強気なうさぎはNO.1ホスト様には懐かない

藤吉めぐみ

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 その日の夜、櫂が戻ると、すぐに累の部屋を訪ねてきた。ドアを開けると、元気そうだな、とほっとした顔をして部屋に入る。累はそれに頷いてから、部屋の時計を見上げた。まだ午後十時を過ぎたばかりだ。
「早くない?    ご隠居様は相手にされなかったの?」
    累が笑いながら聞くと、バカ言え、と櫂が不機嫌な顔をする。
「カイト様行かないでってどれだけ引き止められたか。でも、お前も心配だったし、残りはマネージャーに任せてきた。お前がいなければヒロもいつも通りだったし、ヒロがお前の客もカバーしてくれたから、少し早めに上がって病院に寄って来た」
 櫂はそう言うと、累のベッドへどさりと腰掛け、ネクタイを緩めた。そんな櫂を立ったまま見下ろしていた累が眉根を寄せる。
「病院? 櫂、どっか悪いの?」
「俺じゃなくて、お前の」
 櫂は言うと、スーツのポケットから白い紙袋を取り出した。薬の入った袋だ。
「オレ?」
「とりあえず、匂いだけでも抑えないと、累もヒロも仕事にならないだろ。明日一日薬飲んで様子を見て平気なら、復帰してもらう」
 櫂から薬を受け取った累は、それに小さく頷いた。あんなことになった以上、もう香水だろうなんて言えない。櫂の言う通りにするのが先決だろう。
「分かった。迷惑かけて、ごめん」
 累が素直に言うと、櫂は立ち上がり、累の頭を撫でた。
「迷惑じゃないが……少し複雑な兄の気持ちは察して欲しいところだな」
「ごめん……ちゃんと、考えるから」
 累が言うと、櫂は頷いた。それから何か思い出したように、あ、と口を開く。
「そういえば、お前の客で、どうしても累に会いたい、自分は累の婚約者だ、なんて言う子が居たけど……大丈夫か?」
 櫂の言葉を聞いて、累の頭にはチカの顔が浮かぶ。多分、彼女で間違いないだろう。
「彼女も仲間らしいんだ。それで、オレの匂いに気付いたとかで近付いてきてて……でも、オレは彼女に惹かれないんだよね」
「……そうか。仲間の女の子ならそっちを選んで欲しいとは思うが……一番大事なのは累の気持ちだからな。彼女を選ぶつもりがないなら、トラブルになる前にちゃんと断っておけよ」
「うん……ごめんな、櫂」
 累が眉を下げて謝ると、櫂はそれに笑顔を向けた。
「ちゃんと考えて、お前が幸せになれる道を選べよ」
 櫂はそう言うと、おやすみ、と残して累の部屋を出た。累はそれを見送ってから小さくため息を吐く。
「幸せになれる道、ねえ……」
 そう言われても何も考えられなくて、累はそのままベッドへと転がった。その時だった。傍に置いていたスマホが着信を告げる。手に取り画面を見ると、相手は宙也だった。
 しばらく悩んだが、累はそっと通話ボタンを押した。
『ルイト? 今、少しいいか?』
「オレはいいですけど……ヒロさんまだ接客中じゃないですか?」
 まだ閉店まで一時間以上ある。この時間に電話なんて掛けて来る余裕なんかないはずだ。
『ちょっとトイレ行くって離れた。体、大丈夫か?』
 宙也の優しい声が耳に届く。倒れたあの時から宙也には会っていないし、声も聞いていなかった。ほんの少しの間なのに、もう懐かしい気がする。
「はい……店、すみません。櫂からカバーしてもらってるって聞きました」
 累はベッドから起き上がり、膝を抱え、壁に背中を預けた。耳元で宙也の、そうか、という安堵した声が響く。
『店の心配は要らないけど……早く、ルイトに会いたい……あんなことをしておいて、言える立場じゃないことは分かってるんだが……それでも、遊びであんなことをしたわけじゃないから』
 宙也の言葉が耳からじわりと沁みて来るような気がした。確かに強引にあんな行為をされて、全く怒っていないわけではない。けれど、抵抗できなかった――したくなかった自分もいるので許すしかないと思っていた。
「櫂に、オレが欲しいって言ったって……」
『言ったよ。ルイトが欲しい。俺はルイトを……』
 宙也がそこまで言った、その時だった。
『ちょっと、ヒロぉ、早く戻ってきてよぉ』
 そんな声がスマホの向こうから響いた。
『ちょっ、今大事な話してんだよ。いい子だから、席で待ってて、プリンセス……ああ、愛してるよ、もちろん』
 続いて聞こえた宙也の言葉に、累の心臓がぎゅっと痛みを覚える。宙也が『ヒロ』として店に居る時は、客の王子様であり恋人だ。愛してるなんて言葉は挨拶みたいなものだ。そんなことはずっと前から知っているし、自分だって使うのに、今、累はその言葉を聞いて少し機嫌を悪くした。そのことに累自身が一番驚いている。
「……ヒロさん、仕事戻ってください。落ち着いたら復帰しますから」
『え、あ、おい、ルイト! 話はまだ……』
「後日聞きます」
 累はそれだけ言うと一方的に通話を切った。それから深くため息を吐く。
「……なんだろう、この気持ち……」
 寂しいような、悔しいような、あまりよくない気持ちに、累は目を閉じた。宙也のことを考えると胸が温かくなると同時に苦しくなる。今までそんな経験をしたことがなくて、累はただ戸惑ったまま、ベッドに横になった。
 その日、宙也から連絡が来ることはなかった。
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