彼岸の使い

ハジメユキノ

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鬼になろうとした男

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紅葉川の橋の上には、スサに取り憑かれた男が取り残されていた。
「ん、うん?」
しばらくして目を覚ました男は、自分の周りに見たことのない格好をした二人の男女と、中年の男、女子高生、愛想のよい犬に囲まれていた。
「うわっ!」
何が起きたのか分からなかったが、自分を見つめる目に好意的なものがないことだけは分かった。犬だけは笑っているような顔で隼人を見ていたが。
「隼人!」
和哉がこちらに走ってくるのが見えた。
「来るな!」
隼人は和哉を避けようとした。和哉は一瞬怯んだが、隼人のもとに駆け寄った。
「隼人。探したんだぞ!大丈夫か?」
周りに何人もに囲まれていたが、そんなことも意に介さず隼人の身を案じていた。
「生け贄なんてダメだ!そんな事して生き残っても幸せにはなれない!」
「お前達だな。スサの封印を解いたのは…」
ミコトが怒りの形相で二人を見ていた。和哉と呼ばれた若者の方は怯んでいたが、隼人と呼ばれた方はミコトをにらみつけていた。
「知らなかったんだ。でも、生け贄を三人用意しないと俺たちが連れて行かれる…」
「自分が良ければそれでいいのか?」
「う…」
和哉は黙ってしまった。隼人は、
「まだ死にたくない!ただ鏡に触っただけで生け贄よこせって言う方がおかしいだろ!」
と逆にキレていた。
「本殿の中に勝手に入ってもいいと?」
「あんなきったねえの神社とは言えないだろう!」
ミコトの目の色が変わった。怒りで真っ赤に燃えている。
「どこまで私を怒らせれば気が澄むのだ…」
今にも爆発しそうな怒りに触れ、命までも奪われそうな瞬間、隼人の前に立ち塞がった者がいた。
「お前もこの男と一緒に死にたいのか?」
「あなたが私を救ったのに、今度は命を奪うのですか?」
その人は、ミコトとナツが最初に救った秀雄だった。
「あなたは私がしようとしていたことを止めてくれた。おかげで私はやり直す機会を与えられて、あなたに仕えて人を救う側になれた。この人達にもその機会を与えてはもらえませんか?」
「お前とこの者達は違う」
「何が違うんです?この人は友達を止めようとした。確かに生け贄を差し出して自分だけ助かろうとしたかもしれない。でもまだ未遂です。どうか助けてあげられませんか?」
和哉と隼人は自分達の為に身を挺してくれた事に驚いていた。
「なんで…。あんたは俺らと初めて会ったのに」
「俺、あいつに取り憑かれていたけど、抵抗しようと思わなかった…。こいつの言うこと聞けば、俺助かるってしか思わなかったのに…」
「私は君達よりもっとタチの悪い事を考えてたよ」
ナツは秀雄の傍にぴったりと寄り添った。もういいんだよと言っているように秀雄を見上げていた。
「そんな事、この者達に話すのか?自分の恥ずべき事を…」
「私は恥ずかしくても、間違いを犯さないで済んだことを誇りに思えるようになったんです。人は間違いを犯すけれど、やり直すことも出来る。どんなに辛くてドン底だと思ってしまっても、どこかに必ず見てくれている人がいることを知って欲しいんです」
ミコトはよく分からないという顔をしていたが、ナツはそんな秀雄の傍を離れようとしなかった。ミコトはナツに問いかけた。
「お前は秀雄を信じているんだな?」
ナツはミコトの方に顔を向け、返事をするように笑顔を見せた。ミコトは首を振りながら、
「仕方あるまい…。見逃すのは今回だけだぞ。この者達が考えを翻したら、その時は容赦しない」
秀雄は二人に語りかけた。知人の借金を押しつけられ、会社がほぼ同時期に倒産したこと。それがきっかけで妻と子供に逃げられたこと。そして…。やけになって見ず知らずの人を巻き添えにして自殺しようとしてナイフを持ったこと。
「でも、どうしてやめられたんです?もうナイフを用意してたって事は、死ぬつもりだったんでしょ?」
和哉が秀雄に聞いた。秀雄はナツを見下ろすとナツも自分を見つめていることに気付いてナツの目線にしゃがんだ。
「ナツがミコトさんと現れたんだ」
ナツは秀雄の頬をペロンとなめた。
「自分がしようとしていたことを目の前に見せられた。その時嫌だと思ったんだ。俺はまだ人でいたいって」
「人?」
「ナイフを周りの人に突き立てていた俺は人じゃなかった。もう化け物としか思えなかったんだよ…」
ナツが秀雄の撫でる手に自分の頭を押し付けて甘えていた。
「そして…死んだあとの世界は無限の地獄だった。マグマがドロドロと溶けたような場所で鬼に焼かれる…。それなのに次の朝にはまた生き返ってまた焼かれるんだ」
「…。死んでないのに何で知ってるんですか!」
「目の前に地獄の穴が開いてたんだ。鬼が俺に手を伸ばしていた。この目で見たんだ。ミコトさんが見せたんだ」
「このミコトさんって何者なんだ?」
和哉と隼人はミコトを見た。
「私はこの町にまつられている者だ」
「まつられてるって…」
「神様じゃん」
和哉と隼人は放心したように膝から崩れ落ちた。
「生け贄を身代わりにしたら絶対に後悔する。他に方法があるかもしれない。だから…」
秀雄は祈った。自分の話がこの二人に届くことを…。ナツが秀雄を励ますように鳴き、隼人に近づいていく。隼人はナツの笑っているような瞳にたじろいだ。
「俺、スサって奴に地獄に連れてかれて生きながら焼かれる人間を見た。そんなところに行きたくないなら俺に仕えろと乗っ取られた。俺、死にたくなかったからそれに乗っちまおうと思ったんだ…」
「今でもその気持ちは変わらない?」
秀雄は隼人の目をのぞき込んだ。
「隼人。俺やだよ。死ぬのも嫌だけど、生け贄差し出したりするのも。いつか必ず地獄に落ちるし、俺も人殺ししたくないし、隼人にもそんな事してほしくない…」
「和哉…」
ナツはどうやら隼人を気に入ったらしい。尻尾をブンブン振っている。
「隼人。お前の犬好きはこの子に伝わってるみたいだな(笑)」
隼人はバツの悪そうな顔をしてナツを見た。
「ナツの目を見ると、何で?って思うでしょ」
秀雄が隼人に語りかけた。
「ナツの目には敵わないよ(笑)」
秀雄はナツの瞳にたじろぐ隼人を見て大丈夫だと思った。
「負けたよ、ナツ…」
隼人はナツの頭に優しい手を乗せた。
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