【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ

文字の大きさ
20 / 45

7-1

しおりを挟む
 急に周りの関係が一人ずつ途絶えていって、自分でも気づかないうちに動揺していたのかもしれない。歩きついた先は、泊っているホテルではなく、楽と共に暮らした部屋だった。
「やだな、僕……」
 自分から出て行くと告げたのに、たった一日で戻ってきてしまうなんて弱すぎる。
それでも見上げた窓に明かりがないのを確認して、壱月は部屋へ上がることを決めた。冬の衣類ももう少し持ち出さなければいけないし、ノートパソコンも忘れてきてしまっていた。それを取りに来た、ということにして壱月は玄関を開けた。
 しんと静まった部屋に人の気配はない。ほっとして壱月は自分の部屋へと向かった。出て行った時と変わらない様子の部屋の明かりを点け、壱月は荷物を纏める。セーターを二枚くらい持てばいいと思っていたのですぐに立ち去る予定だった。なのにその肝心のセーターが見当たらない。クローゼットの奥まで探しても見つからなかった。
「……っかしいな……」
 この間見た時は、確かにマフラーの下に入っていたはずなのだ。一瞬、楽を疑って、でもどうしてセーターなんか捨てたりするんだと考えるとわからなくてその可能性はすぐに消えた。じゃあどこに仕舞い込んだのだ、と自問しても全く覚えてないのだから困ったものだ。窮した壱月は、重ね着すればいいか、と、ノートパソコンだけを持って明かりを消して自室を出た。その次の瞬間だった。
 突然点いた明かりに壱月は驚いて目を瞑った。手にしていたノートパソコンも足元に落としてしまったが、PC用のカバンに入れていたお陰で破壊的な音はしなかった。
「壱月、戻ったのか?」
 その代わりに響いたのは、低く通る、聞きなれた声だった。
「楽……」
 明るさに慣れてきた目で状況を窺うとそこにこちらを見つめ立つ楽が見えた。
「まだ戻ったわけじゃ、ない」
「今どこに居る? あの男のとこ?」
 開けたままのドアにもたれ、楽が聞く。呆れたような表情と口調に、壱月の緊張は一気に高まった。楽からなんの連絡もなかったのは、きっと呆れすぎたからなのだろう。もう自分などどうでもよくなったのかもしれない。
「どこだって、いいだろ」
「よくない」
「今は、ホテルに居る。亮平とは別れたんだ、今日」
「ホテル……? 誰と泊ってるの? 新しい誰か、か? 戻るつもりない、とか?」
 壱月の足元に転がるノートパソコンを見つめ、楽が蔑むように言い放つ。壱月はそれが我慢ならなかった。確かに寂しさを紛らわせるために誰かに寄りかかっていた。それは認める。けれど、誰にでも軽く付いていくみたいには言われたくない。
「楽に、そんなこと言われたくない。それにホントに一人だよ」
「言われたくないって、事実だろ? そうやってまた、下心だけで近づくような奴と付き合うんだよ、壱月は」
 は、と短く息を吐かれた瞬間、壱月の中の決壊が崩れた気がした。遠く、耳鳴りが響いて、気づけば楽に鋭く言葉を返していた。
「いい加減にしろよ! 楽と一緒にするな! 僕は楽みたいに、フラフラなんてしない。誰でもいいなんて、言わない」
 欲しいのは、楽だけなのに――そう思うと涙が溢れてきた。泣くまいと唇をめいっぱい噛み締める。
「なんだよ、手紙一個で消えた方はフラフラじゃねえのかよ」
「そうしなきゃならなくなった原因は楽の方だろ!」
 ルールを破った挙句、謝らないという一言を残して意図的に壱月と会わないようにしていた。自分が悪いのかもしれないとは思ったけれど、こんなふうに言われるほど悪くはない。
 ただ、好きなだけ。傍に居たいだけ。
 どうしてこんなに自分だけ上手く出来ないのだろう。
 泣きそうになる自分を抑え、楽に強い視線を送ると、その顔が険しく変わる。
「……んだよ! なんなんだよ、お前!」
 楽は壱月に近づいたかと思うと、その体をソファへと突き飛ばした。殴られる、と予感して壱月は身構えた。けれど、目を瞑った壱月に落ちてきたのは拳ではなく、キスだった。
 押し付けるように重なった唇に驚いて固まる壱月を置いて、楽がままっすぐに壱月を見つめる。その瞳が動揺からなのか、揺らいでいる。壱月はどうしていいか分からず、ただ楽を見上げる。
 ずっと、こんな状況を夢見ていた。楽に体中愛されたいという欲望は絶えず抱いていたし、想像だけで体を熱くしたことだってある。けれど、少なくともこんなものは望んでいなかった。強引に、その場の感情に任せただけのキスでは、壱月の中に何も吹き込まれない。
 楽も自分がどうしてこんなことをしたのか分からないのだろう。壱月を見つめたまま何も話さない楽に、壱月が口を開く。
「……抱けば? 僕は誰とでもやれるって思ってるんだろ、楽は。なら、いいんじゃない? こういうのも」
 ほとんど自棄だった。どうせもう、こうなったら友達にだって戻れない。だったら、ここで一度でも抱かれて思い出のひとつでも作れればいい、そう思った。たとえ、それが感情を発散するためだけの、愛のないものだとしても、壱月には愛しい思い出になるはずだ。
 壱月は楽を見上げ、腕を伸ばした。指先で優しく楽の頬を辿る。
「壱月……」
「いいじゃん。楽だって、慣れてるだろ? 僕は経験ないけど、楽の好きにしていいからさ」
 ゆっくりと微笑むと、困惑した楽の表情がより一層深刻になった。たまゆら、壱月の手は楽のそれに掴み取られる。壱月の心臓がどくんと波打ち、呼吸が止まった。
「やりたくない」
 楽は一言呟くと、壱月の上から降りて、そのまま部屋を出て行った。玄関ドアの閉まる音が響いて、ようやく壱月は呼吸を再開した。
「やり、たくない……かよ……」
 自分とはできない。つまり、性の対象にはならないということだ。もうどんなに頑張っても、壱月の恋は実らない。ここで完全に潰えたのだ。完全に拒否されるという形で、壱月の長い片想いは終わりを告げた。
「なんだよ……それなら、もっと早く……」
 楽の気持ちを知りたかった。親友でいいなんて言いながら、結局どこかで、いつかもしかしたら、という思いがあったのは否めない。そのために傍にいたと言っても過言ではない。何年先でも、死んでしまうほんの少し前だっていい、愛されたかった。待てる自信があったのだ。
 そのくらい、好きだった。大好きだった。
「楽……楽っ、ふっ……ぇ……」
 この部屋で過ごした色んな時間を思い出しながら、壱月は子供みたいに声をあげて泣いた。この長い恋の最期を弔うように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪魔はさせない

