百合原くんは本気の『好き』を捧げたい

藤吉めぐみ

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 朱莉が具合よくないから広く使わせて欲しい、と周りに言って、結局エレベーターには彼と二人で乗ることになった。エレベーターの扉が閉まると、平気? と聞かれ、朱莉が頷く。
「あのさ……前に会った時のあれ、悪かった。後から聞いたんだ。あの位置にある傷って、人工子宮の手術痕だって。朱莉、子ども産めるんだね」
「……これは、ただの怪我の痕です。そもそも、ぼくが子ども産めるとしても、何も関係ないじゃないですか」
 エレベーター内の階表示を見つめながら朱莉が答えると、あるよ、と真剣な声がして、朱莉が隣を見上げる。
「朱莉だって、あの日、俺に抱かれてもいいと思ったから、ホテルまで付いてきたんだろ? だったら、やり直そう。俺の子を産んで、家族になってほしい」
 とても真剣な表情でこちらに訴えているが、朱莉は先日彼が円の周りをうろうろしていたのを知っている。さっさと乗り換えたくせに、どの口が言っているのかと冷めた目で見ていると、彼が朱莉を抱き寄せようと腕を伸ばす。朱莉はそれを避けるように後退りをした。
「……やめてください。今は望月くんに執心なんだと思ってたんですが、もういいんですか?」
「彼は、今は誰とも付き合う気はないらしい。笑顔でふられたよ。それで気づいたんだ……円は可愛いけど可愛いだけだって。俺が大事にしたいと思えるのは、やっぱり朱莉だけだよ」
 軽いな、と思った。
 以前の朱莉なら少しときめいていたかもしれないが、今はこの言葉に重みを感じない。むしろ、同じ言葉をくれた秋生をますます好きになっていた。
「望月くんにふられたから、ぼくに戻ろうなんて、そんな都合のいいことあるわけないじゃないですか。ぼく、今は誰とも付き合う気はないんです」
 円が告げたという言葉をそのまま借りて、朱莉が微笑む。隣で面食らった顔をした彼が、次第に表情を険しくする。けれどひとつも怖くなかった。
「ばかにするのもたいがいに……」
「ばかにしてるのは、そっちだと思います。ぼくも、望月くんも、ここには仕事をしに来ています。あなたみたいな人に、食い物にされるためじゃないんです」
 朱莉がはっきり言うと、そのタイミングでエレベーターの扉が開いた。ちょうど最上階に着いたらしい。朱莉はすぐにエレベーターを降り、振り返る。
「ここまで送っていただいてありがとうございました。お仕事頑張ってくださいね」
 笑顔で告げて朱莉が頭を下げる。怪訝な顔をしたままの男を乗せたまま、エレベーターは階下へと向かうべくその扉を閉めた。その瞬間、朱莉が大きく息を吐く。
 彼が納得したとは思えない。また明日からもしつこく絡んでくるか、また朱莉の変な噂を流すかは分からないが、今の朱莉には戦えるような気がしていた。
 好きな人が自分を好きだと言ってくれている。それだけで自己肯定感が上がる。
 悠馬と別れてから自分なんかまともな恋愛なんて出来ないと思い込んで、ずっと避けてきたから、こんな気持ちになるのは初めてで少し自分でも笑ってしまうけど、今の自分は何にも負けないという自信は朱莉を強くしてくれていた。

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