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しおりを挟む病院に着くと、秋生が受付をしてくれて、産科の方へと朱莉を連れて行った。
診察室には、昨日会った女性が笑顔で待ち構えていた。
「ちゃんと診察来てくれて良かった。昨日はちゃんと挨拶出来なかったよね。東條くんの同期で泉田といいます」
よろしくね、と微笑む彼女は、聡明そうな顔だちをしていたが、昨日よりも随分丸い印象を受けた。きっと朱莉が彼女をライバルとして見ていたから、邪な思いが朱莉の目を曇らせていたのだろう。秋生が仲がいいというだけあって、この人も充分『いい人』なのかもしれない。
「あの、百合原朱莉です……昨日はすみません、あと、ありがとうございました」
秋生の話だと、突然急患として担ぎ込んだようだったので、泉田としては予定外の仕事だっただろう。しかも、ここは男性専門の産科ではないから、勝手が違うこともあったと思う。
「聞いたら、あなたは全然悪くないみたいだから、気にしないで。それに私、男性も診れるから、安心してね」
朱莉の考えていたことを見抜かれたみたいに言われ、朱莉は安心すると同時に少し恥ずかしくなって小さく笑った。
「今、痛みは? 違和感とかもないかしら?」
「はい。今は何も」
今朝もいつもの薬を飲んだが、特に違和感もない。朱莉の言葉に泉田が安心した顔をする。
「じゃあ、念のためにもう一度エコーとってみようか。……というわけけで東條くんは待合室で待っててね」
朱莉の背後で心配そうに立っていた秋生に、泉田の視線が向く。朱莉もそれにつられて後ろを振り返ると、とても驚いた顔で、え、と言い返す秋生がいた。
「心配だし、ほら、僕も医者だから別に邪魔はしないよ?」
「うちは、例えご主人でも検査の同席はさせてないの。それに、東條くんは専門外でしょう?」
はい出てく、と犬の子でも追い払うように手を振った泉田に、秋生は反論材料がひとつもなかったらしく、小さくため息を吐いて、了解、と頷いた。
「朱莉くん、待合で待ってるから」
秋生は言うと、朱莉の荷物も持って渋々といった様子で診察室を後にした。
それを見てから、泉田がため息を吐く。
「全く、過保護というか、私のこと信用してないのかしら。それだけ君が大事ってことなのかな? って思ったんだけど、その辺、ちょっと聞いていいかな?」
突然泉田が声のトーンを落として聞いて、朱莉はその変化に少し戸惑いながらも頷いた。何を聞かれるのか怖かったが、逃げ出すつもりはない。
「百合原くんって、東條くんとお付き合いしてるっっていう見解で合ってる?」
逃げ出すつもりはなかったが、今一番聞かれて照れ臭い質問をされて、朱莉は言葉に詰まってしまった。だってちゃんと気持ちを口にして、秋生からも初めて気持ちを聞いて、じゃあ恋人に、という流れになったのは、前夜なのだ。まだ十数時間しか経っていない。
「そ、う、ですけど、あの……昨日ここに来た時はまだ違った、というか……」
「え、まさか昨日、君たち体に負担掛かる様なこと……」
「し、してないです!」
怪訝な顔をする泉田に朱莉が慌てて叫ぶ。朱莉の慌てぶりに真実だろうと思ったのか、泉田が、ならいいわ、と頷く。
「東條くんって、イケメンだし優しいしモテるんだけど、この人性欲とかあるの? ってくらいふわふわとしてるから、今まで彼女がいても長続きしなかったのよ。彼の優しいって、博愛なのよね。みんなに優しいの」
「……ああ、四次元リュック」
朱莉が呟くと、それそれ、と泉田が笑う。どうやらみんなそう思っているようだ。
「だから特別扱いして貰えないって不満よね。でも、君はちょっと違ってた。彼が一番大事にしたい人は君なんだって私にも分かったよ。だからね、なんだか嬉しいんだ、私」
なんだか母親みたいなこと言ってるね、と泉田は笑っているが、秋生にとって仲がいいという人に嬉しいと言われたら、朱莉も嬉しい。
まだ始まったばかりの恋だけれど、大事にしたいと益々思え、それと同時に自分が相手でもいいのだという自信にもなる。
「昨日、百合原くんは痛みで意識もほとんどなかったと思うけど、あんなに慌てた東條くん見たの初めてだったのよね。他の患者さんもいたんだけど、順番譲ってくださいって頭下げて……君のためなら博愛主義もあんなに利己的になれるんだって感心したくらいなのよ」
朱莉がいつも見る秋生は穏やかで余裕のある大人だった。そんな慌てるなんて見た事もない。自分の為に一生懸命になってくれたのだと思うと、胸が熱くなる。
「……秋生さんが大事にしてくれる以上に、ぼくがあの人を大事にしてあげたいって思ってます」
「そっか……なんかそんなこと言われたら、ホントに母親になった気分。さて、じゃあ検査に移ろうか」
ごめんね、と笑って泉田がこちらを見やる。朱莉はそれに頷いた。
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