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この春から新しいシステムが入り、清算業務はすごく楽になるはずだ、と総務部長が胸を張って言っていたが、二カ月経った今、巽は『提出しようとしていた書類がエラーで送れないから取りに来て』と企画部に呼ばれていた。中堅以下の比較的順応性の高い世代の社員はシステムでの書類提出にも慣れてくれて確かに回収の手間は省けたが、ある一定の世代から上は、なかなか慣れてもらえず、こうして呼び出されることも度々だった。
「……会議の名称が枠内に入らないってどういうことなんだよ……」
行ってみると、そんな理由で書類が作成できない、ということだった。その場で手書きで書いてもらい、それを受け取った巽は、廊下で大きなため息をついてしまった。以前ならこれをパソコンに取り込み、ファイリングするだけで良かったのだが、今はシステムに流し込まなくてはいけないので、結局巽が書類を作ることになる。楽になる、なんてやっぱりまやかしだったのかもしれない。
もう一度深いため息を零すと、でかいため息、と笑う声が聞こえ、巽は慌てて振り返った。そこには笑顔の木南が立っていた。
「木南……聞こえてた?」
「ばっちり。何か悩み? それとも二日酔いとか?」
木南が巽に追いつき横に並ぶ。違うけど、と巽が口を開き木南を見上げた。
「でも、昨日は送ってもらったくせにすぐに寝ちゃってごめん」
おもてなしもできなくて、と眉を下げると、木南は緩く首を振った。
「いや、いいよ。あ、今休憩に付き合ってくれたら許す」
目の前に見えてきた休憩スペースを指さし、木南が微笑む。巽はそれに頷いて自販機に向かった。
「仕事の悩み?」
互いに缶コーヒーを買い、近くのソファへと腰かける。午後四時を過ぎたこの時間に休憩している社員は他にいなかった。残業覚悟の社員以外は、この時間は仕事を一秒でも早く片づけるべく集中している時間だ。
「いや、システム変わって追いつけてない人もいて、ちょっと面倒だなって思ってたところ」
巽が持っていたファイルをひらひらと振って見せる。それだけで木南は何か察したようで、ああ、と深く頷いた。
「うちの部長も清算関係の書類はその辺の部下に丸投げしてるよ」
あれはもう覚える気がないんだろ、と木南が笑う。とはいうが、丸投げしてでもシステム上で出してくれるだけありがたいという話だ。
「営業部で取りに来いとかやられると、それこそ困るから、誰かが犠牲になってくれたら助かるよ」
巽が笑うと、そのうち俺も生贄になりそうだ、と笑った。犠牲という言葉に巽は、朝同僚とした話を思い出し、そういえば、と木南を見やった。
「高梨に異動の話出てるんだって?」
「ああ……夫婦で同じ部署に居られないってやつだろ? 聞いたんだ」
木南の言葉に巽が頷き、噂になってる、と答える。
「申し訳ないけど、俺はどうしても動けないから高梨に異動してもらおうと思ってる。あいつも営業の仕事好きだから、転勤を選ぶみたいだよ」
巽が予想していた通りの答えが返ってきて、そうか、と視線を落とす。すると木南はそんな巽の肩を叩いて、何? と笑い出した。
「ひょっとして心配してくれちゃってる? うちの夫婦関係」
「そりゃ、この間結婚したばかりなのに、それじゃ別居になるだろ? 寂しくないか?」
巽が真面目な顔で木南を見上げると、笑顔を引っ込めた木南が、うーん、と低く唸った。
「全然寂しくないわけじゃないけど、そういう夫婦だってたくさんいるだろ? 週末婚もいいんじゃないかって、話してるよ。お互い今一番大事にしたいのは仕事だよなって、意見が一致したから、辞めるっていう選択肢は向こうもないみたいで」
「そうなんだ」
少しドライにも感じるが、感情なんて人それぞれだ。そういう夫婦がいても変ではない。ただ、それを分かっているのならどうして結婚なんかしたのだろう、という疑問は誰でも浮かぶものだ。この時の巽もそれが気になり、じゃあ、と言葉を繋いだ。
「このタイミングでどうして結婚したんだ?」
お付き合いだけなら禁止されているわけでもないのだから、仕事も今まで通りだし、同棲でもすれば毎日傍にも居られる。結婚できないのは多少寂しいかもしれないが、離れることになるよりはずっといいはずだ。
「向こうの親がさ、娘を案じて男を紹介するようになってきたんだよ。それが鬱陶しいってあいつがキレて」
さっさと結婚しようって逆プロポーズされたんだよ、と木南が笑う。
「俺も実家帰るたびに、先に結婚した弟の話されてたし、ちょうどいいかって」
だからノリで結婚したって言っただろ? と巽を見やる。その顔は、なんだか新しいゲームを始めた、みたいな楽しそうなものだった。本人たちが納得して生活を楽しんでいるのなら巽に言うことはない。そうだったんだ、と巽は頷いた。
「そう。それより俺は麻岡の今の生活の方が気になるけど」
「え? 今のって?」
「いや、甥っ子と暮らしてるのは聞いてたけど、だったらもっと広い所に引っ越してると思ったら、違うんだな」
二人暮らしだと狭くないか? と聞かれ、巽は首を傾げた。確かに灯希は大きいから存在感はあるが、狭いと感じたことはなかった。
