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部屋にインターホンの音が響いた。一度、ゆっくりと鳴り、しばらくした後、もう一度その音が響く。
「きな……」
「黙ってろ」
巽がこのタイミングで叫んで助けを呼ぶとでも思ったのだろう。木南は巽の口をその手で塞いだ。このまましばらくすると客も諦めて帰ると予想していたみたいだが、インターホンの音はまだ響き続けていた。
木南が小さく舌打ちをして巽から手を離す。それからゆっくりとベッドを降り、玄関へと向かった。このままインターホンを鳴らされ続けたら近所に迷惑になり、最悪管理人に部屋を開けられてしまうとでも思ったのだろう。
この間に巽もベッドから出て玄関へと向かおうと思い、起き上がった。けれどめまいがして、上手く体が動かない。倒れてから寝ていただけで特に何か治療をされたわけではなかったらしいから、当然と言えば当然なのかもしれないが、今だけは動いて欲しかった。
巽はそれでも転がるようにベッドから降りた。這ってでも部屋から出るつもりだった。
このまま木南のものになるつもりはない。
「巽さん!」
回る視界を遠ざけるために目をつぶって立ち上がろうとしていた巽に、そんな声が届いて、巽はゆっくりと目を開けた。そこにはこちらに向かってしゃがみ込む灯希がいた。
「と、き……?」
戻ってくるのは木南だと思っていたのに、予想外のその人物に巽の思考は停止する。でも、気持ちはとてもほっとしていた。
「よかった、間に合ったね」
灯希が巽の体を抱き起こし、その胸に抱える。じわりと伝わる灯希の体温で、巽の緊張はゆっくりと解けていった。
「灯希、どうして、ここ……」
灯希は木南のことは知っていても住所までは知らないはずだ。どうやってここにたどり着いたのか分からない。
灯希の胸から顔を上げると、灯希はとても優しい顔をして巽の頬を撫でた。
「詳しいことは後でね。とりあえず帰ろう」
抱えるよ、と声を掛け、灯希が巽の体を抱え上げる。けれどすぐに、待てよ、と声が掛かり、灯希は巽を抱えたまま立ち止まった。
「麻岡は帰さない」
目の前に立っていたのは眉を吊り上げ灯希を睨む木南だった。頬が赤く腫れ、唇の端が少し切れているところを見ると、灯希と揉めたのかもしれない。だから普段穏やかな木南がこんなにも敵意をむき出しにしているのだろう。
「連れて帰りますよ。巽さんだって、俺がいないとだめだって、分かったはずだから」
ね、と灯希がこちらを見下ろす。図星なその言葉に巽は恥ずかしくて素直に頷くこともできず、視線を逸らした。けれど灯希のシャツの胸の部分をぎゅっと握ったことで、灯希には巽の気持ちは伝わったようだった。
「もう同居解消なんて言わないでよ、巽さん。巽さんは俺がいないとこんな風に倒れて拉致されちゃうんだから」
「拉致って、オレは善意で……」
「善意で助けてくれる人はきちんと病院へ連れて行くし、病人を押し倒したりしないと思うんです」
灯希が鋭く眇めた目で木南を見やる。木南はそんな灯希を怪訝な顔で見つめ返した。
「……どうして、それを知っている?」
「見てましたから。そんなに巽さんが欲しかったのなら、巽さんのスマホを壊しておくべきでしたね」
灯希の言葉に驚いたのは木南だけではなかった。巽も、え、と驚いて灯希を見上げる。
「巽さんには後で話すよ。とにかく、そういうことなので、巽さんを連れて帰りますね」
灯希が巽の体を抱え直し、玄関へと向かう。木南には、それを引き止める気持ちはもうないらしく、それを呆然と見ていた。
「お前……少し怖いよ。そこまでしたら、麻岡に自由なんかないだろう?」
木南が眉根を寄せて灯希の背中に声を飛ばす。その声が少し強張っているのは、灯希に狂気を感じているからかもしれない。
「これまでもこれからも巽さんは自由ですよ。ただ……二年かけて、俺がいないとダメな巽さんにしただけです」
灯希の言葉に木南は、異常だ、と呟く。巽はそんな木南を灯希の肩越しに盗み見た。まるで理解できない怪物にでも会ったような訝し気な顔をしていた。
「麻岡は、それでいいのか……?」
ちらりと見ただけだったのに、木南と視線が合ってしまい、そんな言葉を投げられる。巽は灯希の肩に顔を埋め、分からない、と答えた。
「ただ……灯希の言う通りだから」
灯希がいないと本当に自分はダメだ。生活すら成り立たない。この温もりが傍にいないと眠ることさえ出来ないのだ。
依存、執着、なんとでも言えばいい。
ただ、灯希に傍にいてほしい。灯希でなければダメなのだ。
