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3章
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誰でも閲覧できるネット小説だから、藤原氏も当然読むことができるわけだ。
これが彼との連絡用に書いたものだとしたら……あぁそうか、だから歩のことは娘に置き換えて、息子のいらぬ個人情報はなるべく人目にさらさないようにして……。
嫌なところでつじつまが合ってしまった。
いや、俺が勝手に合わせてしまったのかもしれないが、この時の俺はもう、悪い想像以外ができなくなってしまっていたのだ。
瑠美子を失いたくない。
頭の中に渦巻いているのは、その想いだけだった。
瑠美子にとって俺が理想の亭主なら、俺にとっての瑠美子だって理想の妻なのだ。
確かに息子の教育方針やらに相違はあるけれど、それくらいは問題じゃない。美しくて賢くて、家事も仕事も子育ても完ぺきにこなして、その上金持ちも実家もバックについていて……あぁ、抱き合った時の体の相性だって抜群にいい。
それに瑠美子は俺にとって勝ち組の象徴だ。どこへ連れて行っても誰もが羨ましがってくれる。裕福とは言い難い環境で育った俺が、こんな素晴らしい妻を、家庭を得られたんだぞ、と鼻が高くてたまらない。
だから紀香なんかと引き換えに彼女を失うなんて、そんなこと絶対にありえないのだった。
一晩考え抜いて、朝を迎えた時にはもう些かの迷いもなかった。
だから翌日の3時過ぎ、俺は職場近くの喫茶店へ紀香を呼び出したのだ。
昼休みではなくてがっつり勤務中の時間にしたのは、昼ご飯を食べにきている会社の連中に紀香と二人でいるところを見られたくなかったから。
俺は外回りということにして出てきたが、事務職の紀香にとってはこんな中途半端な時間に抜けるのは難しいことだっただろう。それでも彼女は息を切らせて走ってきて、待ち合わせ時間にも遅れることはなかった。
そんな紀香に向かって俺は開口一番「別れよう」と告げた。
「ええ?!」
「うちのが何考えてんのか分からないんだ。変な小説書いてるし」
「小説って……まだ続いていたんですか?」
「そうだよ。ウニしゃぶとかも書かれててさ、完璧ヤバいだろ。これ以上紀香と一緒にいるのは危険すぎるんだ」
言ってみた後、これではあまりに身勝手過ぎる言いざまだったかと考え直し、言葉を付け加える。
「これは紀香の為でもあるんだよ。紀香だってダンナにバレたらヤバいだろ。なんか、そっちのダンナにも怪しまれてる気がしてきてさ」
「それは無いですよ。あの人にはバレてるはずないです」
「どうしてそんなことを言い切れるんだよ」
その油断が悪いんだと思った。アメリカで3年、日本でも3年、これだけ長い間付き合っていてバレていないからって、気が緩んでいるんだ。そのせいで俺が危ない目に遭うなんて勘弁してほしい。
すっかり被害者気分になっていた俺は再度、別れよう、と訴えた。
「いや、お互い壊したくないものがあるんだから、危なくなった時点で離れておくのは当然の話だと思うぜ。俺は紀香の幸せな人生を壊したくないんだよ」
「私のことだったら心配してもらわなくていいです」
紀香は今にも泣きだしそうな顔をした。
「私、離婚してるんで」
「え……」
それはあまりに唐突な告白だった。
恐らく俺は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたのだと思う。返事もできないでいるところへ紀香は早口で説明を並べた。
「あの人はまだアメリカにいるはずです。私は外国暮らしが耐えられないからっていうことにして、勝典さんが帰国した翌年に離婚してもらったんです。でも本当の理由は慣れない外国暮らしじゃないです。勝典さんのことがどうしても忘れられないから……」
「なんだよ、それ……」
「3年前に偶然再会したっていうのも嘘です。私は勝典さんに会いたくてずっと本社の側をうろうろしていて」
一度話を始めた紀香は止まらなかった。
SNSでの繋がりしかなかった紀香が知っている情報は、俺の勤務先の会社名と氏名くらいだったが、アメリカで別れる時に本社へ栄転、と俺が話していたから、それで本社ビルの周りで待ち伏せしていたらしい。
