憎い男

ハジメユキノ

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新しい門出

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もう知ってるとは思ったけれど、香月は自分の口で加東に話そうと思い、事前に連絡もせずに事務所を訪れた。
事務所だった部屋は、看板もなく中はがらんとした空間が広がっていた。
「えっ…」
私はまた信じて裏切られた?
その時、香月は背後に気配を感じ振り返った。そこには、綺麗にひげを剃り、仕立ての良いジャケットを羽織った加東が立っていた。
「事務所は一旦たたむことにしたんだ」
香月は安堵のあまり扉にもたれかかった。
「びっくりさせてごめん。今から連れて行きたい所があるんだ。時間ある?」
香月がうなずくと、加東は自分の腕を取るように言った。

外には、黒いジープチェロキーが待っていた。香月を乗せると加東は車を出した。
しばらく何も話さず、二人は黙って通り過ぎる景色を眺めていた。最初に口を開いたのは香月だった。
「やっと終わったの。知ってると思ったけど、私の口から言いたかったから…」
加東は横顔で優しく微笑み、
「そう…お疲れさま。頑張ったね」
香月は何でか分からないけれど、無性に泣きたくなってしまい、こらえるのが大変だった。
「あなたは大丈夫だった?その、警察とか…」
「ああ、ちゃんと引き際を弁えてるからね。心配はいらないよ」
それを聞いてほっとしたからか、こらえていた涙が後から後からこぼれた。
「君は泣き虫なんだな」
からかうような口調で加東に言われると、香月は、
「誰かさんが心配かけるからでしょう?」
とムッとして口をとがらせた。
「でも、そのおかげで俺は人の心を取り戻したよ」
「今まで心なかったの?」
「ははっ(笑)そこまでじゃないけどね。大事な人を救うために動けたことは、俺にとっても大きな事なんだよってこと」
香月は助手席で一人顔を赤らめていた。

車は郊外の住宅地を通り過ぎ、山の方へどんどん進んだ。
「どこまで行くの?」
かれこれ3、40分は走っただろうか。山間の集落の手前を山に入り、一軒の古民家にたどり着いた。
古いが、手入れは怠っていないと見受けられる素敵な家だった。
「ここが今度の事務所兼住宅」
香月を家の中に迎え入れると、中はすっかりリフォームされて、使いやすそうな空間が広がっていた。
香月は温かな空間に、加東の中身(心)が変わったんだなと感じた。以前の事務所の清潔だけれど無機質な感じではなく、本来の加東がここを選んだように思った。
「ここで一緒に暮らさないか?」
加東は香月に聞いた。
「ここなら君の職場にも通えるし、俺も仕事の時は同じ町にいられる。どうかな?」
香月は何も言わず加東の顔を見つめた。また一粒涙が目から溢れた。
「私…私でいいの…?」
加東は優しい目をして、
「君じゃなきゃ。俺は君がいい。これから先、死ぬまで一緒にいたいのは香月、君だけだ」
加東は香月を抱きしめると、
「お願いだ。俺のそばにいてくれないか?」
香月は加東の腕の中で声を上げて泣いていた。まるで子どものようにしゃくりあげて…。
「はい。私もあなたとずっと一緒にいたい…」
二人は外が暗くなるまで、お互いに体を離そうとはしなかった。
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