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しおりを挟む買い物をして、なんとか優のマンションに着いたはいいものの、鍵もない明は部屋には入れず、結局マンションのエントランス前の植え込みに座り込んだ。明のスマホが壊れていたせいで優とも連絡は取れないし、そもそも優は今は仕事中だ。連絡が取れたとして、ここに来ることは出来ないだろう。
明はポケットに押し込んでいたスマホを取り出した。時間は昼過ぎだ。このままここで夜まで待つしかないか、と膝を抱えた、その時だった。
車のタイヤが砂利を踏む音がして、明は顔を上げた。
「明くん」
マンションのエントランスに滑り込んできたのは優の車だった。運転席から降りてきた優の表情は少し焦っていたが、明の顔を見て安心したものに変わる。
「優さん……」
「狐高から、急に逃げ出してしまった、と聞いて……よかった、無事で。何か、あった?」
「……優さん、探してくれたんですか……?」
「初めは、お兄さんのところに行ったんだろうって思ったんだけど……やっぱり気になってね。何も言わずに逃げて消えるような子じゃないと思ったから」
優と出会ってから、まだ二日だ。なのに、自分のことをこんなふうに思ってくれていること、それが嬉しかった。信用されている、と感じる。
「……逃げたわけではないんです……ごめんなさい」
「いや、責めてるつもりはないんだ……とにかく、部屋に入ろうか」
明の返事に優は優しく笑んでマンションの中へと歩き出した。
まさか狐高がきつねの獣人だったから怖くて逃げた、なんて言えなかったので、追及されなくてよかったが、きっと深く聞かなかったのは優の優しさだろう。
部屋に着くと、優は玄関で明に声を掛けた。
「俺はこのまま仕事に行くから……これを、明くんに預けておくよ」
それは家の鍵だった。しかもおそらく優が使っているメインの鍵だ。
「え、でも……」
「俺は帰りに狐高に預けた鍵を引き取ってくるから大丈夫だ。怪我に気を付けて」
夕飯楽しみにしてるよ、と言って優は再び部屋を出て行った。その姿を見送った明は手の中に残った鍵を見つめ、嬉しいような、照れ臭いような、不思議な気持ちになっていた。
「頑張ってご飯、作ろう」
明はそう決意したように呟くと、そのままキッチンへと向かった。
ネットでレシピを検索し、その指示通りの材料と手順を踏んで作ったはずのトマトスープとチキンカツは、スープは味の調整をしているうちに訳が分からなくなり、カツは焦げているのに中はまだ生という仕上がりになってしまった。
「カツ……レンジで温めたら火が通るかな?」
そんなことを呟きながらキッチンで唸っていると、ダイニングテーブルに置いていたスマホが着信音を響かせた。明がそれを取ると、そこには累の文字があり、急いで着信を取る。
「累兄!」
『このバカ! オレのところに来るのはいつだった? どうしてすぐ連絡しない! オレは村まで探しに行ったんだぞ!』
電話に出た途端、累にそんなふうに怒鳴られ、明は少しスマホを遠ざけた。
「ごめん……でもね、スマホ落として……」
『だから! お前には早いって言ったんだよ! 櫂だってめちゃめちゃ怒ってたぞ』
「で、でも……ぼくだって、もう十八だし……」
『とにかく! 今どこ? オレはこれから仕事だから、明日の朝迎えに行くから』
電話の向こうの累の言葉に、明は唇を噛み締めた。黙ったままの明に、累が、苛立ちを露わにしたまま、今どこ、ともう一度聞く。
明は仕方なく部屋に置いてあった郵便物を拾い、ここの住所を告げた。
『明日の朝迎えに行く。ちゃんと準備しとけよ』
累は一方的にそう言うと、すぐに電話を切った。明は通話を切って、そのままため息を吐く。
累はいつも明の話を聞いてくれない。累だけではない、櫂も父も、明の言葉をちゃんと聞いてくれた試しがない。明自身、自分が口下手で話が遠回りになってしまうことは分かっている。いつも言いたいことにたどり着けなくて、結局今みたいに兄たちのペースに飲み込まれてしまう。明はそんな自分が嫌いだった。
明がもう一度ため息を吐いた、その時だった。
玄関から鍵の開く音が響き、明は慌てて玄関へと向かった。
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