「灯希が気を使ってくれてるからだと思うんだけど……私室もいらないって言って、ベッドも一緒だし……あまり物が増えてないから、特に不便はないかな」
巽が答えると、待て待て、と木南が慌てて言葉を挟み、巽の肩を掴んだ。巽がそれに首を傾げる。
「……会議の名称が枠内に入らないってどういうことなんだよ……」
行ってみると、そんな理由で書類が作成できない、ということだった。その場で手書きで書いてもらい、それを受け取った巽は、廊下で大きなため息をついてしまった。以前ならこれをパソコンに取り込み、ファイリングするだけで良かったのだが、今はシステムに流し込まなくてはいけないので、結局巽が書類を作ることになる。楽になる、なんてやっぱりまやかしだったのかもしれない。
もう一度深いため息を零すと、でかいため息、と笑う声が聞こえ、巽は慌てて振り返った。そこには笑顔の木南が立っていた。
「木南……聞こえてた?」
「ばっちり。何か悩み? それとも二日酔いとか?」
木南が巽に追いつき横に並ぶ。違うけど、と巽が口を開き木南を見上げた。
「でも、昨日は送ってもらったくせにすぐに寝ちゃってごめん」
おもてなしもできなくて、と眉を下げると、木南は緩く首を振った。
「いや、いいよ。あ、今休憩に付き合ってくれたら許す」
目の前に見えてきた休憩スペースを指さし、木南が微笑む。巽はそれに頷いて自販機に向かった。
「仕事の悩み?」
互いに缶コーヒーを買い、近くのソファへと腰かける。午後四時を過ぎたこの時間に休憩している社員は他にいなかった。残業覚悟の社員以外は、この時間は仕事を一秒でも早く片づけるべく集中している時間だ。
「いや、システム変わって追いつけてない人もいて、ちょっと面倒だなって思ってたところ」
巽が持っていたファイルをひらひらと振って見せる。それだけで木南は何か察したようで、ああ、と深く頷いた。
「うちの部長も清算関係の書類はその辺の部下に丸投げしてるよ」
あれはもう覚える気がないんだろ、と木南が笑う。とはいうが、丸投げしてでもシステム上で出してくれるだけありがたいという話だ。
「営業部で取りに来いとかやられると、それこそ困るから、誰かが犠牲になってくれたら助かるよ」
巽が笑うと、そのうち俺も生贄になりそうだ、と笑った。犠牲という言葉に巽は、朝同僚とした話を思い出し、そういえば、と木南を見やった。
「高梨に異動の話出てるんだって?」
「ああ……夫婦で同じ部署に居られないってやつだろ? 聞いたんだ」
木南の言葉に巽が頷き、噂になってる、と答える。
「申し訳ないけど、俺はどうしても動けないから高梨に異動してもらおうと思ってる。あいつも営業の仕事好きだから、転勤を選ぶみたいだよ」
巽が予想していた通りの答えが返ってきて、そうか、と視線を落とす。すると木南はそんな巽の肩を叩いて、何? と笑い出した。
「ひょっとして心配してくれちゃってる? うちの夫婦関係」
「そりゃ、この間結婚したばかりなのに、それじゃ別居になるだろ? 寂しくないか?」
巽が真面目な顔で木南を見上げると、笑顔を引っ込めた木南が、うーん、と低く唸った。
「全然寂しくないわけじゃないけど、そういう夫婦だってたくさんいるだろ? 週末婚もいいんじゃないかって、話してるよ。お互い今一番大事にしたいのは仕事だよなって、意見が一致したから、辞めるっていう選択肢は向こうもないみたいで」
「そうなんだ」
少しドライにも感じるが、感情なんて人それぞれだ。そういう夫婦がいても変ではない。ただ、それを分かっているのならどうして結婚なんかしたのだろう、という疑問は誰でも浮かぶものだ。この時の巽もそれが気になり、じゃあ、と言葉を繋いだ。
「このタイミングでどうして結婚したんだ?」
お付き合いだけなら禁止されているわけでもないのだから、仕事も今まで通りだし、同棲でもすれば毎日傍にも居られる。結婚できないのは多少寂しいかもしれないが、離れることになるよりはずっといいはずだ。
「向こうの親がさ、娘を案じて男を紹介するようになってきたんだよ。それが鬱陶しいってあいつがキレて」
さっさと結婚しようって逆プロポーズされたんだよ、と木南が笑う。
「俺も実家帰るたびに、先に結婚した弟の話されてたし、ちょうどいいかって」
だからノリで結婚したって言っただろ? と巽を見やる。その顔は、なんだか新しいゲームを始めた、みたいな楽しそうなものだった。本人たちが納得して生活を楽しんでいるのなら巽に言うことはない。そうだったんだ、と巽は頷いた。
「そう。それより俺は麻岡の今の生活の方が気になるけど」
「え? 今のって?」
「いや、甥っ子と暮らしてるのは聞いてたけど、だったらもっと広い所に引っ越してると思ったら、違うんだな」
二人暮らしだと狭くないか? と聞かれ、巽は首を傾げた。確かに灯希は大きいから存在感はあるが、狭いと感じたことはなかった。
「灯希が気を使ってくれてるからだと思うんだけど……私室もいらないって言って、ベッドも一緒だし……あまり物が増えてないから、特に不便はないかな」
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