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救助要請
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家族を失ってから借りた築40年は経つ年季の入ったアパートに帰ってきた。郵便受けには白い紙が挟まっている。
「なんだ?」
懐かしい字が見えた。整った綺麗な字。妻だった人のものだ。
『近くに来たので寄ってみました。特に用事はないのですが、元気でいるか心配だったので…。ちゃんと食べてますか?お身体を大事になさって下さい。』
涙が出そうだった。ついさっきまで死のうとしていた俺を見ている人が、ここに一人でもいることにこれほど救われるものか…。
プルルルル…プルルルル…。
「はい」
「秀雄か?」
これは兄の声だ。
「秀雄?」
「ああ、そうだよ…。珍しいね、電話してくるなんて…」
「…。お前、離婚したんだって?どうして…。仲良かっただろ?」
「あぁ…よくある話さ。友達の連帯保証人になって逃げられた…。」
「幾らくらいなんだ?」
また嫌われるな…。馬鹿な奴だって。
「500万くらい…」
「大丈夫か?」
兄の口からそんな優しい言葉が出てくるなんて思わなかった…。
「ん…。恥ずかしいんだが、嫁さんに全部やっちゃったから…」
「そうか…」
どうせ鼻で笑われて、じゃあなと電話を切られるんだろうと諦めかけた瞬間だった。
「お前にって親父に預けられた通帳があってな。何かあったときのために俺が預かってたんだよ」
「えっ?」
「えってお前。そんなに驚かなくもいいだろう?」
「いや…。兄貴は俺のこと…嫌いだったんじゃ?」
電話の向こうで一瞬言葉に詰まった兄は、次の瞬間大笑いしていた。
「アハハハハハハ…お、お前そんな風に思ってたんか?」
まだ笑いが止まらない兄に、俺は少しムッとして言った。
「だって昔から全然喋らなかったし…」
「男の兄弟でそんなに話弾むか?」
「いや…分かんないけど」
電話の向こうで兄はため息をついていた。
「お前のことは普通に大事だ。悪かったな、俺そんなに愛想よくないだろう?それは家族にだけでなく、誰に対してもな」
そうだったのか…。俺も愛想は良くないけど。
「俺とお前はお互い愛想なしだからな(笑)」
電話の向こうで兄は笑っていた。それもすごく楽しそうに…。
「とにかく、金は何とかなりそうだぞ?」
「あっ…。ありがとう。兄さん…」
「仕事はどうなんだ?」
「あっ…。恥ずかしい話だけど会社が潰れた…」
「無職って事か」
「…」
兄は突飛な事を言い出した。
「ピンチはチャンスだからな」
「えっ?」
ピンチなんて軽いもんじゃないだろ。
「今、お前はドン底だろ?」
「うっ…そうだけど?」
「あとは上がるだけだぞ?」
そんなに簡単か?
「まぁ、俺を信じろ!お前は腕の良い建築士だ。しかも資格マニアで他にもいろいろあんだろ?」
「でも俺…もう45だよ?」
「お前は大丈夫だ」
「…。ほんとに?」
今まで聞いたことのないくらい優しい声で俺を励ました。
「俺の自慢の弟だぞ?大丈夫だ。簡単じゃないだろうが、大丈夫だ。諦めない限りな」
諦めない…。俺は今までどこを見て生きてきたんだろう…。
「諦めるなよ。辛くなったらまた聞いてやる。でも、努力は続けろよ?」
泣きそうだった。でも兄貴の前で泣くほど情けない男になりたくなかった。
兄貴は大丈夫だと何度も俺に言い聞かせるようにしてから電話を終えた。
部屋の中にどんよりと溜まっていた嫌な空気が消えていた。あの男と愛想の良い犬のおかげか?
