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しおりを挟む突然獣人だと名乗られて、しかも番になろうと言われても、それは無理な話だ。
もちろん、会ってすぐに惹かれ合う人たちがいることは知っている。けれど累にそれはできないと思っている。何も知らない相手と番になって、それから相手を知って嫌だと感じたらどうするのだろう。もちろんお互いが納得すれば番を解消することも出来るのだろうが、せっかく番になるのであれば、やっぱり最後まで添い遂げたいと思う。
そんなことを考えながら、累は朝の住宅街を歩いていた。目的のマンションに着き、エントランス前のインターホンを押す。
『お、おはよう、累兄!』
しばらくしてから慌てた様子の明の声がインターホン越しに聞こえ、けれどいつも通りに目の前の扉が開く。累は慣れた足取りで明の部屋へと向かった。そのドアの前で再びインターホンを押すと、明が勢いよくそのドアを開ける。
「おはよう、累兄。ちょっと今日早くない?」
「そう、かな……」
明の言葉に、累はポケットからスマホを取り出した。画面には七時三十分と出ている。いつも通りの時間だ。けれど、その上に出ている日付を見て、あ、と声を漏らした。
「……今日土曜日か。悪い」
週末は明も優も基本的には休みなので、累も彼らの起床に合わせ、九時ごろにここを訪れるようにしていた。
「う、ううん。大丈夫」
明はそう言って笑うが、そんな明は大きめのパジャマを着ていて、下は履いていなかった。
それだけでどういう状況だったのか察することが出来て、累はもう一度、ごめん、と謝った。
いわば新婚の休日の朝だ。昨夜の余韻も残る二人きりの部屋でイチャイチャしない方がおかしい。
「いや、平気だよ。来てくれてありがとう、累くん」
廊下をゆったりとこちらに歩いてくるのは、白いシャツに綿のパンツを履いた、休日スタイルの優だった。こちらに着くと明に、着替えておいで、と笑んでから累に、上がって、と促した。
「悪い。曜日感覚狂ってて」
「いや……正直助かった」
優のその言葉に、累は、え、と聞き返す。優はそれに困った様に眉を下げ、声のトーンを落として、それが、と話し出した。
「明が積極的すぎて……ちょっと困っていたところだ」
「ああ……はやく母親になりたいってアレね」
累が言うと、優は苦く笑って頷いた。そのままキッチンに入り、コーヒー豆の入った瓶を手に取りコーヒーの準備をする。その様子を立ったまま見ていると優が、嬉しい事なんだが、と前置きをして話し始めた。
「やっぱり俺はまだ明の体が心配なんだよ。俺を受け入れるだけでも少し辛そうな時もあるのに……」
「うわ、生々しいな……」
累が若干引き気味で優の話を聞いていると、明がリビングへと出てきた。
「累兄、朝ごはん食べてくよね。作るよ」
明が嬉しそうに優の隣に立つ。優も、手伝うよ、と微笑んでいて、とても幸せそうだ。
優は明と家族を作る事が嫌なわけではないのが分かる。どちらかと言えば、明を心配しているのだろう。番というのは、そんなふうに愛し、愛されるものなのだろうか。
チカに番になろうと言われた時、累は特に何も思わなかった。胸がときめくような感動もなければ喜びもなかった。
「なあ、番の生活って楽しい?」
二人並んで料理をし始めた明と優に累はそっと聞いてみた。明が優と一瞬目を合わせ、微笑んでから累に頷く。
「楽しいよ。だって、毎日好きな人と一緒なんだよ? 楽しいし、嬉しいよ」
「そう、だよな……」
番とは本来そういうものだと累も思う。同じ種族のオスとメスが偶然出会ったから番になるなんて、機械的なものではないはずだ。ちゃんとその人を好きになって、この人と一緒に居たいと思うから番になるのであって、ただ都合よくそこにいたからとなるものではない。そう考えると、相手はチカではないなと思う。今なら例えば、と少し考えると、脳裏に宙也が浮かんだ。更に違うだろ、と自分の考えを自分で打ち消す。
「累兄、何かあったの?」
突然変な事を聞いたせいだろう。明が心配そうに累を見つめた。それに累は、いや、と首を振る。
「何もないよ」
「そっか……ねえ、累兄。番になる人に出会ったら、ちゃんと体が教えてくれるよ。あ、ぼくはこの人とずっと一緒にいるんだって、頭の奥で分かるの。櫂兄も、香織さんと会った時、この人と離れる想像がつかなかったって話してたよ」
明はそう言うと、ね、と優を見上げた。優がそれに頷く。
「確かに……抗えない何かに突き動かされてる感じはしたな。陳腐な言葉かもしれないが、それが運命ってものなのかもしれない」
「運命、か……」
累はそう呟いて首を傾げた。チカと会ってもそんなものはひとつも感じなかった。
「今度、櫂にも聞いてみるよ」
累はそう言って明に微笑んだ。
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