37 / 47
37
仕事をしている厳しい目が好きだ。現場に向かう颯爽とした背中も、自信に溢れた横顔も全部好き。それを自分のせいで奪われたくはない。
今克彦を守れるのは自分しかいないのなら、答えは一つだ。
匠は決意したように大きく呼吸をしてから口を開いた。
「……体は貸す。でも、心は全部克彦のものだから」
匠が言うと、東屋は待ってましたという顔で微笑んだ。それからゆっくりと匠の頬から指を滑らせ、シャツのボタンを開けていく。
「そんな固くならないで。浮気のひとつくらい許されるよ」
着ていた白シャツとカーディガンのボタンが外され、肌が露になる。嫌悪と不安で吐きそうになるのを抑えながら、匠は顔の上で腕を重ねた。克彦と出会う以前は性欲処理の道具みたいに適当に扱われていた体だ、こんなことなんでもないことのはずなのに、克彦に大事にされすぎたせいだろう――涙が溢れて止まらなかった。
「……許すとかじゃない……したくないんだよ……」
悲しいことを知っているから。以前の恋人にも浮気をさんざんされてきたが、克彦にされた時が一番悲しかった。同じ思いは、克彦にはして欲しくない。
肌に唇の感触がして、匠は奥歯を強く噛み締めた。なんでもない、大丈夫……そんなことを呪文のように頭の中で繰り返した、その時だった。
バタン、と乱暴にドアが開く音がして、匠は目を開ける。ゆっくりと腕を下ろすと、潤んだ視界の中で、東屋が投げ飛ばされているのが見えた。次の瞬間、力強い腕に抱き起こされ、そのまま抱きしめられてしまった。
この体温は知っている。
「克彦……」
「心配した。怪我はないか?」
いつもの優しい声に頷いて目を閉じると、涙の粒が転がって落ちた。匠の涙が克彦の上着の上で弾け、それを見た克彦がゆっくりと体を離す。ようやく見れた克彦の顔はこれまで見たことがないほど情けない顔をしていた。思わず匠が小さく笑ってしまう。
その顔を見て、克彦が少し安堵した表情を見せた。
「無事だな」
克彦が匠の頭を撫でる。匠はそれに頷いた。
「怪我したのは、こっちなんですけど」
そう答えたのは部屋の奥に投げ飛ばされていた東屋だった。腰に手を当てふらふらと立ち上がる。匠は近づくその様子が怖くて克彦の上着を握り締めた。克彦もそれに気づいたのか、匠の肩を抱いて立ち上がる。
「すまない。こちらも恋人を助けるため手段を選ぶ暇がなかった」
克彦は東屋に頭を下げた。謝るところが克彦らしいが、東屋はそれでは収まりがつかないようだった。
「恋人って認めるんですね、市原さんも」
スーツについた埃を払いながら、東屋が言う。ここで確定されてしまっては拙いと、匠が口を出そうとするが、克彦にそれを静かに片手で制されてしまった。目が合った克彦が優しく頷く。
「当然だ。私は匠を愛してる」
克彦はそう言うと、匠に向き直りシャツのボタンを丁寧に掛けてくれる。
「克彦……今、愛してるって……」
「愛してるよ。私には匠だけだ」
驚く匠に、克彦が微笑む。その背後で東屋が、ふーん、と楽しそうに笑って頷いた。
「僕、口が軽いんですよね。その怪我どうしたの、なんて聞かれたら言っちゃうかもな」
その言葉に露骨に慌てたのは匠だけで、克彦は何も言わない。
「そ、そんなことしたら……克彦の仕事が」
「なくなっちゃうかもね。カオで仕事取ってるところもあるんだし」
匠の言葉尻を繋いで、東屋が笑う。それを聞いていた克彦は、好きにするといい、と静かに答えた。驚いた東屋が黙り込み、静寂が訪れる。そこに静かな克彦の声が響いた。
「誰に言っても構わない。この仕事は好きだが、そんなことで出来なくなるなら執着はない。それよりも、匠を失うことの方が怖いよ」
「克彦……」
克彦の言葉に驚いて匠が克彦を見つめると、その顔は少し鋭くなって匠を見返した。
「だからやめろと言ったんだ。私が来なかったらどうなってたと思う」
「克彦、そういう意味で言ってたの? 盗作みたいなことするって思ってたわけじゃなく?」
「匠がそんなことするとは思ってない。そんなに現場が見たいなら私が連れて行く、と言うつもりだった」
そういうことだったのか、と匠は深く息を吐いた。自分のことを心配してくれて、こんな夜にこんな場所へ他の男と出かけるなと言いたいだけだったのだ。なんて不器用な人なのだろうと思うと、匠はおかしくて笑い出した。
「――帰ろう、匠」
笑顔のままの匠に克彦が左手を差し出す。匠はそれに頷いて差し出されたそれに右手を絡ませた。
「東屋くん、私たちのことは誰に言ってくれても構わない。けれど、それと同時に自社の物件内でうちの社員に暴行しようとしたことも周知されると理解しておきなさい」
あとは自由にするといい、と言って克彦は東屋を置いて部屋を後にした。
今克彦を守れるのは自分しかいないのなら、答えは一つだ。
匠は決意したように大きく呼吸をしてから口を開いた。
「……体は貸す。でも、心は全部克彦のものだから」
匠が言うと、東屋は待ってましたという顔で微笑んだ。それからゆっくりと匠の頬から指を滑らせ、シャツのボタンを開けていく。
「そんな固くならないで。浮気のひとつくらい許されるよ」
