彼岸の使い

ハジメユキノ

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瑠璃と可南子

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可南子はいつものように駅で友達と待ち合わせしていた。
「可南子!おはよ」
「あっ!おはよう」
可南子?この子は?
のんちゃんだよ。
「可南子、りさちゃんは他の子と待ち合わせするって言ってたよ」
りさちゃんって…
私を無視してた子…。
無視してた?何で?
分かんない…。
「のんちゃん。りさちゃんはどうして可南子を無視したの?」
「えっ?」
瑠璃!のんちゃんには分かんないよ!
でも…。可南子は辛かったんでしょう?
それは…。
私、りさちゃんのこと許せない。
瑠璃…。その気持ちだけでうれしいよ。
え?
何もしなくていいの!瑠璃が分かってくれたらいいの(笑)
私が?
そう!代わりに怒ってくれたもん!
可南子…。変な子。
何でよ!あはは(笑)
ふふ(笑)
「可南子?何笑ってんの?」
「ん?何でもない(笑)」
「可南子が言ってた事…。気付かなくてごめん」
「のんちゃん…」
「確かに少しぎこちなかったなって思って…」
「嘘じゃないって分かってくれただけでうれしいよ」
のんちゃんはハッとした顔をして、
「可南子がそんな変な嘘つかないって思うもん」
と言った。
「私、鈍いけど、可南子がどんな人かはなんとなく分かる。自分だけ見て欲しいからってそんな事言うような人じゃないもん」
「のんちゃん…。私、のんちゃんと友達で良かった(笑)」
「それはあたしもそう思う(笑)」

瑠璃は途中で自然に可南子と入れ替わっていた。今までなら、憑依した人間に自分が表に出たいと言われても、何とか言いくるめて瑠璃が前面に立ってコントロールしていた。そうしないと瑠璃の目的は達成しなかったから。あの世に自分の身代わりの生け贄を捧げなければ彼岸に渡らなければならなかったから…。

瑠璃?大丈夫?
ん?何でもないよ。

瑠璃は、このまま今日は可南子の中にいようと思った。可南子がどんな一日を過ごしているのか見てみたいと思ったから…。

可南子?今日は私、少し休むね。
瑠璃?ほんとに大丈夫?
ありがとう。可南子の事、私も好きだよ。
瑠璃…。私も瑠璃のこと好き!
可南子…。あなたはほんとに変わってる(笑)。
もう💢変人扱い!
ほら、のんちゃんが待ってるよ。
分かった!じゃあ、JKライフ楽しんで!
じぇいけいらいふ?
女子高生の一日って事(笑)
いってらっしゃい。
行ってきまーす!

瑠璃は可南子を本当に好きになっていた。可南子をお母さんから引き離す事など出来ないと思った。あんなに楽しい時間は初めてだった。
こんなに何百年も探し続けても見つからない人を探すために人の魂を奪い続けた。気付けば会いたかった人の名前も顔も思い出せなくなっているというのに…。可南子と話して気付いたことは、私はその人に恋していたらしい。その気持ちだけは今でも感じることが出来る。胸が苦しくて、でも心はあたたかくて。
瑠璃は可南子に憑依するまで、相手に気持ちを入れたことはなかった。相手がどうすれば喜ぶかを見定め、目的のために優しくしてきた。そんなのは優しさなんかじゃないって分かっていた。でも、可南子とお母さんを見ていて、相手を心から想う優しさを間近にした。うらやましいとさえ思った。こんな関係を自分も誰かと持てたならどんなに幸せだろうと。
瑠璃が可南子を連れていかないと決めたということは、あと数日で可南子ともさよならしなければならないという事。友達と楽しそうに過ごす可南子を見て、こんな感情を思い出させてくれた可南子が大好きだと思った。別れたくないと思ってしまうくらいに…。

