3 / 33
1-3
しおりを挟むカフェで三十分ほど待っていると、慌てた様子で優が店に駆け込んできた。奥の席に居た累は、そんな優に手を挙げて合図する。優はそれを見つけバツの悪そうな顔でこちらに近づいた。
「すまない。大分待たせてしまって」
「これ奢りだろ? だったらいいよ」
テーブルを挟んで向かい側に座った優の目の前に、コーヒーカップを持ち上げる。優はそれを見て、もちろん、と頷いた。
「で、相談って?」
累が聞くと、優は少し視線を泳がせてから、実は、と話し始めた。
「……明が、積極的過ぎて、な……」
「……どういうこと?」
累が聞くと、そこに優が注文したコーヒーが運ばれてくる。店員を見送った後、優はまた話し始めた。
「……子どもが早く欲しい、と……」
言いにくそうに小さな声でそう告げた優に、累は思わず笑ってしまう。なんだただの惚気かと思っていると、優はひどく真面目な顔をした。
「笑いごとじゃないんだ、累くん。明はまだ十八だ。そちらの常識ではもう大人なのかもしれないが、俺の中ではまだまだ守りたい存在だ。そんな明に、子どもを産むなんて負担を掛けていいものか、とか、そもそも体の仕組みが変わるってどういうことなのか、妊娠でどれだけ明の体に苦痛を与えるのか……そんなことを考えてしまったら、どうしても明の望む通りにはしてあげられなくて」
優はそう言うと、小さくため息を吐いてから目の前のカップを持ち上げた。そんな優の話を黙って聞いていた累は、なんだか嬉しくなって微笑む。
「ちゃんと明のこと考えてくれてるんだ、優サン」
「そりゃ、自分以上に大事な存在だからな」
自分以上に大事――その言葉を貰えている明が少し羨ましかった。累だって、こちらの社会に来ているのは番を見つけるためだ。出会いの多いホストという仕事をしているのに未だにそんなことを言ってくれる人には出会えていない。
「……明は幸せだな」
「幸せにしてやりたいと思ってるよ。けど、今回ばかりは……」
「まあ、優サンの心配も分からないでもないよ。こっちには専門の病院もないから、ほとんどの人は地元帰って産んで子育てするし。ほら、子どもは、小さいうちは耳も隠せないから」
翠も完全には出来てないだろ? と櫂の娘、累にとっては姪の名前を出す。優も翠には会っているのだ。そう言うと、優が、なるほど、と頷く。
「明もそうなったら実家戻してやればいいと思うけど……明がそれをよしとするかは分からないな」
優さんの傍に居る、とワガママを言う明はすぐに想像できる。優も同じだったのだろう。苦い顔で頷いた。
「とにかく、この先は二人の事なんだから、ちゃんと二人で話し合った方がいいと思うよ。どんな結論出しても、オレは協力するから」
可愛い弟のためだと思えば、協力は惜しまない。それは累の本心だった。
「ありがとう……頼りにしてるよ」
優がそう言って強く頷く。
こんなにも大事にされている明にちょっと嫉妬も感じながら、それでも累は笑顔で頷いた。
「本当に送らなくていい?」
カフェを出た累に優が聞く。話を聞いてくれたお礼にとケーキまで買ってもらってしまったのに、優は更に家まで送ると言った。さすがに話を聞いただけでそこまではしてもらえない。
「いいよ、駅すぐそこだし。優サンも仕事戻んなきゃだろ?」
こんなところで時間を無駄に出来るような立場ではないはずだ。その証拠にさっき電源を入れたスマホはずっと震えっぱなしだった。
「ああ……じゃあ、ここで。明日も明と待ってるから」
そう言うと優は累に笑顔を残してから歩き出した。すぐにスマホを操作し電話を架けている。駐車場へと向かった優を見送ってから、累も駅に向かうべく歩き出した、その時だった。
「ルイト?」
そんな声が届き、累が顔を上げる。目の前には宙也が居た。キャストたちと飲んで解散したのだろう。宙也は一人だった。
「ヒロさん……」
プライベートでは一番会いたくない人に会ってしまい、累は目を伏せた。店からは大分離れた住宅街で、まさかこの人と会うとは思っていなかった。
「ルイトもこの辺に住んでる?」
おれすぐそこのマンションなんだよね、と宙也が指をさす。そこは優と明が暮らすマンションでもあった。
「いえ……弟がこの辺に住んでて……」
「へえ、ルイト弟いるんだ。じゃあオーナーと三兄弟か。弟も可愛いんだろうな」
そう言って宙也が近づく。酒と香水の香りが混ざったいつもの宙也の香りだ。すごく男らしくて強い雄のイメージがして、累はその香りに惹かれてしまう。だからこの匂いは嫌いだった。
「ヒロさん、酒くさいです」
「そりゃ、昨日の夜から飲んでるし。てかさ、さっきの男、誰?」
絶対弟じゃないでしょ、と宙也が累の肩を抱く。累はその腕を引き剥がしながら、誰でもいいじゃないですか、と答えた。その答えが不満だったのだろう、宙也の表情が不機嫌に変わる。
「よくなーい。アフターで男に会うとか、何? おれの誘い断ってまで会いたい男?」
「アフターじゃないです。でも、いい男だと思いませんか? オレたちと違って、戦闘服としてスーツ着て仕事してんです」
自慢の義弟なんです、と言おうと思っていた。けれど言えなかったのは宙也の唇が累のそれを塞いだからだ。一度は離した腕で再び累の肩を抱き寄せ、そのまま唇を合わせた宙也は累の口の中に舌を入れ、暴れまわってからゆっくりと離れていった。驚いて目を開けたまま固まっていた累に、宙也が小さく笑む。
「キスの時は目を閉じるもんだよ、プリンセス。その方がずっとおれを感じられるからね」
宙也はそう言うと、累の唇を指先で拭ってから腕を解いた。
「ヒ、ロ、さん……何……」
「何って、キス?」
可愛らしく首を傾げる宙也に、累は思い切り鋭い視線を向け、口を開いた。
「ふざっけんな! もう二度とオレに近づくな!」
累はそう叫ぶと、きびすを返して歩き出した。
信じられない。普通男相手にキスなんかするだろうか。しかも天下のナンバーワンホスト様が、だ。するとしたら、理由なんてひとつしかない。
「……オレのこと、バカにしやがって……」
累はイライラしながら小さく呟いた。
からかわれた。それしかない。万年二位の累をからかっているのだ、宙也は。からかっていい存在だと思われているのだ。それが悔しかった。
18
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる
ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。
・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。
・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。
・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。
騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください
東院さち
BL
ラズは城で仕える下級使用人の一人だ。竜を追い払った騎士団がもどってきた祝賀会のために少ない魔力を駆使して仕事をしていた。
突然襲ってきた魔力枯渇による具合の悪いところをその英雄の一人が助けてくれた。魔力を分け与えるためにキスされて、お礼にラズの作ったクッキーを欲しがる変わり者の団長と、やはりお菓子に目のない副団長の二人はラズのお菓子を目的に騎士団に勧誘する。
貴族を嫌うラズだったが、恩人二人にせっせとお菓子を作るはめになった。
お菓子が目的だったと思っていたけれど、それだけではないらしい。
やがて二人はラズにとってかけがえのない人になっていく。のかもしれない。
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる