百合原くんは本気の『好き』を捧げたい

藤吉めぐみ

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「朱莉は女の子より可愛いね」
「え? そうですか? それなら嬉しいですけど」
 仕事が終り、少し離れた駅で相手と待ち合わせをした朱莉は、そのままデートで連れていかれた食事の時に、彼に勧められるまま飲んだ酒で、ふわふわとしながら彼の隣を歩いていた。
 女性社員が称賛するだけあって、確かに見た目はカッコいいし、ここまでのエスコートも上手だ。少し遊び慣れてる気がするが、ここまで見た目が良ければ、自然とモテるだろうし、モテたら遊んでみたくなる気持ちも分からないでもないので、そこには目をつぶることにする。
「うん、会社で見るキレイな朱莉もいいけど、酔ってる君も可愛い。このまま帰したくないな」
 ベタな誘い文句だけれど、これだけストレートに言われるほうが朱莉は好きだった。語彙力がなくなるくらい、朱莉が欲しいということだと考えたら、それだけで少しドキドキしてしまう。新しい恋に発展するかもしれないと思えば、これに乗らない手はなかった。
「ぼく……少し呑みすぎたみたいで、どこかで酔いを醒ましたいんですけどいいですか?」
 ちらりと視線を上にして彼を見上げると、一瞬驚いた顔をしてから、笑顔になった。
「もちろん、できれば二人きりでゆったり休めるところがいいよね」
 すぐ連れていってあげる、と彼が朱莉の腰に手を廻し、少し歩調を速める。朱莉の気持ちが変わらないうちにホテルに連れ込みたいのだろう。
 そんなに慌てなくても逃げたりしないのに、と思いながら彼に付いて朱莉はホテルへと入った。

 朱莉は色んな男性から言い寄られるし、女性社員に人気のある人なら食事だけのデートにはいつも応じるようにしている。これは正直、女性ではなく自分を選んでくれたという満足感のためみたいなものなので、こんなふうにホテルへと入るのは婚約者と付き合っていた頃以来だった。女性に負けたくないとか、優越感に浸りたいという気持ちはあるけれど、そこで体まで差し出すほどバカではない。
 体に傷がある朱莉は、それを見せることに抵抗があるので、普段から銭湯やプールなどにもほとんど行くことはない。今日は、酔っていたのも手伝って、この人となら恋人になれるかもしれない、ちゃんと本気で好きになれるかもしれないという思いもあって、少し警戒が緩んでいた。
「朱莉……服を脱いだ方が楽になるよ」
 部屋に入った途端、男性が後ろから朱莉を抱き寄せ、前にまわした手で朱莉のシャツのボタンを外していく。朱莉はそれを見下ろしながらドキドキと鼓動が大きくなる音を感じていた。これはこれからこの人に抱かれるかもしれないという緊張ではなく、腹の傷を見た彼がどんな反応をするかという不安だ。
 彼が朱莉のシャツのボタンをすべて外し、肩から上着ごとそれを床に落とした、その時だった。後ろから、え、という声が聞こえ、朱莉が少しだけ振り返る。
「……その傷、何?」
 朱莉から手を離した彼が後ろに下がる気配がして、朱莉が振り返る。
「これは……」
「ごめん、ちょっと俺、そういうの苦手なんだよね。ミミズが埋まってるみたいで、気持ち悪い」
 確かに朱莉は傷の治りがよくなくて、肌が隆起するくらいの痕が残ってしまっていた。今は酒も飲んで体温も高いから、その傷跡も赤くなっていて、彼が言う通り、ミミズに見えなくもない。
「あ、えっと、ごめんなさい……これ、隠す、から……」
 傷を隠すためのテープならカバンに常に入っている。人前で裸になることはほとんどないけれど、念のために持ち歩いているものだった。事前に貼っておけばよかった、と後悔しながら朱莉が床に落ちていたカバンを拾おうとすると、いいよ、と彼が朱莉から離れた。
「顔はキレイだし、性格も可愛いし、男でもアリだと思って誘ったけど、やっぱり男じゃ無理みたい。その傷も含めて、俺は君じゃたたないみたい」
 朱莉が顔を上げると、妙に冷めた表情の彼が立っていた。確かに朱莉の裸を見ているのに、興奮ひとつしていないことが分かる。朱莉は床に落ちていた自身のシャツを掴んでそれをはおった。
「……分かった。まあ、今分かって良かったよね。食事も一回で済んだし、何かプレゼントをしたわけでもないし」
 朱莉が話しながら上着を着てカバンを手にする。向き合った彼は少し怪訝な顔をしていた。可愛らしくしおらしい朱莉をここまで演じていたから、急に口調も態度も変わったことに驚いたのだろう。
 そんな彼を見て小さく笑ってから、朱莉は更に口を開いた。
「きっとね、『総務の花』を摘んでみたかっただけなんだよ。ぼくは、そういう人に摘まれるつもりないから……じゃあ、食事ごちそうさまでした。また会社でお会いしましょう」
 朱莉がにっこりと微笑み、部屋から出ようとする。ドアの前まで来たけれど、ふいに腕を取られ、朱莉が振り返った。
「朱莉……その傷消してよ。そうしたら次は抱いてやれるかもしれない」
 一瞬頭の中が白くなった。彼の言葉が理解できない。
    『総務の花』をこのまま手放すのは惜しいと思ったのだろう。それでも、さっき『たたない』と言ったその口でそんなことを言えるなんて、それが理解出来なかった。
「多分一生消えることはないよ」
 朱莉が腕を解いて今度こそ部屋の外へと出る。その途端、大きなため息がもれた。
 傷が消えたらそれでいいのか。そもそも抱いてやれるとはどういうことだ。誰がいつ抱いてくれと言ったのだ。抱きたくて強引にこんなところに連れてきたのはそっちだろう。それがなんだ、たかだか傷のひとつで萎えるとか本当に自分勝手な話だ。
「……ぼくだって好きで傷モノになってるわけじゃないのに……」
 ホテルを出て、とぼとぼと歩いていると、妙に頭がはっきりとして、過去のことも思い出してしまった。
 このままじゃ帰れないと思った朱莉は、通りの先にあったコンビニに向かって走り出した。
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