「のんちゃん!また明日ね!」
「うん!可南子、また明日!」
駅でのんちゃんと別れた可南子は、ほぼ一日静かだった瑠璃のことが心配だった。
瑠璃?今日はゆっくり休めた?
瑠璃は眠っているのか、返事がなかった。仕方なく話すのは諦め、いつものように紅葉川にかかる橋にさしかかると、川面をジッと見つめる同い年くらいの女の子がいた。下を流れる川を泳ぐカモたちを見てるのかなと思いつつ横を通り過ぎた。
可南子が橋を渡りきるくらいに、ちょうど反対に橋を渡ろうとする若い男とすれ違った。人とすれ違うことなど日常なのだが、その時可南子はその男に違和感を感じていた。振り返ると男はまっすぐ川面を眺める女の子の方へ歩いていた。
可南子!逃げて!
瑠璃が叫ぶのと同時に男は女の子の背中に手をかけた。
「だめ!やめて!!」
瑠璃の警告を無視して、可南子は男を止めようと駆け寄った。
可南子!
その時、男の背中の空気が揺らいだ。ちょうど心臓の真後ろくらいに透明な炎が上がったように見えた。
「邪魔をすると、お前を代わりに連れていく」
男の手が可南子に触れようとした瞬間、可南子の前に瑠璃が立ちはだかった。
「それはこちらの台詞よ」
瑠璃の突然の出現に男は一瞬怯んだが、すぐに立ち直り拳を握り締め戦う意志を見せた。男には誰かが憑いている。
「お前は何者だ!」
男の声は体の奥から響くようなくぐもった声で、可南子は背筋に冷水を浴びたようにゾクッとした。
「私?お前に名乗る必要はない。この子に手を出してみろ。後悔することになるぞ…」
可南子が初めて見る瑠璃の姿だった。真っ青な着物を纏い、豊かな髪を金の髪飾りで高く結い上げていた。瑠璃の体からも空気が揺らぐ気が噴き出ていた。
「瑠璃…。やっぱり綺麗…」
「可南子、こんな時に…。私の背中から離れないで」
男に取り憑いている者の姿が徐々に現れてきた。かつては白い着物だったであろう、垢じみてすり切れてしまった着物を纏い、銀色の髪は伸び放題に伸び、櫛を入れていないからか、絡まって薄汚れていた。
「お前のことは知っているような気がする。人間ではないな?大方お前も我と同じ類いの者だろう。なぜ邪魔をする?」
「うるさい!この子に手を出そうとしたからだ!」
今初めて気付いたというような顔をして可南子を見た。
「こんな小娘、なぜ庇う?どこにでもいる娘だ。代わりは幾らでもいるだろう?」
瑠璃の体を覆う気が、急に勢いを増した。
「先ほどの娘はどうせ死のうとしていた。ちょっと手を貸してやろうとしたまでだ。我は魂を手に入れ、この男は命を永らえる。それの何が悪い?」
瑠璃の透明な気が色を持った。金色に輝き、意志を持った蛇のように男に襲いかかった。

その時、橋の向こうから大きな犬が走ってきた。リードの先に中年の男性が必死にぶら下がっている。瑠璃の気が男に届くかに見えたが、男は女の子を自分の盾にしようと肩をつかんだ。犬はそれを阻止しようと間に割って入ってきたのだ。
「うわぁ!」
犬は男の腕に噛みついていた。突然現れた存在に動揺していた男に、今度は中年の男性がタックルした。思いもよらない急襲に、男はもんどり打って倒れた。
瑠璃の気が男の体に届くと同時に、男の体から取り憑いていた者が離れた。すると、中年の男性の体からも白い靄が抜け出て立ちはだかった。
「スサ。どうやってあそこから抜け出た?」
白い靄が次第に形になり、真っ白に輝く着物を着た背の高い男が現れた。
「お前はミコト…。残念だったな。愚かな男が我の封印を解いてしまった」
「ならば再び抑えるまでだ」
突如現れたミコトと呼ばれた男の存在に、瑠璃は明らかに動揺していた。
「ルリ。お前は自分の名前も誰を探していたのかも分からなくなっていたんじゃないか?」
「えっ?なぜそれを」
ミコトは瑠璃を懐かしそうな目で見つめた。
「お前の振る舞いに、私は罰を与えなければならなかったからだ」
「あなたは誰?なぜ私をそんな目で見る?」
「お前はスサの妹。スサとお前は禁を破って一緒になろうとしたのだ」
瑠璃の瞳が驚きのあまり大きくなった。スサと呼ばれた男の姿をその視界に捉えると、信じられないといったように首を振った。
「この男は私の大切な可南子の魂を奪おうとした!私がそんな男を何百年も探し続けたというの?」
「そうだ。お前も同じ事をしていただろう?」
可南子は瑠璃を見つめていた。信じたくないというその気持ちを眼差しに込めて。
「瑠璃…。本当にそんなことをしてきたの?」
「可南子…。ごめんなさい。あなたに近づいたのも魂を奪う為…。でもあなたのことは本当に大好きになってしまった。だからもう、お別れしなくてはならないの。身代わりの魂を捧げられなければ私は彼岸に渡らなければならない。それに会いたかった人は変わってしまった…」
「瑠璃。私、あなたがしたことは許しちゃいけないと思うけど、それでも嫌いにはなれない」
「可南子…。本当にあなたは変わってる(笑)」
「もう瑠璃ったら!…まだ会ったばかりなのに、ほんとにもうお別れなの?」
ミコトが瑠璃の傍らに立った。
「残念だが…。本来ならば私に成敗されなければならなかった身だ。もう一度人の魂を奪おうとしたならば、無理やりにでも彼岸に連れていくと決めていた。私もルリを探していたんだよ」
ミコトがルリを見つめる目には優しさが垣間見えた。
その時、ルリとミコトを見ていたスサは、一瞬の隙をつき身投げをしようとしていた女の子に乗り移った。
「俺がずっと探していたルリ…。お前に会うためにどれだけの時を超えてきたか…」
「その子から離れて」
「お前だって俺に会うためにどれだけの魂を身代わりにしてきた?」
瑠璃はもう自分の為に誰かを犠牲にすることに耐えられなくなっていた。
「離れないなら私があなたを彼岸に連れていく」
「お前には出来ない。おまえは俺に手を出せない」
スサは女の子の体を奪ったまま、霞のように消えた。
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