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しおりを挟む金に近い茶に染めた髪は昼間は目立つかもしれないが、夜の店ではそう悪くもない。毎日セットも怠っていないし、猫っぽくて可愛いと言われる少し幼い顔立ちだって、累にしては武器のひとつだ。弟みたいなキャラで懐に入り込み、ここだというところで急に男を見せれば、大抵の客は夢中になってくれる。そういう疑似恋愛の駆け引きはこの業界に長くいる累だからこそ出来ることで、それが二位というポジションにずっと居続けられることに繋がっているはずだ。それでもやっぱり一位を獲りたい。この仕事に就いた以上、目指すのはやはりそこだった。
「……ホント、あいつ邪魔」
ため息を吐きながら明るい空を見上げ、累はいつもと同じ道を歩いて駅に向かう。日の出営業に付き合わされた日に通勤ラッシュと逆方向の電車に乗って向かうのは、弟・明と、そのパートナー・優の家だった。
初めは明に料理を教えるためにわざわざ仮眠を取ってから、朝通っていたのだが、一緒に暮し始めて半年が経った頃から徐々にコツを掴んで、今では累はただ朝ごはんを食べに行くだけになっていた。それでも二人が、毎日食べに来て、と言うのでなんとなく習慣で通っている。
「おかえり、累兄!」
明の家に着くと、嬉しそうに明が玄関のドアを開けた。コンシェルジュが居て、クリーニングなんかも任せてしまえるようなマンションに住み、しかも優は社長なのだから何もしなくても暮らせそうなものだが、相変わらず明は自分で家事全般をやっているらしい。明自身から、ふわりと優しい料理の匂いがする。
「今日はね、オムレツが過去最高の出来でね、絶対食べて欲しいんだ」
そう言って累を家に上げ、明が先を急ぐ。累がそれに付いてリビングへ入ると、ダイニングチェアに座る優が真剣な顔でテーブルの上の料理にスマホを向けていた。
「優サン、何してんの?」
「あ、ああ……累くん、お疲れ様。明のオムレツが最高の出来だから、記録しておこうと……」
振り返った優がそう言って真剣な顔をする。そんな優に、やだよー、と焦ったのは明だった。
「それ、スマホのロック画面の画像にしないでくださいね! 前のカレーライス、社員の間で噂になってたんですから!」
明の言葉に累が、噂? と聞く。明はキッチンで累の分の朝食を用意しながら口を開いた。
「優さんのスマホをたまたま見た社員が居て、優さんが待ち受けにするくらいだから、どんな美味しい店のカレーだろうって噂になって……秘書なら知ってるんじゃないかって、ぼくも狐高さんも質問責めにあったんだよ」
狐高さんには怒られるし自分が作ったものなんて言えないしすごく困ったんだ、と明が事情を話す。それを聞いて累は笑い出した。
「何それ……でもまあ、愛されてるってことだろ? 明」
累はそう言いながら優の向かい側の席に腰を下ろした。明がそれに頷いて優の隣に座る。
「そういうこと、ですよね? 優さん」
「もちろん。明の全部を可愛いと思ってるよ」
明の言葉に優が当然のように答える。そんな二人は世間で言うところの『バカップル』なんだろうが、累にはそれがなんだか少し羨ましくもあった。愛する人とこうして仲良く暮らせることはやはり幸せだろう。
特に自分たち『獣人』にとって、番――いわゆるパートナーを持つことは幸せのひとつだ。累も明も、兄である櫂も、うさぎの獣人だ。累の出身地ではその番と自分が生きていくための仕事を見つけるために十代半ばほどで村を出るしきたりがある。累もそのしきたりに則り出てきたのだが、村を出て数か月で番を見つけた弟と違い、累はまだ相手を見つけてはいない。そろそろ累も、その幸せを掴みたいと思っているが、出会いなんてそう転がっているものでもない。やっぱりこの二人は羨ましい。
「あー、はいはい。これ以上甘いものは要らないから、食事にさせてよ」
累が言うと、向かいの二人は互いを見て笑いあう。それから、いただきます、と食事を始めた。
食事が終わり、明がキッチンで洗い物を始めると、優はきっちりとスーツに着替え、リビングのソファに居る累にカップを差し出した。中にはコーヒーが入っている。
「ああ……ありがと、優サン。すっかり自分ちみたいに寛いじゃってたよ」
累がカップを受け取りながら言うと、いいんじゃないか、と優が微笑む。
「累くんが来ると、明が嬉しそうだ。明が幸せならそれでいい」
「……いいね、番って」
累が言うと、そうだな、と優は困った様に笑った。素直に全部をいいとは思っていないようだ。
「何か、あった?」
「……累くん、この後何か用事あるか?」
「いや、ないけど……」
累が首を振ると、優は少し真剣な顔をして、時間をくれないか、と言った。
「明と出勤してすぐ戻る。駅前のカフェで待ってて欲しい。相談したいことがあるんだ」
優がそう言い終わると同時に、明が優を呼ぶ。優はそれに振り返った。
「そろそろ行かないと遅刻しちゃいます! 優さんに出勤時間はないですけど、ぼくはあるんですよ」
「ああ……じゃあ行こうか。累くんも下まで」
優の言葉に累が頷く。それから優の傍に寄った。
「先行ってる。昼までに帰れれば大丈夫だから」
無理すんなよ、と小声で言うと、優は少しほっとした顔をして頷いた。
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