強気なうさぎはNO.1ホスト様には懐かない

藤吉めぐみ

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 店の営業が終わる頃、着替えた累は、マネージャーに言われた通り、ホールの掃除を始めた。いつもは若いキャストの仕事なので、彼らは累に代ろうかと聞いたが、累はそれを断った。こんなことでホールで見せてしまった醜態について償えるなら安いものだ。
「久々だな、ルイトの掃除する姿」
 ホールの床のモップ掛けを始めていた累にそんな声が掛かり、累は振り返った。そこには宙也が立っている。一番会いたくない人が来た、とため息を吐き、累は何も答えずに黙々と掃除を始めた。
「ルイトはすぐ上位まで上がったから、掃除もそんなにしたことなかったよな。ボーイ時代に色々学んだのかとも思ったけど、今思えば才能だったのかもな」
 まさか自分のすぐ下に来るとは思ってなかったよ、と宙也が言う。累はそんな言葉も無視して作業を続けた。小さなため息が聞こえ、コツコツと靴の鳴る音が響く。累が会話をしないので諦めたのだろう。特に気にも留めず累は掃除を続けた、その時だった。
 突然人影が出来たかと思ったら、そのまま横から体を抱きしめられた。突然のことに驚いて累がモップを手放す。誰も居ないホールには、モップの転がる音が大きく響いた。
「なっ……ヒロ、さん?」
「無視しないでくれよ、ルイト」
 ぎゅっと抱きしめられ、耳元で囁かれる。その吐息と宙也から流れて来る香りに、累の心臓が高鳴った。
「……ごめん。今日のことは俺が悪かった。別に客を盗ろうか、そんなことを思ったわけじゃなくて……ただ、嫌だったんだ」
 宙也の腕がゆっくりと解かれる。けれど完全に離されたわけではなくて、ただ顔の見える距離になっただけだった。その腕を解こうと思えばいつでも解ける。けれど累にはそれが出来なかった。累は黙って宙也を見上げる。
「嫌って……そんなことしなくてもオレとヒロさんの売り上げは大分差があるし……」
「違う。嫌っていうのはルイトの周りに他の奴がいることが嫌で……あの時は、ルイトの気を引きたかった」
 そう言われ、累は、え、と小さく叫んだ。体の内側が熱くなる。どうしてそうなるのか自分でも分からなくて黙って宙也を見つめていると、その顔が小さく笑んだ。
「……やっぱり、可愛いな、それ」
 宙也にそう言われ累が、首を傾げる。それから一つの事に気付いて頭に手を寄せた。そこにはまた、うさぎ耳の感触がある。
「わ、こ、これ、は……!」
 累が後退り宙也から離れようとする。数歩下がったところで累の足はソファに当たり、そのままソファへと後ろから倒れてしまった。
「ルイト!」
 そんな累に手を伸ばした宙也がそのまま累に覆いかぶさる。組み敷かれる形になった累が動揺して視線を泳がせる。
「ルイト……この気持ち、なんだと思う?」
 宙也はそう言いながら累にそっと近づいた。またキスされるのではと焦った累が口を開く。
「し、し、し、しらねーよ!」
 累はようやく動いた足で思い切り宙也の腹を蹴飛ばした。それをまともに受けた宙也がホールの床に倒れる。
 その音が響いたのだろう。そこへ顔を出したのは櫂だった。
「累、お前ちゃんと掃除して……ヒロ?」
 ホールに入りながら、きっとマネージャーから聞いたことを話そうとしたのだろう、そんなことを言った櫂の視界にはホールに尻もちをついている宙也とソファで息を荒くしている累の姿が映っていた。
「櫂……」
 累は兄の姿を見ると、慌てて立ち上がり、櫂の後ろへと隠れた。まだ興奮しているせいか、耳が出たままで、それも隠したかったのだ。
「オーナー、今日出勤だったの?」
 宙也は何もなかったように立ち上がると、にっこりと微笑んでそう言った。
「いや、累とお前のトラブル聞いて顔出しただけ……だが、説教は明日するから、ヒロは日の出に備えて仮眠に入れ」
「でも、俺まだルイトと話……」
 櫂の後ろを覗き込む宙也に、累が縮こまる。その様子をちらりと見た櫂が、無理だな、と口を開いた。
「それも明日だ。いいから行け」
「でも……」
「ヒロ」
「……はい」
 櫂の譲らない態度に根負けした宙也は静かに頷いて、ホールを後にした。その様子を見ていた累がほっと息を吐く。
「累、何があったかはウチで聞く。先に帰ってろ――耳、なんとかしてからな」
 櫂はそう言うとカードキーを累に手渡した。これは櫂が自分の家に帰れない時に使っている櫂のセカンドハウスの鍵だ。累は頷いてそれを受け取った。
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