喪失~その後

ハジメユキノ

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危機

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羽田は親がお金を借りた闇金の事務所にいた。
「返済は間もなく終わるはずです」
机の向こうの男が笑った。
「利子が発生するんですよ。なので、ちょっとペースが遅いんですよね…」
羽田はまさかと思った。また借りたのか?
「ちょっとペースを速める為に、もっと稼げる仕事に就いて貰いたいんですよ。あなたならきっと人気が出そうでね」
男は冷たい笑みを浮かべた。
「お金はちゃんと返します。今の所で頑張りますから…」
「それではこちらも困るんでね。ちょっと今から一緒に来て貰いたい」
羽田は嫌だと言ったが、周りには4、5人の男たちが…。これはダメかと目をつぶった…。
その時、事務所のドアをノックする音が…。
「誰だ?」
下っ端に見に行かせると、社長ともう一人見知らぬ人が立っていた。
「すいません。ここに羽田が来ていると聞いたのですが」
「なんだ?お前…誰も来ちゃいない!帰れ!」
「社長!なんでここが?」
「うるさい!黙ってろ」
「悪い予感がしてね、この人は弁護士の内藤だ」
「よろしく」
「勝手に話してんじゃねえよ!」
凄む奴らに、浩介はその中で頭と思われる男の前に立った。
「この子の親が借りたお金ですよね。新たに借りた分はまだ返済義務は発生してませんね」
「…」
「返済義務がある分は幾ら残ってるんです?」
「400万だ」
「利率は?」
「…。元金は終わってる。利子分がまだだ」
「借用書は?」
「お前…それ聞いてどうする?全部はらってくれるとでも?」
「全部出してください。新たな分は借りた方に返すように言っていただいて…」
「💢だな。おい!金庫からもってこい」
内藤を連れてきて良かった。この男、案外肝が据わっているな。
全ての借用書と引き換えに、浩介が全額返した。
「他に残ってませんね?」
「…。ああ。ねえな」
「返済義務のない娘から無理やり取ろうとはもう思わないでもらいたい。これで最後です。念書書いてもらえますか?」
「…」
「では、羽田は連れて帰ります。仕事が滞ってしまうのでね」
金を耳を揃えて返され、いくら凄んでも一向にびびらない男に、これ以上関わるのは面倒だと無言で男たちは見送った。
羽田は、事務所を出て、しばらくは何もしゃべらず黙って付いてきた。内藤は俺仕事があるからと、途中で別れた。
「コーヒーでも飲んでいくか?」
「…。はい」
消え入りそうな声で、羽田が答えた。

カウンターと数席のシートがある小さなカフェに入り、浩介がコーヒーを買っている間、羽田は後ろで黙って見ていた。
カウンターに並んで座り、黙ってコーヒーを飲んだ。温かさが喉を伝って行くのが分かった。
「なんで…なんで分かったんですか」
「最近、俺の嫌な予感的中すんだよ」
浩介はわざとふざけるように言った。
「だからってあんな危ない所に…」
「そう言うなら、危ない所に一人で黙って行くなよ」
「…誰も巻き込めない」
「親のしたことだから?」
「そうです。私の親がしたことだから」
「そんなの親でも何でもない」
「でも、育てて貰ったし」
「もう君の親孝行は済んでる。子どもは生まれて数年で親孝行出来てる。目に入れても痛くない可愛さでな」
「そんなの…それじゃ足りない」
「もう十分だよ。君はもう親離れしなくちゃダメだ。親の方も…」

浩介は内藤に間に入って貰い、親と話し合いをさせた。よその家庭の事に口を出すなと凄まれたが、浩介はこれ以上娘に頼らないように話をつけた。借金の肩代わりはもう二度とさせないと…。

羽田は、親との話し合いの中で、散々な言われようだった。浩介は内藤から報告を受けると、羽田と再び話した。
「羽田。もう自分の幸せに目を向けなさい。君は十分過ぎるほど頑張った」
「社長。お金はちゃんと返済します。時間をいただけますか?」
「それはもちろんだ。辞めるなよ。俺は君の働きをかっているからな」
浩介に頭をポンポンと優しく叩かれ、羽田は自分が見てきた社長とは違う一面を見たように思った。
恵まれた環境にいるくせに、レールから外れることを許されなかったからと心を閉ざし、女を片っ端から食って捨てる。そんな男だと思っていた。
私は自分の認識を改めなくてはいけないのかもしれないと羽田は思った。
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