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しおりを挟む出掛けに『時間見て』と灯希に言われたというのに、いつもせかしてくれる灯希がいなくてうっかりしていた巽は、この日、就業時間ぎりぎりに職場にたどり着いた。
「おはようございます、主任。今日は珍しくぎりぎりですね」
デスクにたどり着くと、隣の席の女子社員が、くすりと笑う。
「……少し寝坊をして」
本当はちゃんと起きたのだが、家を出る時間が遅いなら同じようなものだろう。その言葉を聞いた女子社員が、どうりで、と巽の胸元に視線を向けた。
「ネクタイ、緩んでますよ」
「え、あ、ホントだ」
巽は席に着くと、慌ててネクタイを結び直した。いつもなら灯希が『やりたい』と言って結んでくれるので、ノットもキレイに整えてくれるのだが、自分だとそこまでキレイにはできない。この時も、それなりにしか出来なかった。
「主任は早く結婚したほうがよさそうですねえ。木南さんより主任の方が結婚早そうって思ってました」
「……それは、おれが不甲斐ないから、かな?」
巽が倒れた時も、この社員は在籍していたから、孤独死するよりは家族が居た方がいいのでは、と思ってしまうのだろう。
「というか、放っておけないって思う女性はいると思いますよ。毎日ネクタイ結んであげたい、みたいな世話好きな人とか」
世話好き、と聞いてふと灯希を思い出してしまった巽は、そういう意味ではないだろう、と自分の中でそんな考えを打ち消す。
「そのために結婚っていうのも、なんだか違う気がするけどな」
「まあ……お相手がお世話することが生きがいっていう方ならともかく、普通は段々と煩わしくなりますよね」
私なら自分でやってってなると思います、と女子社員が心底嫌そうな顔をする。彼女も何か自分の経験上思い当たることがあるのかもしれない。
「お互い忙しければそうなるから、結婚したら、なんて考えてないよ」
巽が笑って答えると、ですよね、と頷いた社員が、そういえば、と言葉を繋ぐ。
「高梨さんも支社に行くかもしれないって噂聞いたので、結婚イコール同居というわけでもないですしね」
木南さんとはまだ一緒に暮らしてないのかな? と女子社員が首を傾げる。巽はそれに、どういうこと? と聞き返した。
「うちの会社の慣例で、夫婦は同じ部署で働けないみたいで。部署異動か、支社へ異動かって話みたいです。木南さんが異動するとか考えられないし、多分高梨さんが異動ですよね」
きっと夫婦どちらが異動してもいいのだろう。とはいえ、抱えている仕事は木南の方が多いだろうし、まだまだ社内の意識は古いままだ。そうなると必然的に異動の対象は高梨ということになる。高梨は営業の仕事を気に入っているし、他部署に異動は考えにくい。そうなると自然と転勤という言葉が頭に浮かぶ。
「一番近い支社でも新幹線で二時間だからな……通勤は考えにくいな」
「ですよねえ。どっちかが犠牲になるようなそんな慣例、なくなればいいのに」
実質的に部内恋愛禁止ってことですよね、と女子社員が眉を顰める。確かにそう捉えたら時代錯誤な気もするが、周りが仕事をしにくいということももちろんあるだろう。子どもが出来れば同時に産休や育休を取ることだって考えられるし、戦力が同時に二人分欠けるのは痛手だ。だから一概に撤廃とは言えないが、木南と高梨に限って言えば、やっぱり心配なことではあった。
巽は、そうだね、と頷いてから、それでも今は仕事をしよう、と自身のパソコン画面に視線を向けた。
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