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「おかえりなさい、優さん」
玄関で靴を脱いでいた優に声を掛け、駆け寄ると、優が、ただいま、と微笑む。
「俺の夕飯はどんな感じ?」
食べられるもの出来た? と聞かれ、明は少し苦く笑った。
「食べられるとは思うけど……美味しいかは……」
その自信はない。そんな明に優は笑って言葉を返した。
「食べられるものが作れたなら、進歩だな」
「優さん……」
優の言葉が嬉しくて、明は上手く返せなかった。優としては軽い冗談を言ったつもりだったのだろう。明の反応に、いや、えっと、と言葉を探している。
「あ、違うんです! ごめんなさい、なんか、その……嬉しくて。ぼく、不器用で何でも人より遅くて……褒められること、少ないから……」
だから、進歩だな、なんて言葉でも嬉しかったのだ。
そんな明を見て、初めは驚いた表情をしていた優だったが、そうか、と優しい顔を向けた。
「じゃあ、進歩した明のご飯を食べようか。これが最後だろうし」
優は、着替えて来るよ、と上着を脱ぎながら寝室へと向かっていった。
確かにこれが最後だ。明日の朝には累が迎えに来て、ここには居られなくなる。優だって自分を置いておくのは大変だったかもしれない。今日だって随分仕事の邪魔をしてしまった。優は優しいから何も言わないけれど、きっと迷惑だったはずだ。
けれど、明の心の中は複雑だった。
明は優の後を追い、寝室へと向かった。開いたままのドアの向こうで、部屋着に着替えている優がいる。
「優さん」
明が声を掛けると、優が振り返る。目顔で、どうした、と聞かれ、明が口を開く。
「……明日の朝、兄が迎えに来てくれるそうです」
「そうか。良かったな」
シャツのボタンを留めながら優が返す。スーツをクローゼットに納めると、部屋の前に立ち尽くしたままだった明に向き合う。
「良かった、んです、けど……ぼく、まだ優さんにちゃんとお礼出来てないんです。優さんが、美味しいって言って食べてくれるご飯、作れてないんです」
明が優を見上げそう言うと、優は、そんなことか、と笑った。
「前にも言ったはずだ、お礼をするようなものじゃない」
「でも……それじゃ、ぼくがダメなんです。ちゃんとお礼がしたいんです……そのくらい、嬉しかったから」
明が言うと、優は明の顔をじっと見つめた。それから一言、どうしたい? と聞く。それに明が首を傾げた。
「明くんはどうしたいのか、言って」
「……優さんに、美味しいご飯を作ってあげられるまで、ここに、いたい、です……」
迷惑だと分かっている。美味しいご飯を作るまで、なんて、食べるものに困っていない優にとって、なんの価値もないお礼かもしれない。それでも、明はちゃんと約束を守りたかった。そしてそれ以上に、優の傍を離れたくないと思ったのだ。
「そうか……じゃあ、しばらく俺は食べるものに困らないというわけだな」
「優さん……?」
「そういうことだろ? 明くん」
優が明に微笑みかける。明はそれに大きく頷いた。
「あの、でも、迷惑じゃ……」
「この部屋は広いからね。明くん一人くらい増えても平気だろう」
優はそう言うと、ご飯にしようか、と明の頭を撫でた。明がそれに頷く。
「今、カツをレンジで温めるね!」
明がそう言ってきびすを返す。後ろでは、レンジ? と聞き返しながら笑う優が居た。
まだもう少し、優の傍に居られる――明はそれが嬉しくて、でもどうしてこんなに嬉しいのかは考えないことにして、張り切って夕飯の支度を始めた。
玄関で靴を脱いでいた優に声を掛け、駆け寄ると、優が、ただいま、と微笑む。
「俺の夕飯はどんな感じ?」
食べられるもの出来た? と聞かれ、明は少し苦く笑った。
「食べられるとは思うけど……美味しいかは……」
その自信はない。そんな明に優は笑って言葉を返した。
「食べられるものが作れたなら、進歩だな」
「優さん……」
優の言葉が嬉しくて、明は上手く返せなかった。優としては軽い冗談を言ったつもりだったのだろう。明の反応に、いや、えっと、と言葉を探している。
「あ、違うんです! ごめんなさい、なんか、その……嬉しくて。ぼく、不器用で何でも人より遅くて……褒められること、少ないから……」
だから、進歩だな、なんて言葉でも嬉しかったのだ。
そんな明を見て、初めは驚いた表情をしていた優だったが、そうか、と優しい顔を向けた。
「じゃあ、進歩した明のご飯を食べようか。これが最後だろうし」
優は、着替えて来るよ、と上着を脱ぎながら寝室へと向かっていった。
確かにこれが最後だ。明日の朝には累が迎えに来て、ここには居られなくなる。優だって自分を置いておくのは大変だったかもしれない。今日だって随分仕事の邪魔をしてしまった。優は優しいから何も言わないけれど、きっと迷惑だったはずだ。
けれど、明の心の中は複雑だった。
明は優の後を追い、寝室へと向かった。開いたままのドアの向こうで、部屋着に着替えている優がいる。
「優さん」
明が声を掛けると、優が振り返る。目顔で、どうした、と聞かれ、明が口を開く。
「……明日の朝、兄が迎えに来てくれるそうです」
「そうか。良かったな」
シャツのボタンを留めながら優が返す。スーツをクローゼットに納めると、部屋の前に立ち尽くしたままだった明に向き合う。
「良かった、んです、けど……ぼく、まだ優さんにちゃんとお礼出来てないんです。優さんが、美味しいって言って食べてくれるご飯、作れてないんです」
明が優を見上げそう言うと、優は、そんなことか、と笑った。
「前にも言ったはずだ、お礼をするようなものじゃない」
「でも……それじゃ、ぼくがダメなんです。ちゃんとお礼がしたいんです……そのくらい、嬉しかったから」
明が言うと、優は明の顔をじっと見つめた。それから一言、どうしたい? と聞く。それに明が首を傾げた。
「明くんはどうしたいのか、言って」
「……優さんに、美味しいご飯を作ってあげられるまで、ここに、いたい、です……」
迷惑だと分かっている。美味しいご飯を作るまで、なんて、食べるものに困っていない優にとって、なんの価値もないお礼かもしれない。それでも、明はちゃんと約束を守りたかった。そしてそれ以上に、優の傍を離れたくないと思ったのだ。
「そうか……じゃあ、しばらく俺は食べるものに困らないというわけだな」
「優さん……?」
「そういうことだろ? 明くん」
優が明に微笑みかける。明はそれに大きく頷いた。
「あの、でも、迷惑じゃ……」
「この部屋は広いからね。明くん一人くらい増えても平気だろう」
優はそう言うと、ご飯にしようか、と明の頭を撫でた。明がそれに頷く。
「今、カツをレンジで温めるね!」
明がそう言ってきびすを返す。後ろでは、レンジ? と聞き返しながら笑う優が居た。
まだもう少し、優の傍に居られる――明はそれが嬉しくて、でもどうしてこんなに嬉しいのかは考えないことにして、張り切って夕飯の支度を始めた。
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