のっぽの僕とメガネの王子

ハジメユキノ

文字の大きさ
15 / 27

折れない心

しおりを挟む
あれからどのくらい経っただろう…。何度も夢に見た。ただいまと帰ってくる准の夢を。一緒に寄せ鍋を作って、楽しいと笑いながら俺を見つめる准がいた。手を伸ばせば届く…。俺より背の高い准をこの腕の中に抱きしめようとする。そのたびに霞のように消えてしまう。待ってくれ。せめて夢の中だけでもここにいてくれ…。
朝目覚めるのが怖かった。いないことを毎日思い知らされる。それでも時間は平等に流れていく。
外は何度目かの春がやって来ていた。窓から見える町は一面桜色に染まっていた。この景色の中に准がいないことが悲しかった。

俺は毎日、地元のラジオ局にこの女々しい気持ちを送るリスナーになっていた。
『今朝もコウさんからメールが届いています。おはようございます。おはようコウさん!毎朝の習慣の剣道の稽古をしてきました。ずっと、高校生の時から欠かさなかった朝稽古をこれまで三日だけ出来なかった事があります。え~!コウさんはたしか31才って…。15年は続いてたってことですか?…すごすぎる…。で、出来なかった三日というのは、恋人が居なくなってしまった日から三日…。出世が約束されたお見合いの話を恋人が聞いてしまったから…。えっ?居なくなってって…。コウさんのためにいない方が幸せになれるから?俺は仕事を放り出して情報を集めて、探偵にも依頼しました…。でも…まだ帰ってきません。何処かで自分の美容院を開いて、夢だった体の不自由な人やご高齢の方の出張カットをしていると信じています。俺は、見合いは断って、出世もせず、まだ恋人を捜しています…か。一旦音楽かけようか。コウさんからジュンさんへ…』
センチメンタルな失恋の歌が流れてくる。朝から重いな…。自分の女々しさにちょっと笑える。曲が終わり、パーソナリティのコータさんがふとこんなことを言った。
『コウさん。きっと恋人は元気で夢を叶えているんじゃないかなと僕は思います。それでね、僕、思ったんですけど、ラジオって全国繋がってるんだよね。メールも何処からでも送れるし、読んでもらえればいつか恋人まで繋がるんじゃないかな?僕もコウさんが良かったらだけど、いろんな番組で話してもいいですか?』
俺はすぐメールを送った。お願いしますと…。何分か経った時、俺の返事を読んでくれた。
『コウさんから返事来ました!僕、コウさんを応援したいと思います!聞いてるリスナーの皆も機会があったらこんな人がいるんだよって周りの人に話してみてあげて下さい!』
見ず知らずの俺のために動こうとしてくれているコータさんに、たとえポーズだとしても嬉しかった。少しだけ気持ちが上向きになり、そのまま空を見上げた。春の青空と桜の薄いピンクの町が、折れるなよと俺の背中を押しているように勝手に感じていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー
川津桜が終わり、ソメイヨシノが咲き始めた町で働きながら、海が見える丘の上に居抜きの物件を見つけた。元は小さなレストランで、潰れてしまってからしばらく経った物件だったので、安かったけれど基礎からやり直す必要があるよとお客さんの大工さんに言われていた。
「杉田さん。僕、あんまりお金かけないでやりたいんだけど、ちょっとずつ自分で出来ないかな?」
「ん~清野さんなら出来るかも…。休みの日なら手伝ってやれるよ?材料もこだわりがなければ余ってるの使えば?」
「えっ!ありがとうございます!」
「いいよいいよ。うちのおふくろの髪、切りに来てくれるおかげで、おふくろ毎日鏡を見るのがすごく楽しいって言ってたんだ」
「そうなんですか!うれしいです!やってる甲斐がありますね(笑)」
「この店出来たら、出張カットと半々にやるんだって?楽しみだね。おふくろが友達にも紹介したいってさ」
「是非!よろしくお願いします!(笑)」

杉田さんが帰った後、准は店の前に立って海を見つめた。
「航さん…。僕は元気で夢を叶えてますよ」
きっと結婚して、子供が出来てたりするんだろうな…。航さん格好いいから、子供も可愛いはず…。
准はまた一人で泣いていた。泣きたくはないけれど、やせ我慢して幸せを祈っていても、航に会いたくて泣いてしまう。誰もいない丘の上で、まだ冷たい海風を受けながら涙は乾かずに流れつづけていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「増田さん!たまには息抜きしないと!」
さやかと店長(太田さん)に誘われて、久しぶりに飲んでいた。
「最近はどうしてるの?」
「うん、俺、毎日ラジオにメール送ってる。今日は毎朝の習慣の剣道の朝稽古の話を送ったんだ」
「すごいよね。准がいなくなった時のあの三日だけでしょ?行かなかったの…」
「その話をね、初めて人に話した。知らない人に。俺、折れそうだったんだ。何にも情報がなくって…」
「探偵さんは?」
「うん、途中までは追えたみたい。東京までは…。そのあと何処に向かったのか、北なのか南なのか…」
「そっか…。准はさ、前にも言ったけど、海が見える丘の上にお店を開きたいって言ってたんだ」
「俺も聞いてた。あの箱根行ったときだろ?」
「そうそう!あの時楽しかった…。准が言ってた。ヨーロッパの田舎の小さい家みたいな外観の可愛いお店。ねえ、伊豆とか良さそうだよね。寒くないし」
伊豆かぁ…。あっちのラジオにも送ってみようかな?全国何処でも繋がってるんだよね。
「増田さん。恋人を捜してるって送ったの?」
「そう。恥ずかしいけど…。情けない未練たらたらの女々しいメールを送ったよ(笑)」
「未練たらたら上等じゃない!」
時々ヤンキーみたいな口を聞くさやかに、ふと聞いてみた。
「さやかは…。昔やんちゃだった?」
「えっ!何で分かるの!」
増田はこの開けっぴろげな性格に吹き出した。
「ちょっと!笑いすぎ!」
店長の太田さんもゲラゲラ笑っていた。こんなに笑えるなら、俺はまだ大丈夫だ。准、諦めてないよ。絶対この腕に取り戻すから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

処理中です...