あの男の最後の言葉を思い出していた。
『あなたの魂は私が握っていることはお忘れなく…』
握られて良かった。俺は生かされているんだな…。
あの男は俺がよく行く所から来たと言っていたな。
俺は毎日ハローワークに通った。その帰りにここかな?と当たりを付けた場所があった。ナツと一緒に散歩でよく行っていた神社…。
鳥居をくぐるとピリッと電気が体に走ったような感覚があった。
「ナツ…」
頭の奥に懐かしいナツの声が聞こえたような気がした。
「ナツのおかげで俺は生かされたよ…。ありがとう」
お参りをしていると、またナツが現れた。
「ナツ?」
また嬉しそうに笑うナツが返事をするように鳴いた。
リードをくわえて俺に押しつけてきた。
「散歩に連れて行けって?」
ナツはブンブンと尻尾を振った。俺は負けたと思った。ナツのこの瞳には勝てないよ。
その時、俺の頬を撫でる一陣の風が吹いた。
「なんだ?」
何かに追い立てられるように近くの川沿いの土手に走らされた。
満開の藤棚の下に若い母と赤ん坊がいた。母親はベンチに座り、藤の花を見ているようだった。普通なら幸せな光景なはずが、母親の体の周りに黒い靄のようなモノがおおっていた。哀しそうな目で藤の花を見ている。赤ん坊はベビーカーの中でスヤスヤと眠っていた。
見ている内に信じられない光景が広がった。この女性は赤ん坊に濡れたハンカチのようなモノを押し当てている。そしてロフトには太いロープが輪になってぶら下がっている…。ダメだ!心中するつもりだ!
しかし、俺が急に話しかけたら警戒されるだろうな…。どうしたものか…。
すると、リードがグイッと手に食い込んだ。ナツが女性の方へ行こうとしている!とんでもなく強い力でひっぱるので、上半身と下半身がちぎれそうな勢いで足がもつれた。それでも構わずナツは駆け寄ろうとする。
ナツの気持ちが分かった。この子はあの人を助けたいんだ。俺の時みたいに…。
急に目の前に現れたやたらと愛想の良い犬を見てビクッと体が揺れた。困惑した様子でナツを見ている。
「すみません。この子やたら愛想が良くて…」
ハアハアと息切れした俺を見て、女性は少しだけ微笑んだ。ホッとした。何とかきっかけが掴めるかもしれない。
「かわいいですね…。撫でてもいいですか?」
面白い女性だった。飼い主であろう俺にではなく、ナツに許可を求めていた。犬が好きなんだな…。
ナツは尻尾をちぎれそうなほどブンブンと振っていた。
「ありがとうね」
ナツにお礼を言っている。この人は赤ん坊を殺せる人じゃない。声を発せない動物を下に見ていない。優しい心があるんだろう。
「あの…。この子には助けを求めている人を見つける力があるようなんですよ…」
俺の言葉に、女性は顔を強ばらせた。
「俺がその証拠なんです」
「なんだ?」
懐かしい字が見えた。整った綺麗な字。妻だった人のものだ。
『近くに来たので寄ってみました。特に用事はないのですが、元気でいるか心配だったので…。ちゃんと食べてますか?お身体を大事になさって下さい。』
涙が出そうだった。ついさっきまで死のうとしていた俺を見ている人が、ここに一人でもいることにこれほど救われるものか…。
プルルルル…プルルルル…。
「はい」
「秀雄か?」
これは兄の声だ。
「秀雄?」
「ああ、そうだよ…。珍しいね、電話してくるなんて…」
「…。お前、離婚したんだって?どうして…。仲良かっただろ?」
「あぁ…よくある話さ。友達の連帯保証人になって逃げられた…。」
「幾らくらいなんだ?」
また嫌われるな…。馬鹿な奴だって。
「500万くらい…」
「大丈夫か?」
兄の口からそんな優しい言葉が出てくるなんて思わなかった…。
「ん…。恥ずかしいんだが、嫁さんに全部やっちゃったから…」
「そうか…」
どうせ鼻で笑われて、じゃあなと電話を切られるんだろうと諦めかけた瞬間だった。
「お前にって親父に預けられた通帳があってな。何かあったときのために俺が預かってたんだよ」
「えっ?」
「えってお前。そんなに驚かなくもいいだろう?」
「いや…。兄貴は俺のこと…嫌いだったんじゃ?」
電話の向こうで一瞬言葉に詰まった兄は、次の瞬間大笑いしていた。
「アハハハハハハ…お、お前そんな風に思ってたんか?」
まだ笑いが止まらない兄に、俺は少しムッとして言った。
「だって昔から全然喋らなかったし…」
「男の兄弟でそんなに話弾むか?」
「いや…分かんないけど」
電話の向こうで兄はため息をついていた。
「お前のことは普通に大事だ。悪かったな、俺そんなに愛想よくないだろう?それは家族にだけでなく、誰に対してもな」
そうだったのか…。俺も愛想は良くないけど。
「俺とお前はお互い愛想なしだからな(笑)」
電話の向こうで兄は笑っていた。それもすごく楽しそうに…。
「とにかく、金は何とかなりそうだぞ?」
「あっ…。ありがとう。兄さん…」
「仕事はどうなんだ?」
「あっ…。恥ずかしい話だけど会社が潰れた…」
「無職って事か」
「…」
兄は突飛な事を言い出した。
「ピンチはチャンスだからな」
「えっ?」
ピンチなんて軽いもんじゃないだろ。
「今、お前はドン底だろ?」
「うっ…そうだけど?」
「あとは上がるだけだぞ?」
そんなに簡単か?
