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しおりを挟むエレベーターに一人で乗ることなどできないから、当然他の社員も乗っている。混んでいることをいいことに体に触れられることもあるし、揺れたりしないのに危ないからと抱き寄せられたこともある。
「百合原くん、きみ、どこの香水使ってる?」
今日は匂いを嗅がれていたらしい。ふいに隣からそう聞かれ、朱莉が顔を上げた。
「えっと……香水は付けてないんですが、何か匂いますか?」
嘘だ。本当はオリジナルのものを調香してもらって、それを付けている。上品でさりげなく清潔なイメージの香りは朱莉が作り上げている『総務の花』のイメージだ。
「そうなの? じゃあ、百合原くん自身の香りなのかな……てことは、家の中もこの香りがするんだね、きっと」
「どうですかね……自分じゃ自分の匂いって分からないから……不快にさせてたらすみません」
「いや、むしろ、ずっと感じてたい香りだよ」
隣で深呼吸をされて、朱莉は気持ち悪いと思いながらもそれを表情に出さずに社員たちがエレベーターを降りていくのを見送った。
最上階にある総務部へ着くころには、仕事の八割が終わったような気分で、疲れ切ってオフィスにたどり着く。それが、朱莉の毎日だった。
「おはようございます」
朱莉が所属する総務部総務課には、総務部長の男性と、十名ほどの女性社員がいる。彼女たちは他の社員と直接会うことはなく、書類の受付などは全て朱莉の担当だ。
「百合原くん、おはよう。今日もモテてたね」
「おかげで今日もスムーズに出勤できたよ、ありがとう」
朱莉がオフィスに入ると、そんな声をかけられる。朱莉はそれに笑顔を向けた。
「これくらいで、みなさんの役に立てるなら全然です。みなさんを守れるって嬉しい役目ですし」
にっこりと返すと、先輩社員たちは、いい子ねえ、と嬉しそうに微笑む。朱莉はそれに笑顔を向けてから、心の中では舌を出していた。
――別にぼくがいなくても、あなたたちに目が行くとは思ってないし、むしろみんな『ぼく』を選んでるんだと思うけどね。
そんなことを心の中で思いながら朱莉は自分の席へとついた。
朱莉は女性社員を守る仕事についているが、女性が嫌いというか、ライバルだと思っていた。三年前、女性に婚約者をとられてから、朱莉の中で女性を尊敬することが出来ずにいたのだ。
悠馬と相手の女性には慰謝料をしっかり貰っているが、それと『許す』ことは別問題だ。未だに朱莉は、女というだけで何の努力もなしに悠馬を奪ったあの女が許せない。その気持ちが『女性』そのものに拡がってしまっていると分かってはいるのだけれど、嫌悪してしまうのはどうしようもないことだ。
だから、女性を守れる立派な仕事だなんて思っていない。ただ、自身の優越感を満たせる仕事だからこそ、毎日出来るのだ。
今日だってこの間女性社員が『カッコいい』『あの人なら言い寄られたい』と言っていた企画課の社員とデートの約束をしている。女性ではなく自分を選んで誘ってくれたのだ。このまま付き合って結婚なんて話になったら迷わずこの仕事も辞める。今の朱莉にとってこの仕事はその程度のものだった。
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