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しおりを挟む店に出なきゃ――そんなことをふと思い、累が目を開けると、そこは店ではなかった。体を起こしてぼんやりとあたりを見渡す。
「……櫂の家?」
見覚えのある家具の配置は、櫂のマンションだった。それから自分がどうしてここに居るのか考えるがよく分からない。
「累、起きたか?」
ぼうっとしていると、部屋のドアが開き、櫂が顔を出した。スーツを着ているところを見ると店の帰りなのだろう。
「うん……オレ……どう、して……」
ここに居る? と聞こうとして、累は直前の記憶を思い出し、言葉を詰まらせた。
宙也にまた耳を見られ、その上今度は体に触れられた。それだけならいい。自分はそんな宙也を嫌がりもせずに、更に縋ったのだ。
思い出した途端、恥ずかしさと悔しさが累の中を駆け巡っていく。
「どうしては、こっちが聞きたいんだが」
累のいるベッドの端にどさりと腰を下ろした櫂がため息を吐きながらそう言う。累はそれに、えっと、と曖昧な言葉を返してから視線を泳がせた。
「開店時間過ぎてるのに、トップ二人が店に出てこないなんて、あり得ないぞ。しかもお前は倒れた、なんて言うし」
「ごめん、櫂……」
累が素直に謝ると、櫂は累の頭を優しく撫でた。
「どこか具合悪いところは? 痛いところもないか? あれば往診頼むけど……」
櫂の言葉に累は首を振った。
「そうか……とりあえず耳はしまえたようで良かったよ」
「え、オレ、出たままだった?」
「まあ……意識がなかったようだから、それは仕方ないとして……また、ヒロに見られてたな」
運んできたのはヒロだ、と櫂が言う。その言葉に累は視線を泳がせる。
「あのタイミングでヒロと会うなんて予想してなかったこっちも悪いが……変わったのはヒロの方だけじゃないんじゃないか? 累も何か変わったことはないか?」
櫂に言われ、累は首を傾げる。
「特にないけど……どうして?」
「……ヒロが、累をくれ、と言って来た。累が拒むなら考えるが、そうじゃないなら……お前が欲しい、と。何があったか……聞いてもいいか?」
櫂には大方の予想がついているのだろう。それでもあえて聞くということは、累の気持ちを知りたいのかもしれない。
「……最後まではされてない、はず。でも、途中から訳わかんなくなって……あの人に抵抗できなかった」
きっともっと時間があれば、自分が途中で意識を手放さなければ、最後まで抱かれたかもしれない。
「それは……累もヒロと同じ気持ちってことか?」
「……分かんない。ただ、ヒロさんがそういう目でオレを見たら、体の内側から変になるっていうか……抗えなくて……少し怖い」
累が素直に言うと、櫂は、そうか、と言ってから少し黙り込んだ。それから小さく息を吐いてから口を開いた。
「……累は、番が欲しいか?」
「どうだろう……前は全然欲しくなかったんだ。仕事楽しいし、いつかヒロさん負かしてナンバーワンになるって思ってるし、それにはもっと頑張らなきゃって思ってたし、今でも思ってる。でも……明がこっちに来て、すぐ番が出来て、二人を見てるうちに、こういう生活もいいなって思ったのは事実だよ。ただ、自分もとか……まして、ヒロさんと、なんて考えたことない」
そもそも宙也は普通の人間だ。番うことは出来るけれど、そうするには明のように何もかもを受け入れる勇気が必要だ。累はどうしても自分の体が変わることが怖くて仕方ない。
だったら、チカと番うのか、と聞かれたら、今度は気持ちも体も否定するのだ。自分の番はあの子ではないと本能が言っている気さえする。
「累の気持ちは分かったよ。とにかく今は休め。久々にキャストとして店出るから、心配するな」
「え? 櫂が?」
累がそう聞いて笑うと、櫂は不機嫌な顔をして、なんだよ、と返す。
「いや……オレ、櫂が現役の頃見たことないから、どうなのかな? って」
「一晩で一千万稼いだ男だぞ? ヒロにだってまだ負ける気がしないな」
なんならナンバーワン奪ってもいい、と櫂が自信たっぷりに微笑む。累はそれを見て、いいんじゃない? と笑った。
「でも、櫂が出るって……オレは?」
「お前はしばらく休み。俺の予想が大袈裟ならいいんだが……一応、な」
「え……でも、約束してる客とか……」
「メッセ入れとけ。俺が代わるから」
もう体は正常だし、特に変なところもない。確かに宙也に会うのは少し怖いが、それは今まで通り若いキャストが付いてくれれば大丈夫だろう。
「でも……」
「いいから。たまには長兄の言うことを聞け」
お前たちはいつも俺の言う事を聞かない、とため息を吐く櫂を見て累は、ごめん、と笑う。それから、わかった、と頷いた。櫂がそれに頷き、累の頭を撫でた。
「これでも、お前たちのことは可愛いと思ってるんだからな」
別に意地悪をしているつもりはないんだけど、と言いながら櫂が立ち上がる。
「知ってるよ。オレも、明も」
累が言うと、ホントかよ、と笑いながら櫂は累の傍を離れた。
「ホントだよ、おにーちゃん」
累はぽつりと呟いて微笑むと、またベッドへと潜り込んだ。こうして安心して瞼を閉じることが出来るのは櫂のおかげだ。今は櫂の言う事を聞いておこう――そう思いながら、累は再び眠りについた。
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