
だとしたら、このことも意味があるのかそれすらも分からない。
及川に言われるがまま部屋を出たけれど、もう少し自分が我慢していたら、楽と何か話し合いくらい出来たかもしれない。
壱月はそんなことを思いながらため息を零した。訳もなく、寂しかった。
夜になって、壱月はホテルを出た。さすがに夜になると冷え込む。壱月はやっぱりマフラー置いてこなきゃよかったな、なんて後悔しながら、ジャケットの襟を立てて、歩き出した。
亮平に会ったら、楽とのことを話してみよう。いつも俺のところへ来いと言っていた亮平なら、今の壱月を受け入れてくれるだろう。そうすれば、もう誰にも迷惑をかけなくて済む。そして、身も心も亮平のものになる覚悟もできるだろう。
亮平は喜んでくれるかな、と淡い期待を抱いて、壱月は早足でいつもの店に急いだ。
店では、亮平が既に待っていた。いつだって待つのは壱月の方だったのに、随分珍しいな、と思いながら壱月は亮平に近づく。
「早かったね、亮平」
「ああ、そこからだからな」
笑顔を向ける先には大学の研究棟がある。
「まだ、終わらないの? 卒論の修復。あ、それとも学祭、ゼミで何かやるの?」
「ああ……もうすぐ学祭だったな。後輩たちは何かしてるみたいだけど、今こっちは余裕ないよ。修復っていうより、やり直しだからな」
亮平の向かいに座ると、苦く笑って亮平が言った。その表情に、壱月も眉を下げる。
「大丈夫だから、そんな顔すんな。それより壱月、飯まだだろ? おれん家に行く途中にある一軒家のレストラン、あそこ行ってみないか?」
亮平は立ち上がると壱月の手を引いた。驚いて壱月はそれについていくが、表情は訝しげなままだった。
「亮平、あそこ絶対高いよ? 予約要るかもしれないし」
「とりあえず行ってみよう」
「ドレスコードあるかもだし、いつもの居酒屋でいいよ」
店を出た壱月は亮平の腕を引いて、その歩みを止めた。亮平が、そうか、と足を止め、反対方向へと歩き出す。
「じゃあ、前に喰いたいって言ってた舟盛り頼もうか。あ、あと日本酒も飲もう、飲み放題にない高いヤツ」
亮平は壱月の隣で楽しそうに笑う。けれど、壱月は、そうしよう、と素直に頷くことは出来なかった。
「どうしたの? 亮平。なんか、おかしい」
「おかしくないよ。たまには贅沢しようぜって話じゃん」
「なんで? 記念日でもバイト代が増えたわけでもないよね?」
壱月が真剣な目で見上げると、亮平は表情を曇らせた。しばらく足元を見つめ、唇を軽く噛んでいた。
「ごめん……壱月。おれ、ここまで弱い男だって、思わなかった」
「何……? なんか、あった?」
心配そうに亮平の顔を覗き込む壱月に、切なそうな顔で亮平は言った。
「――別れてくれ」
一瞬、その言葉がどんな意味を持つのかわからなくなったほど、壱月は衝撃を覚えた。
驚きすぎて声が出ない。
「ごめん! おれだって、こんな選択したくなかったんだ。でも……もう、限界なんだよ……」
頭を下げる亮平をぼんやりと見つめながら、壱月は、ああそうか、とぽつりと呟いた。
「……僕のせい、だもんね、きっと」
「いや、違う! 違うって、思いたいけど……研究室のみんなが、とにかく卒論提出するまではって……おれに責任あるし、何も言えなくて」
壱月は、いいよ、と首を振った。
亮平がこれまでたくさんの我慢と努力をしてくれたのは分かっていた。
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