そして珍しく俺が後輩も連れず一人で飯を食いに出てきたところへ、偶然を装って話しかけてきたのだという。
これが彼との連絡用に書いたものだとしたら……あぁそうか、だから歩のことは娘に置き換えて、息子のいらぬ個人情報はなるべく人目にさらさないようにして……。
嫌なところでつじつまが合ってしまった。
いや、俺が勝手に合わせてしまったのかもしれないが、この時の俺はもう、悪い想像以外ができなくなってしまっていたのだ。
瑠美子を失いたくない。
頭の中に渦巻いているのは、その想いだけだった。
瑠美子にとって俺が理想の亭主なら、俺にとっての瑠美子だって理想の妻なのだ。
確かに息子の教育方針やらに相違はあるけれど、それくらいは問題じゃない。美しくて賢くて、家事も仕事も子育ても完ぺきにこなして、その上金持ちも実家もバックについていて……あぁ、抱き合った時の体の相性だって抜群にいい。
それに瑠美子は俺にとって勝ち組の象徴だ。どこへ連れて行っても誰もが羨ましがってくれる。裕福とは言い難い環境で育った俺が、こんな素晴らしい妻を、家庭を得られたんだぞ、と鼻が高くてたまらない。
だから紀香なんかと引き換えに彼女を失うなんて、そんなこと絶対にありえないのだった。
一晩考え抜いて、朝を迎えた時にはもう些かの迷いもなかった。
だから翌日の3時過ぎ、俺は職場近くの喫茶店へ紀香を呼び出したのだ。
昼休みではなくてがっつり勤務中の時間にしたのは、昼ご飯を食べにきている会社の連中に紀香と二人でいるところを見られたくなかったから。
俺は外回りということにして出てきたが、事務職の紀香にとってはこんな中途半端な時間に抜けるのは難しいことだっただろう。それでも彼女は息を切らせて走ってきて、待ち合わせ時間にも遅れることはなかった。
そんな紀香に向かって俺は開口一番「別れよう」と告げた。
「ええ?!」
「うちのが何考えてんのか分からないんだ。変な小説書いてるし」
「小説って……まだ続いていたんですか?」
「そうだよ。ウニしゃぶとかも書かれててさ、完璧ヤバいだろ。これ以上紀香と一緒にいるのは危険すぎるんだ」
言ってみた後、これではあまりに身勝手過ぎる言いざまだったかと考え直し、言葉を付け加える。
「これは紀香の為でもあるんだよ。紀香だってダンナにバレたらヤバいだろ。なんか、そっちのダンナにも怪しまれてる気がしてきてさ」
「それは無いですよ。あの人にはバレてるはずないです」
「どうしてそんなことを言い切れるんだよ」
その油断が悪いんだと思った。アメリカで3年、日本でも3年、これだけ長い間付き合っていてバレていないからって、気が緩んでいるんだ。そのせいで俺が危ない目に遭うなんて勘弁してほしい。
すっかり被害者気分になっていた俺は再度、別れよう、と訴えた。
「いや、お互い壊したくないものがあるんだから、危なくなった時点で離れておくのは当然の話だと思うぜ。俺は紀香の幸せな人生を壊したくないんだよ」
「私のことだったら心配してもらわなくていいです」
紀香は今にも泣きだしそうな顔をした。
「私、離婚してるんで」
「え……」
それはあまりに唐突な告白だった。
恐らく俺は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたのだと思う。返事もできないでいるところへ紀香は早口で説明を並べた。
「あの人はまだアメリカにいるはずです。私は外国暮らしが耐えられないからっていうことにして、勝典さんが帰国した翌年に離婚してもらったんです。でも本当の理由は慣れない外国暮らしじゃないです。勝典さんのことがどうしても忘れられないから……」
「なんだよ、それ……」
「3年前に偶然再会したっていうのも嘘です。私は勝典さんに会いたくてずっと本社の側をうろうろしていて」
一度話を始めた紀香は止まらなかった。
SNSでの繋がりしかなかった紀香が知っている情報は、俺の勤務先の会社名と氏名くらいだったが、アメリカで別れる時に本社へ栄転、と俺が話していたから、それで本社ビルの周りで待ち伏せしていたらしい。
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