着ていた白シャツとカーディガンのボタンが外され、肌が露になる。嫌悪と不安で吐きそうになるのを抑えながら、匠は顔の上で腕を重ねた。克彦と出会う以前は性欲処理の道具みたいに適当に扱われていた体だ、こんなことなんでもないことのはずなのに、克彦に大事にされすぎたせいだろう――涙が溢れて止まらなかった。
「……許すとかじゃない……したくないんだよ……」
悲しいことを知っているから。以前の恋人にも浮気をさんざんされてきたが、克彦にされた時が一番悲しかった。同じ思いは、克彦にはして欲しくない。
肌に唇の感触がして、匠は奥歯を強く噛み締めた。なんでもない、大丈夫……そんなことを呪文のように頭の中で繰り返した、その時だった。
バタン、と乱暴にドアが開く音がして、匠は目を開ける。ゆっくりと腕を下ろすと、潤んだ視界の中で、東屋が投げ飛ばされているのが見えた。次の瞬間、力強い腕に抱き起こされ、そのまま抱きしめられてしまった。
この体温は知っている。
「克彦……」
「心配した。怪我はないか?」
いつもの優しい声に頷いて目を閉じると、涙の粒が転がって落ちた。匠の涙が克彦の上着の上で弾け、それを見た克彦がゆっくりと体を離す。ようやく見れた克彦の顔はこれまで見たことがないほど情けない顔をしていた。思わず匠が小さく笑ってしまう。
その顔を見て、克彦が少し安堵した表情を見せた。
「無事だな」
克彦が匠の頭を撫でる。匠はそれに頷いた。
「怪我したのは、こっちなんですけど」
そう答えたのは部屋の奥に投げ飛ばされていた東屋だった。腰に手を当てふらふらと立ち上がる。匠は近づくその様子が怖くて克彦の上着を握り締めた。克彦もそれに気づいたのか、匠の肩を抱いて立ち上がる。
「すまない。こちらも恋人を助けるため手段を選ぶ暇がなかった」
克彦は東屋に頭を下げた。謝るところが克彦らしいが、東屋はそれでは収まりがつかないようだった。
「恋人って認めるんですね、市原さんも」
スーツについた埃を払いながら、東屋が言う。ここで確定されてしまっては拙いと、匠が口を出そうとするが、克彦にそれを静かに片手で制されてしまった。目が合った克彦が優しく頷く。
「当然だ。私は匠を愛してる」
克彦はそう言うと、匠に向き直りシャツのボタンを丁寧に掛けてくれる。
「克彦……今、愛してるって……」
「愛してるよ。私には匠だけだ」
驚く匠に、克彦が微笑む。その背後で東屋が、ふーん、と楽しそうに笑って頷いた。
「僕、口が軽いんですよね。その怪我どうしたの、なんて聞かれたら言っちゃうかもな」
その言葉に露骨に慌てたのは匠だけで、克彦は何も言わない。
「そ、そんなことしたら……克彦の仕事が」
「なくなっちゃうかもね。カオで仕事取ってるところもあるんだし」
匠の言葉尻を繋いで、東屋が笑う。それを聞いていた克彦は、好きにするといい、と静かに答えた。驚いた東屋が黙り込み、静寂が訪れる。そこに静かな克彦の声が響いた。
「誰に言っても構わない。この仕事は好きだが、そんなことで出来なくなるなら執着はない。それよりも、匠を失うことの方が怖いよ」
「克彦……」
克彦の言葉に驚いて匠が克彦を見つめると、その顔は少し鋭くなって匠を見返した。
「だからやめろと言ったんだ。私が来なかったらどうなってたと思う」
「克彦、そういう意味で言ってたの? 盗作みたいなことするって思ってたわけじゃなく?」
「匠がそんなことするとは思ってない。そんなに現場が見たいなら私が連れて行く、と言うつもりだった」
そういうことだったのか、と匠は深く息を吐いた。自分のことを心配してくれて、こんな夜にこんな場所へ他の男と出かけるなと言いたいだけだったのだ。なんて不器用な人なのだろうと思うと、匠はおかしくて笑い出した。
「――帰ろう、匠」
笑顔のままの匠に克彦が左手を差し出す。匠はそれに頷いて差し出されたそれに右手を絡ませた。
「東屋くん、私たちのことは誰に言ってくれても構わない。けれど、それと同時に自社の物件内でうちの社員に暴行しようとしたことも周知されると理解しておきなさい」
あとは自由にするといい、と言って克彦は東屋を置いて部屋を後にした。
あなたにおすすめの小説
売り物の身体ー社長に躾けられる美形タレントー
しち
BL
芸能界で生き残るために身体を武器にしてきた清瀬累。
枕営業も厭わない累の“商品価値”に口を出してきたのは、所属事務所の若き社長・剣崎だった。
「価値を下げるな」
そう言って累を囲い込む男の真意は――。
身体で仕事を取ってきた若手タレント兼俳優を事務所社長が躾け直す話です。
この世界で生きるための「価値」を教え込まれる話。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
兄をたずねて魔の学園
沙羅
BL
俺と兄は、すごく仲の良い兄弟だった。兄が全寮制の学園に行ったあともそれは変わらなくて、お互いに頻繁に電話をかけあったりもしたし、3連休以上の休みがあれば家に帰ってきてくれた。……でもそれは、1年生の夏休みにぴったりと途絶えた。
なぜ、兄が急に連絡を絶ったのか。その謎を探るべく、俺は兄が通っている学校の門の前に立っていた。
※生徒会長×弟、副会長×兄、といった複数のカップリングがあります。
※弟×兄はありません。あくまで兄弟愛。
※絶対ありえんやろっていう学園の独自設定してますが悪しからず。