強気なうさぎはNO.1ホスト様には懐かない

藤吉めぐみ

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 ぐつぐつと煮込まれるカレーの入った鍋を眺めながら、累は小さなため息を吐いた。最近の自分はカレーを作る時は憂鬱な気分な事が多い。
「あら、いい匂い。約束のカレー作ってくれてるの?」
 そんな声がして、累は振り返った。そこには、にこにこと嬉しそうに微笑む母が立っていた。
 累は倒れた翌日から実家へと戻っていた。櫂がそうしろというので、それに従ったのだ。
「うん。前に作るって言ったまま、帰って来れなかったから」
「嬉しい。累のカレーはやっぱり少し違うのよね」
 ダイニングチェアに腰を下ろした母の顔色はいつもより良かった。今日は調子がいいようだ。
 母は元々体が弱い人らしいのだが、兄、そして自分を産んでから更に調子を崩すことが増え、明が生まれてからはベッドの上に居ることのほうが多くなっていた。けれど、兎田家にとっては、この母が太陽だ。みんな母が好きだし、母のためなら何でもする。
「ちょっと味見する?」
「ううん、夕飯まで楽しみにしておく。みんなで食べると更に美味しいでしょ?」
「そうだね」
 累は母の言葉に頷いてから、コンロの火を消した。
「オレ、コーヒー淹れるのも得意なんだけど、飲む?」
「お茶菓子に冷蔵庫のプリンを出してくれるなら頂こうかしら?」
 母が子どもみたいな笑顔で告げる。きっとさっき累が作っていたところを見たのだろう。累はそれに少し笑って、お待ちくださいマダム、と恭しく頭を下げる。
「うふふ……ねえ、累はそうやって接客してるの?」
「いや、このままだよ。オレの客はそういうの求めてないから」
 累を指名する客は、累のこの軽さを求めているのだと思う。古い友達のような、長く付き合った恋人のような、なんでも話せる関係を求めて来てくれる。だから累も飾らず演じず、彼女たちの話を聞いて共感して、慰めたり、一緒に喜んだりするのだ。
「へえ……私が知ってるホストって、王子様みたいなのだけど、それってもう古いのね」
「いや、そんなことないよ。実際うちのナンバーワンは王子系だし」
 ケトルを火にかけながら、累が答える。宙也の接客はまさに王子だ。
「へえ、どんな子?」
 母に聞かれ、累は宙也を思い出した。
 宙也自身も少し高飛車で俺様なところがあるせいか、彼の客がそう望むせいなのか、店でのキャラは完全に王子様だ。優しい顔立ちに柔らかな口調、そしてプリンセスと呼ぶ特別扱い――客をそんなふうに持ち上げておいて、時折傲慢な態度を見せる。見下すような目線がいいという客、そんな目で見られたくなくて貢ぐ客、どちらも居るが、結局宙也の手のひらの上で転がされているのだ。それに気づかれないように徹底的に王子を演じている。
 すごいとは思うが、真似はしたくない接客だ。
「うーん……ワガママ王子、みたいな感じかな」
「あー、モテそうね」
 櫂みたいね、と母が言う。累はコーヒーを淹れながら、そうなの? と聞き返した。
「櫂は王様だったかな? 俺に付いて欲しかったら美味い酒飲ませろよ、とか言ってたらしいわよ。今じゃ翠に『美味しいお菓子買ってくるからね』とか言ってるのに」
「王様も娘に対しては簡単に下僕になるってことじゃない?」
 笑いながら母の前にコーヒーカップを置く。母は、そうね、と笑った。
累は冷蔵庫を開け、プリンを取り出した。ガラスの器に型から外したプリンを乗せ、カラメルソースをかける。
「ちょっと固めのプリンにしたよ」
「ありがと。私の好きなタイプ」
 いただきます、と手を合わせてから、母がプリンを口に運ぶ。累はそんな母の向かい側に座り、そうでしょ、と笑った。
「累がこうして私の為に何か作りに来てくれるの、あともう少しかしらね」
 母がコーヒーカップを両手で持ち上げ、そんなことを言う。累はそれに、え、と聞き返した。
「……櫂が、累にも番が出来るかもって……それで調子悪くてこっちに戻ってるんでしょ?」
「え、いや……」
「違うの?」
 母が穏やかに聞く。累はそれに視線を泳がせてから、違わないけど、と口を開いた。
「正直、戸惑ってる。気持ちと体がバラバラで……どっちを優先させたらいいのか、分かんないんだ」
 まだ宙也のものになりたいのか、自分でも分からない。けれど体は宙也に触れられることを悦んで受け入れようとする。それが累はとても怖かった。そして、宙也と番いたいと思うようになったとして、それは快楽に流されているのではないか、なんていうことも考えてしまうのだ。
「それ、ちょっと分かるなあ。私もお父さんと出会った時、そんな感じだった」
「え、両親のそういう話、あんまり聞きたくないんだけど……」
「やだ、そんな生々しい話じゃないわよ」
 累が一瞬眉根を寄せて言うと、母は、けらけらと笑ってそう答えた。
「お父さんと会った時ね、私この人と結婚するかもって思ったの。でも、全然タイプじゃなくて」
「そうなんだ。父さん、若い頃イケメンだったって豪語してるけど、違ったの?」
「うーん、まあ、カッコよかったわね。でも、私がカッコイイ人は苦手だったのよ。信用できない感じで。なのに、お父さんはグイグイ来るし、私は拒み切れなくて……私の気持ちはどこにあるんだろうって、ちょっと悩んだりしたのよ」
「そうだったんだ……母さんはどこで折り合いつけたの?」
「折り合いっていうか……やっぱり付き合えないって一度お父さんに言ってるの、私。それで、会わなくなったときにね、思い出すのがお父さんの優しいところばっかりで……強引なところに隠れて見えてなかったところが、会わないことで思い出されて。結局私から、もう一度付き合ってって言ったのよ」
「へえ……父さんにそんなイメージないけど」
 父は母の言う通り強引で、自分に自信があって、厳しい人だ。末の明はともかく、櫂と累には、いつか自分の会社を継がせるからと、経営者の考え方を教え込んできた。そんな父と優しいという言葉は少し距離がある気がした。
「そう? さりげなく私の好物買ってきたりするところとか、私は好きよ」
「まあ……確かに母さんと明には優しいな」
「櫂と累には期待しすぎてるだけよ。その分厳しくなりがちなの。だからね、累……あなたも、その人の事、ちゃんと考えてみて。離れてる今だから、深く想うことができると思うの。それでも、やっぱり番になんかなりたくないと思うなら、全力で逃げなさい」
 ね、と母が微笑む。母らしい言葉に累は笑って頷いた。
「うん、考えてみるよ、ちゃんと」
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