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 病棟で知り合った2人。生まれ変わって異世界で冒険者になる夢を叶えたい!

【完結】ルガルの星―冷徹な社長は、僕の運命を知っていた―

綾波絢斗
BL
この世界には、二つの特別な称号を持つ者たちが存在する。 一つは、絶対的な権力を持つ王の称号――ルガル(lugal)。 もう一つは、ルガルと対をなし、その力を補う「番」――ムル(mul)。 ルガルは生まれながらに選ばれし存在。 国家からエリート教育と地位を与えられ、能力に応じて厳格なランク分けが行われる。 最上位のルガルは、政治さえも動かす絶対者だ。 一方で、ムルは生まれた瞬間にはその正体がわからない。 遺伝子検査や学力テストを経て候補が絞られるが、 最終的に「真のムル」かどうかを見極められるのは――ルガルだけ。 ムルが覚醒したとき、同じ場所に「紋章」が現れ、その瞬間から、ルガルとムルの力は共鳴し始める。 ムルの能力はルガルの力を最大限に引き出す。 ゆえにルガルたちは、自らのムルを求め、時には他人のムル候補を奪い合う。 そして、すべての出生データと遺伝情報を管理するのは、 巨大企業イルジオン――国家をも超える存在。 その頂点に立つ社長、一条レイ。 冷徹なルガルの頂点に君臨する彼が「自分のムル」と出会った。

【完結】君の手が、入道雲を彫る

江夏みどり
BL
【完結】 彫刻をやめた高校生の天才彫刻家・時原夏樹(ときはらなつき)は転校先の同級生・須縄霜矢(すのそうや)に片想いしてしまう。 北海道雪まつりに出展することを夢見る霜矢は、夏樹を強引に「美術部・雪像班」に入部させ、雪像づくりに巻き込んでいく。 過去のトラウマから人の手に触れることが苦手な夏樹。ある日霜矢が「人の手に触れる練習」と称して夏樹の手に触れてきて……? 天才肌のトラウマ持ち彫刻家×天真爛漫な夢見る男子高校生の、じれきゅんBL!

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる

ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。 そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。 「一緒にコラボ配信、しない?」 顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。 これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。 ※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

君さえ笑ってくれれば最高

大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。 (クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け) 異世界BLです。

処理中です...