喪失~その後

ハジメユキノ

文字の大きさ
上 下
5 / 8

悟り

しおりを挟む
羽田が浩介に助けられてから2カ月。
親とはあれから会っていない。夜のバイトも辞めて、やっと普通の生活を取り戻した。
あんなに必死で返しても、蟻地獄のように闇金に絡め捕られて、浮き上がることは決してなかっただろう。あのまま社長が気づいてくれなかったら、私は今頃…。考えるのも恐ろしいけれど、きっと体を売るような目にあっていたんだろうなと思う。
それにしても、いくら自分の所の社員だからといって、闇金に助けに来てくれるとは思わなかった。今までの自分の罪滅ぼし?
親のことも、私はどんなにひどい目にあっても愛されたいと、ずっと言うことを聞いていた。どうしても突き放す事が出来なかった。娘を利用するような親なのに、なんで私は嫌いになれないんだろう。

「共依存というらしいぞ」
あの騒動の後、しばらくして社長室に呼ばれた羽田は、浩介から共依存という言葉を聞いた。
「家族ということを笠に着て、子供をしばる。言葉でも、行動でも…。家族なのに助けてくれないのか?親を見捨てるのか?と。親だからって全て完璧なわけじゃないんだ。完全に分かり合えるなんて、どんな相手でもあり得ない事なんだ」
浩介は羽田を見据え、
「親を救おうとするな、羽田。いままで親からいろんな言葉を投げつけられて傷ついてきたんだろうと思う。俺だって理想の息子を演じていて、本当の自分がどんなだか分からなくなっていた。バカなことをして大事な人を傷つけるような浅はかな男だ。俺の言葉じゃ届かないかもしれないが、羽田。君はそのままでいいんだ。親の言葉に左右されなくていい。もう忘れろ。幸せになる権利は君にも平等に与えられているんだよ」
浩介の言葉は羽田の胸に刺さった。
そうなのか…。私も幸せになっていいんだ…。
ボロボロと涙があとからあとから溢れた。憑きものがとれたように、涙がいろんなものを一緒に流してくれるようだった。
羽田が泣き止むまで浩介は黙って付き合ってくれた。

「社長。本日の予定ですが、午後から出店準備が始まったモールとの打ち合わせが入っています。その前に一緒にランチでもいかがですかとのお誘いがあるのですが、いかがなさいますか?」
「そうだな。今日は午前中は社内ミーティングが入ってるだけだから、ランチついでにミーティングして早めに切り上げるかな…」
浩介の言葉にいつもと違う雰囲気を嗅ぎ取った羽田が尋ねた。
「もしかして、お疲れですか?」
浩介は最近、また仕事の量を以前と同じレベルまで戻してきていて、夜もちょくちょく会合が入っているのが少し心配だった。
「いや、大丈夫だ」
浩介は早めに切り上げて病院にかかろうと思っていた。少し背中の違和感が続いていた、
また倒れるような事があれば、会社に迷惑をかける。やっと普通に動けるようになってきたんだ。心配はかけたくない…。
「社長?」
胸に手を当てうずくまってしまった浩介は、次第に意識を失っていった。遠くで羽田が自分を呼んでいた。
しおりを挟む

処理中です...