怖がりSubにやさしい命令(コマンド)を

藤吉めぐみ

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「はああ、やっと終わった……」
 金曜日の夜、ようやく見積もり書の修正が終わり、思わずそう声にした央樹に、お疲れ様です、と声が掛かる。見上げるとすぐ傍に暁翔が立っていた。彼もさっきまでデスクワークをしていたのだが、スーツの上着を着ているところを見ると、ひと段落したようだ。
「帰れそうですか?」
「ああ……あとは担当にメールで送れば……よし、これで帰れる」
 央樹がパソコンの電源を落としてから立ち上がる。暁翔が足元に置いていた央樹のカバンを取り上げ、央樹に手渡した。
「ありがとう。せっかくだから、何か食べてから帰ろうか?」
 自身の腕時計に視線を落とすと、まだ八時を過ぎたころだった。どこでも開いている時間だ。
「いえ……このまままっすぐ、ウチに来ませんか? ご飯なら、おれが作るので」
「そうか……じゃあ、僕も手伝おう」
「え? 主任、料理できました?」
「結城を真似てみれば、案外できるかもしれない」
「どこから来る自信ですか」
 央樹の言葉に笑い、暁翔が歩き出す。央樹はそれに付いてオフィスを出た。
「何か、食べたいものはありますか?」
 会社を出て、暁翔が央樹に問う。央樹はそれに首を傾げた。
「毎日結城が作ってくれたものを食べてるからな……今日のハンバーグも美味しかった」
「ありがとうございます。央樹さん、毎日ちゃんと全部食べてくれるから本当に嬉しいんです」
 暁翔が本当に嬉しそうに微笑む。それからそっと央樹に近づいて、耳元で『goodboy』と囁く。央樹は咄嗟に囁かれた耳を手で覆った。肌がわなないて、心臓がドキドキと跳ねる。
 暁翔に褒められるとたまらなく嬉しいし、安心するのだが、同時にその声に、吐息に、ドキドキしてしまうのだ。
 その様子に暁翔が驚いて央樹を見やる。それから嬉しそうに笑んだ。
「おれのこと、意識してくれてますか?」
「意識、っていうか……とりあえず公道ではやめてほしい……」
 見なくても自分の顔が赤くなっていることは分かる。三十路の男が頬を赤らめて歩いてるなんて、やっぱり変だろう。
「まあ、確かに……今の央樹さんを見て惹かれる人がいたら困りますし、プレイは二人きりの時の方がいいですしね」
 暁翔が頷いてそんなことを言う。何から突っ込めばいいのか分からず、央樹が言葉に迷っていると、でも、と暁翔が言葉を続ける。
「あの弁当もプレイといえばプレイですよね。空になって帰ってくる弁当箱を見る度に、今頃おれの作ったものが央樹さんの一部になってるのかって考えるとゾクゾクするんです。内側から支配してる感じがして」
 暁翔の言葉に央樹が驚いてその顔を見つめる。暁翔がその視線に首を傾げた。
「……どうか、しました?」
「いや……僕も、同じことを考えていたから……」
 央樹が視線を足元に落とす。同じことを考えてドキドキしていたなんて、暁翔が気持ち悪いと思わなかったかと不安になる。けれど、隣から小さく、嬉しい、と聞こえて央樹は顔を上げた。
「そういうのって、すごく……パートナーらしくないですか? 通じ合ってるっていうか……」
「同じことを考えるっていうなら、夫婦とか家族の方が近いかもな」
 暁翔の言葉を受けて、何も考えずに思ったことを口にした央樹は、見ていた暁翔の顔がみるみるうちに赤くなったことで、自分が言ったことの重さに気付いた。
「あ、べ、別に他意はないから、な。い、一般論ってやつで……」
「……おれは、央樹さんとそういうのになりたいですよ」
 慌てる央樹に、暁翔が優しく笑む。けれど、央樹には、自分も、なんて言える勇気はなかった。
「家族って……でも僕とは……」
 子どもすら持てないんだ、と思いながらも、口に出来なかった。そうですね、なんて肯定されたらそれはそれで苦しい。
すると、隣から、央樹さん、と呼ばれ、央樹が再び暁翔の顔を見やった。
「今日は何が食べたいですか?」
 きっと、央樹が返答に困っていることを察したのだろう。軽やかに話題を変える暁翔に、央樹の胸がぎゅっと痛んだ。
「……結城の作るものなら、何でも美味いからな」
 央樹が答えて笑顔を作る。暁翔はそれに嬉しそうに笑って頷いた。
「じゃあ、これからもずっと毎日食べてもらえるように、色んなものが作れるように頑張りますね」
「……楽しみにしてる」
 央樹の答えに、暁翔が嬉しそうに、はい、と頷いた。
 これからもずっと毎日、なんて本当に自分でいいのだろうか――央樹は思わずそんなことを考えてしまい、暁翔の笑顔から視線を逸らした。

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