【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ

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 急に周りの関係が一人ずつ途絶えていって、自分でも気づかないうちに動揺していたのかもしれない。歩きついた先は、泊っているホテルではなく、楽と共に暮らした部屋だった。
「やだな、僕……」
 自分から出て行くと告げたのに、たった一日で戻ってきてしまうなんて弱すぎる。
それでも見上げた窓に明かりがないのを確認して、壱月は部屋へ上がることを決めた。冬の衣類ももう少し持ち出さなければいけないし、ノートパソコンも忘れてきてしまっていた。それを取りに来た、ということにして壱月は玄関を開けた。
 しんと静まった部屋に人の気配はない。ほっとして壱月は自分の部屋へと向かった。出て行った時と変わらない様子の部屋の明かりを点け、壱月は荷物を纏める。セーターを二枚くらい持てばいいと思っていたのですぐに立ち去る予定だった。なのにその肝心のセーターが見当たらない。クローゼットの奥まで探しても見つからなかった。
「……っかしいな……」
 この間見た時は、確かにマフラーの下に入っていたはずなのだ。一瞬、楽を疑って、でもどうしてセーターなんか捨てたりするんだと考えるとわからなくてその可能性はすぐに消えた。じゃあどこに仕舞い込んだのだ、と自問しても全く覚えてないのだから困ったものだ。窮した壱月は、重ね着すればいいか、と、ノートパソコンだけを持って明かりを消して自室を出た。その次の瞬間だった。
 突然点いた明かりに壱月は驚いて目を瞑った。手にしていたノートパソコンも足元に落としてしまったが、PC用のカバンに入れていたお陰で破壊的な音はしなかった。
「壱月、戻ったのか?」
 その代わりに響いたのは、低く通る、聞きなれた声だった。
「楽……」
 明るさに慣れてきた目で状況を窺うとそこにこちらを見つめ立つ楽が見えた。
「まだ戻ったわけじゃ、ない」
「今どこに居る? あの男のとこ?」
 開けたままのドアにもたれ、楽が聞く。呆れたような表情と口調に、壱月の緊張は一気に高まった。楽からなんの連絡もなかったのは、きっと呆れすぎたからなのだろう。もう自分などどうでもよくなったのかもしれない。
「どこだって、いいだろ」
「よくない」
「今は、ホテルに居る。亮平とは別れたんだ、今日」
「ホテル……? 誰と泊ってるの? 新しい誰か、か? 戻るつもりない、とか?」
 壱月の足元に転がるノートパソコンを見つめ、楽が蔑むように言い放つ。壱月はそれが我慢ならなかった。確かに寂しさを紛らわせるために誰かに寄りかかっていた。それは認める。けれど、誰にでも軽く付いていくみたいには言われたくない。
「楽に、そんなこと言われたくない。それにホントに一人だよ」
「言われたくないって、事実だろ? そうやってまた、下心だけで近づくような奴と付き合うんだよ、壱月は」
 は、と短く息を吐かれた瞬間、壱月の中の決壊が崩れた気がした。遠く、耳鳴りが響いて、気づけば楽に鋭く言葉を返していた。
「いい加減にしろよ! 楽と一緒にするな! 僕は楽みたいに、フラフラなんてしない。誰でもいいなんて、言わない」
 欲しいのは、楽だけなのに――そう思うと涙が溢れてきた。泣くまいと唇をめいっぱい噛み締める。
「なんだよ、手紙一個で消えた方はフラフラじゃねえのかよ」
「そうしなきゃならなくなった原因は楽の方だろ!」
 ルールを破った挙句、謝らないという一言を残して意図的に壱月と会わないようにしていた。自分が悪いのかもしれないとは思ったけれど、こんなふうに言われるほど悪くはない。
 ただ、好きなだけ。傍に居たいだけ。
 どうしてこんなに自分だけ上手く出来ないのだろう。
 泣きそうになる自分を抑え、楽に強い視線を送ると、その顔が険しく変わる。
「……んだよ! なんなんだよ、お前!」
 楽は壱月に近づいたかと思うと、その体をソファへと突き飛ばした。殴られる、と予感して壱月は身構えた。けれど、目を瞑った壱月に落ちてきたのは拳ではなく、キスだった。
 押し付けるように重なった唇に驚いて固まる壱月を置いて、楽がままっすぐに壱月を見つめる。その瞳が動揺からなのか、揺らいでいる。壱月はどうしていいか分からず、ただ楽を見上げる。
 ずっと、こんな状況を夢見ていた。楽に体中愛されたいという欲望は絶えず抱いていたし、想像だけで体を熱くしたことだってある。けれど、少なくともこんなものは望んでいなかった。強引に、その場の感情に任せただけのキスでは、壱月の中に何も吹き込まれない。
 楽も自分がどうしてこんなことをしたのか分からないのだろう。壱月を見つめたまま何も話さない楽に、壱月が口を開く。
「……抱けば? 僕は誰とでもやれるって思ってるんだろ、楽は。なら、いいんじゃない? こういうのも」
 ほとんど自棄だった。どうせもう、こうなったら友達にだって戻れない。だったら、ここで一度でも抱かれて思い出のひとつでも作れればいい、そう思った。たとえ、それが感情を発散するためだけの、愛のないものだとしても、壱月には愛しい思い出になるはずだ。
 壱月は楽を見上げ、腕を伸ばした。指先で優しく楽の頬を辿る。
「壱月……」
「いいじゃん。楽だって、慣れてるだろ? 僕は経験ないけど、楽の好きにしていいからさ」
 ゆっくりと微笑むと、困惑した楽の表情がより一層深刻になった。たまゆら、壱月の手は楽のそれに掴み取られる。壱月の心臓がどくんと波打ち、呼吸が止まった。
「やりたくない」
 楽は一言呟くと、壱月の上から降りて、そのまま部屋を出て行った。玄関ドアの閉まる音が響いて、ようやく壱月は呼吸を再開した。
「やり、たくない……かよ……」
 自分とはできない。つまり、性の対象にはならないということだ。もうどんなに頑張っても、壱月の恋は実らない。ここで完全に潰えたのだ。完全に拒否されるという形で、壱月の長い片想いは終わりを告げた。
「なんだよ……それなら、もっと早く……」
 楽の気持ちを知りたかった。親友でいいなんて言いながら、結局どこかで、いつかもしかしたら、という思いがあったのは否めない。そのために傍にいたと言っても過言ではない。何年先でも、死んでしまうほんの少し前だっていい、愛されたかった。待てる自信があったのだ。
 そのくらい、好きだった。大好きだった。
「楽……楽っ、ふっ……ぇ……」
 この部屋で過ごした色んな時間を思い出しながら、壱月は子供みたいに声をあげて泣いた。この長い恋の最期を弔うように。
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