「まぁ、俺を信じろ!お前は腕の良い建築士だ。しかも資格マニアで他にもいろいろあんだろ?」
「でも俺…もう45だよ?」
「お前は大丈夫だ」
「…。ほんとに?」
今まで聞いたことのないくらい優しい声で俺を励ました。
「俺の自慢の弟だぞ?大丈夫だ。簡単じゃないだろうが、大丈夫だ。諦めない限りな」
諦めない…。俺は今までどこを見て生きてきたんだろう…。
「諦めるなよ。辛くなったらまた聞いてやる。でも、努力は続けろよ?」
泣きそうだった。でも兄貴の前で泣くほど情けない男になりたくなかった。
兄貴は大丈夫だと何度も俺に言い聞かせるようにしてから電話を終えた。
部屋の中にどんよりと溜まっていた嫌な空気が消えていた。あの男と愛想の良い犬のおかげか?
あの男の最後の言葉を思い出していた。
『あなたの魂は私が握っていることはお忘れなく…』
握られて良かった。俺は生かされているんだな…。
あの男は俺がよく行く所から来たと言っていたな。
俺は毎日ハローワークに通った。その帰りにここかな?と当たりを付けた場所があった。ナツと一緒に散歩でよく行っていた神社…。
鳥居をくぐるとピリッと電気が体に走ったような感覚があった。
「ナツ…」
頭の奥に懐かしいナツの声が聞こえたような気がした。
「ナツのおかげで俺は生かされたよ…。ありがとう」
お参りをしていると、またナツが現れた。
「ナツ?」
また嬉しそうに笑うナツが返事をするように鳴いた。
リードをくわえて俺に押しつけてきた。
「散歩に連れて行けって?」
ナツはブンブンと尻尾を振った。俺は負けたと思った。ナツのこの瞳には勝てないよ。
その時、俺の頬を撫でる一陣の風が吹いた。
「なんだ?」
何かに追い立てられるように近くの川沿いの土手に走らされた。
満開の藤棚の下に若い母と赤ん坊がいた。母親はベンチに座り、藤の花を見ているようだった。普通なら幸せな光景なはずが、母親の体の周りに黒い靄のようなモノがおおっていた。哀しそうな目で藤の花を見ている。赤ん坊はベビーカーの中でスヤスヤと眠っていた。
見ている内に信じられない光景が広がった。この女性は赤ん坊に濡れたハンカチのようなモノを押し当てている。そしてロフトには太いロープが輪になってぶら下がっている…。ダメだ!心中するつもりだ!
しかし、俺が急に話しかけたら警戒されるだろうな…。どうしたものか…。
すると、リードがグイッと手に食い込んだ。ナツが女性の方へ行こうとしている!とんでもなく強い力でひっぱるので、上半身と下半身がちぎれそうな勢いで足がもつれた。それでも構わずナツは駆け寄ろうとする。
ナツの気持ちが分かった。この子はあの人を助けたいんだ。俺の時みたいに…。
急に目の前に現れたやたらと愛想の良い犬を見てビクッと体が揺れた。困惑した様子でナツを見ている。
「すみません。この子やたら愛想が良くて…」
ハアハアと息切れした俺を見て、女性は少しだけ微笑んだ。ホッとした。何とかきっかけが掴めるかもしれない。
「かわいいですね…。撫でてもいいですか?」
面白い女性だった。飼い主であろう俺にではなく、ナツに許可を求めていた。犬が好きなんだな…。
ナツは尻尾をちぎれそうなほどブンブンと振っていた。
「ありがとうね」
ナツにお礼を言っている。この人は赤ん坊を殺せる人じゃない。声を発せない動物を下に見ていない。優しい心があるんだろう。
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