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しおりを挟む『次の週末はデートに行こう』
そんなメッセージを秋生から週の半ばに貰った朱莉は、月末でいつもよりも大変な仕事も気合いで終わらせ、土曜日を迎えていた。
朝から色んな服を着ては、派手かな、地味かな、と繰り返し、結局黒のパンツに白いシャツ、差し色に赤のボディバッグというシンプルなものに落ち着いた。朱莉はこれまで色んな人とデートをしてきたけれど、いつも自分の着たいものを着ていた。多分、相手にどう思われるかなんて考えていなかったのだろう。今思えば、恋がしたい、誰かを好きになりたいと思っていた割に、相手のことは見ていなかったのだと思う。自分を好きだと言ってくれる人とならすぐに恋ができるなんて思っていたのだろう。実際、こちらの気持ちは全く動いてなかったのに、今考えれば滑稽な話だ。
駅の改札前で待ち合わせをしていたのだが、週末はやっぱり人が多く、すぐには秋生を見つけられなかった。待ち合わせの十三時には少し早いからまだ来てないのかなと思い、スマホを取り出すと特に連絡もなく、朱莉は小さく息を吐いてから壁際に移動した。
こちらから着いたことを連絡しようと再びスマホに視線を落とした時だった。頬に冷たい何かが触れ、朱莉がびくりと肩を震わせる。顔をあげると、少し楽しそうな顔をした秋生が立っていた。手にはコンビニのコーヒーだろうか、プラスチックのカップがある。これを朱莉の頬に当てたらしい。
「秋生さん! びっくりしたじゃないですか」
「ごめん、ついいたずらしたくなっちゃって」
はいお詫び、と持っていたカップを秋生がこちらに手渡す。朱莉はそれを受け取りながら改めて秋生を見やった。黒の綿のパンツに白いTシャツ、その上に軽い生地のジャケットを着ていた。私服姿もやっぱりカッコいい。でも今日も重いリュックを背負っているんだろうなと思いきや、ショルダーバッグに変わっている。
「今日、いつもの四次元リュックじゃないんですね」
「あー、うん。今日のことを泉田に話したら、街中デートなら大概のものは金で解決出来るから荷物を減らして行けって言われたんだよ」
街中じゃ邪魔なだけだって、と苦く笑う秋生に、朱莉は少し嬉しくなってしまった。あのリュックは秋生にとってポリシーのようなものに思えていた。きっとすぐに誰かを助けられるように持っているのだと思っていたから、どこにだって持ってくるのだと思っていた。
他人に言われたとしても、邪魔になると秋生も思って荷物を減らしてきたのだとしたら、朱莉と身軽に動くことを最優先してくれたことになる。
「まあ、僕も、逆に荷物のせいで朱莉くんと楽しめないとかあったら嫌だなと思って、今日は最低限のものしか持ってないよ」
「いつもそれでいいと思います。秋生さんみたいに、困ってる人に手を差し伸べられるってこと自体、助けになってると思うので」
朱莉も初めて会った時の秋生に対し、ただ優しく、なんの見返りも求めずに声をかけてくれたから、あんなに心を開いたのだと思う。きっと何も差し出されなくても、秋生だから傍にいて欲しいと思ったし、こうして好きになっていた。
朱莉が微笑むと、秋生がほっとしたように優しい表情でこちらに手を差し出した。
「ありがとう。でも、今日は人も多いしいつも以上に心配だから、繋いでいていいかな?」
朱莉が差し出された手を見つめる。爪の整った長い指に、自分のものよりも大きな手のひらが、男らしくて少しドキドキしながら朱莉がそっと手を差し出す。温かな手に包まれ、鼓動は更に早くなっていく。
「行こうか。まずは映画と思ったんだけど、どう?」
「音がうるさい映画ですか?」
以前、効果音の大きな映画を見るのが好きと言っていたことを思い出し、朱莉が微笑む。秋生はそれに、それもいいけど、と朱莉を見つめた。
「今日は朱莉くんの好きな物が知りたいから、朱莉くんが選んでくれる?」
どうしよう、心臓からクレームが来そうなくらい、鼓動が激しく鳴っている。このまま秋生を見つめていたら、一生分の拍動になって死んでしまうんじゃないかと思い、朱莉は視線を逸らした。
「わ、かりました。何選んでも寝ないでくださいね」
照れを隠すように朱莉が手にしていたカップに刺さっていたストローを口に含む。吸い上げたカップの中身はコーヒーだった。朱莉の好きなガムシロップ一個分の甘味。
「うーん、努力はする」
朱莉がストローを口から離すと、ふいに秋生の手がこちらに近づいた。朱莉の手ごとカップを引き寄せると、秋生も一口コーヒーを飲む。
今朱莉が使ったばかりのストローを唇に挟んでいる光景を目の前にして、朱莉は自分でも感じるくらい体温が上がっていた。多分、耳まで赤くなっているはずだ。
「ガムシロ一個だとちょっと甘かったかな?」
首を傾げる秋生を見ながら、朱莉は小さく首を振った。
今多分一番甘いのは秋生の行動だと思う、とは言えず、朱莉はただ秋生の隣を歩き続けた。
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