木南の、そうか、という呟きと共に、灯希は玄関のドアを開け、部屋を後にした。
「きな……」
「黙ってろ」
巽がこのタイミングで叫んで助けを呼ぶとでも思ったのだろう。木南は巽の口をその手で塞いだ。このまましばらくすると客も諦めて帰ると予想していたみたいだが、インターホンの音はまだ響き続けていた。
木南が小さく舌打ちをして巽から手を離す。それからゆっくりとベッドを降り、玄関へと向かった。このままインターホンを鳴らされ続けたら近所に迷惑になり、最悪管理人に部屋を開けられてしまうとでも思ったのだろう。
この間に巽もベッドから出て玄関へと向かおうと思い、起き上がった。けれどめまいがして、上手く体が動かない。倒れてから寝ていただけで特に何か治療をされたわけではなかったらしいから、当然と言えば当然なのかもしれないが、今だけは動いて欲しかった。
巽はそれでも転がるようにベッドから降りた。這ってでも部屋から出るつもりだった。
このまま木南のものになるつもりはない。
「巽さん!」
回る視界を遠ざけるために目をつぶって立ち上がろうとしていた巽に、そんな声が届いて、巽はゆっくりと目を開けた。そこにはこちらに向かってしゃがみ込む灯希がいた。
「と、き……?」
戻ってくるのは木南だと思っていたのに、予想外のその人物に巽の思考は停止する。でも、気持ちはとてもほっとしていた。
「よかった、間に合ったね」
灯希が巽の体を抱き起こし、その胸に抱える。じわりと伝わる灯希の体温で、巽の緊張はゆっくりと解けていった。
「灯希、どうして、ここ……」
灯希は木南のことは知っていても住所までは知らないはずだ。どうやってここにたどり着いたのか分からない。
灯希の胸から顔を上げると、灯希はとても優しい顔をして巽の頬を撫でた。
「詳しいことは後でね。とりあえず帰ろう」
抱えるよ、と声を掛け、灯希が巽の体を抱え上げる。けれどすぐに、待てよ、と声が掛かり、灯希は巽を抱えたまま立ち止まった。
「麻岡は帰さない」
目の前に立っていたのは眉を吊り上げ灯希を睨む木南だった。頬が赤く腫れ、唇の端が少し切れているところを見ると、灯希と揉めたのかもしれない。だから普段穏やかな木南がこんなにも敵意をむき出しにしているのだろう。
「連れて帰りますよ。巽さんだって、俺がいないとだめだって、分かったはずだから」
ね、と灯希がこちらを見下ろす。図星なその言葉に巽は恥ずかしくて素直に頷くこともできず、視線を逸らした。けれど灯希のシャツの胸の部分をぎゅっと握ったことで、灯希には巽の気持ちは伝わったようだった。
「もう同居解消なんて言わないでよ、巽さん。巽さんは俺がいないとこんな風に倒れて拉致されちゃうんだから」
「拉致って、オレは善意で……」
「善意で助けてくれる人はきちんと病院へ連れて行くし、病人を押し倒したりしないと思うんです」
灯希が鋭く眇めた目で木南を見やる。木南はそんな灯希を怪訝な顔で見つめ返した。
「……どうして、それを知っている?」
「見てましたから。そんなに巽さんが欲しかったのなら、巽さんのスマホを壊しておくべきでしたね」
灯希の言葉に驚いたのは木南だけではなかった。巽も、え、と驚いて灯希を見上げる。
「巽さんには後で話すよ。とにかく、そういうことなので、巽さんを連れて帰りますね」
灯希が巽の体を抱え直し、玄関へと向かう。木南には、それを引き止める気持ちはもうないらしく、それを呆然と見ていた。
「お前……少し怖いよ。そこまでしたら、麻岡に自由なんかないだろう?」
木南が眉根を寄せて灯希の背中に声を飛ばす。その声が少し強張っているのは、灯希に狂気を感じているからかもしれない。
「これまでもこれからも巽さんは自由ですよ。ただ……二年かけて、俺がいないとダメな巽さんにしただけです」
灯希の言葉に木南は、異常だ、と呟く。巽はそんな木南を灯希の肩越しに盗み見た。まるで理解できない怪物にでも会ったような訝し気な顔をしていた。
「麻岡は、それでいいのか……?」
ちらりと見ただけだったのに、木南と視線が合ってしまい、そんな言葉を投げられる。巽は灯希の肩に顔を埋め、分からない、と答えた。
「ただ……灯希の言う通りだから」
灯希がいないと本当に自分はダメだ。生活すら成り立たない。この温もりが傍にいないと眠ることさえ出来ないのだ。
依存、執着、なんとでも言えばいい。
ただ、灯希に傍にいてほしい。灯希でなければダメなのだ。
木南の、そうか、という呟きと共に、灯希は玄関のドアを開け、部屋を後にした。
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