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翳る月⑥
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午前4時を過ぎ明け方が近くなった頃、弘樹の家の外に車が停まる音がした。ドアフォンを押すのも憚られる時間だったからか、秀人から「着いたよ」とラインが届いた。
「智也、先生来たろ?」
迎えに来てくれた秀人がもうすぐそはに来ているのが分かっていても、智也は動くことが出来なかった。
「おい、智也。大丈夫か?お前、顔真っ青だぞ?」
「だって俺……合わせる顔ないよ。」
自分を責め続ける智也を見て、弘樹は二人の繋がりの強さに驚かされていた。だからこそ、こんな事で駄目になるなんて勿体ないし、そんなの絶対に間違ってると思った。
「お前…本当に先生が大切なんだな。でも、よく考えてみろ。お前の弱い所ばっかり狙われて、あんな写真送ってこられたりしたら誰でも疑っちゃうって。お前のことは俺もよく知ってる。大丈夫だ。先生に来てもらうからな?」
「え、でも……。」
智也に構わず、弘樹は玄関を開けた。すぐそこに秀人がいるのに、智也は足が竦んで動けなかった。
「智也……。」
やっと止まった涙がまた流れていた。
「ごめ…ごめんなさい……。」
弘樹の目の前だったが、秀人は智也を抱きしめていた。弘樹は奥に引っ込み、見ないふりをしていてくれた。
「智也が謝る必要ないよ。」
バリトンの低い声が心にストンと落ちてきた。空っぽだった心に、温かいものが流れ込んでくるのが分かった。
「ごめんね、智也……。でも、何度でも言うけど、片桐に似てるって思ったのはホントの最初だけだ。初めて智也を見た時だけ。」
「うん…。俺……何回も聞いてたのに……ごめ……。」
「もう謝らないで?ショックだったよね?僕がもっとしっかりしてれば……。」
二人がお互いを想うあまりに話が全く前に進まない状況に、焦れた弘樹が口を挟んだ。
「もう!二人とも!!先生も智也も悪くないんだから、もうおしまい!!!」
弘樹は我慢できなくなって二人を叱った。
「先生。先生は古い友人だったから、ただ一緒に飯食ってただけでしょ?智也だってあんな写真見せられて、言葉巧みに煽られたら……そりゃ冷静でいられなくなるって!……大体、悪いのは片桐ってヤツだろ?」
秀人は智也を胸に抱えながら、我に返ったようで苦笑いしていた。
「そうだよね…。弘樹くんの言うとおりだ。」
「先生。あとは任せるからね!こんな奴だけど、智也は俺にとっても大事な友達だから……。頼むよ!」
「もちろん!任せて下さい(笑)」
「こんな奴だけどって!」
むくれる智也に、秀人も弘樹も笑っていた。
「手がかかる奴でスミマセン(笑)」
「そこがいいんですよ(笑)」
「ちょっと!!」
二人してドサクサに紛れて俺のことバカにして!
「じゃあ…お暇させて頂きますか(笑)」
「ほんと!とっととお帰り下さい(笑)」
「お前、ホントに失礼!!」
泣き腫らした顔で、でもやっといつもの智也らしくプリプリ怒る元気が出てきたのを見て、秀人は内心ホッとしていた。あとは……僕の番だ。
+++
硝子張りの素敵な内装のカフェからは、少し色づき始めた街路樹の紅葉が美しい借景になっている。カウンターからは、パリッとした白いシャツを着たバリスタがネルドリップで淹れるコーヒーの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
そんな穏やかな昼下がり、そこに秀人と柊生が向かい合って座っていた。日常の一コマに見える二人は、これから相手がどう出てくるのか、腹の探り合いをしていた。
「秀人から連絡くれるなんて、嬉しいね(笑)」
柊生は本当に嬉しそうに笑っていた。
颯爽と仕立ての良いスーツを着こなし柔らかく微笑むこの男が、本当に僕とのハメ撮りと匂わすような写真を撮り、俺のパートナーに送りつけただけでなく大事な彼を傷つけるような真似をしたのか……。俄には信じられなかった。
「柊生。僕はね、今日君にお別れを言いに来たんだ。」
「秀人。悪い冗談は止めてよね(笑)。俺、本気だから……。」
僕の目の前に座っているかつての想い人は、そんな事を平気でする人間だったんだろうか?
僕が知っていた柊生は、いつもみんなの真ん中にいる太陽みたいな存在だった。優しくて頭もよく、そして格好いい。みんなが憧れるような人。僕も憧れていた。その気持は、友達の枠を超えてしまいそうな位に……。
「本気で僕を想ってるって?僕に薬を盛って眠らせて、あんな写真を撮っておいて?」
「秀人は疲れてたんだってば!俺がそんな事すると思う?」
僕は柊生に血液検査の結果の紙を見せた。そこには微量だが睡眠薬の反応が出たことが記されていた。
「すぐ警察に行って被害届を出した。智也に送りつけた写真ももちろん見せたよ。自分のもの以外の体液が僕の体に付着してた。拭き取ったって痕跡はちゃんと残るんだよ。」
「へぇ……。秀人は俺を売るんだ(笑)。俺はお前の友人なのに……。」
「柊生……。僕も話を聞くまでは君を友人だと思っていたよ。でも君は友人だと思っていた僕に薬を盛った。眠らせてあんな写真を撮るだけじゃなく、僕の大事な人に送りつけて酷いことを言ったんだ……。」
柊生は変わってしまったんだろうか?
今更僕に近づいてきて、僕をまるで自分のもののように扱おうとした。
何故なんだ?君は幸せに暮らしていたんじゃなかったのか?
「彼女はどうしているんだ?君は幸せに暮らしているんだとばかり思っていたよ。」
かつての妻のことを聞かれ、柊生は苦いものを噛んだときのように顔を顰めた。
「別れたよ。あの女は俺を裏切ったんだ。俺は大事にしてたのに……。」
結婚当初から妻はずっと他の男と寝ていたと柊生は言った。俺と結婚したのは、惜しかったからだと。見てくれがよく、お金持ちで、楽して暮らせると思ったからだって……。
「全然分からなかったよ。ずっと裏切られてきたなんて……。子供も欲しがらなかった。俺は欲しかったのに……。」
「柊生……。」
「女はもう懲り懲りだ。平気で嘘をつく。すぐ面倒なことを言い出すしな(笑)」
それから誰彼構わず関係を持ってきたと言った。恋人なんか作ろうとは思わなかったと。
「男も女も…あそこの具合は変わんないんだよ。むしろ、男のほうが締りが良くてヤッてて堪んないくらいだし(笑)」
笑う顔が怖かった。
誰も信じない。そう冷たい瞳が言っているようだった。
でも、だからといって僕と智也の間を引き裂こうをするのは許せなかった。
「柊生。実は僕、彼女にも話を聞いたんだ。何故…別れたのかって……。」
「は?何勝手なことを……。」
「彼女は辛かったんだと…言ってたよ。」
「な!何が辛いだ!俺を裏切ってたくせに!!」
「本当に裏切ってしまったのは、一度だけだったと。ずっと子供が出来なくて、それを柊生……お前の両親にずっと責められていたんだと。でも、柊生にはそれを言えなかったんだって……。」
「どういう事だ!あいつは子供なんかほしくないって……。俺と二人だけがいいって……。」
「柊生。子供が出来なかったのは、彼女の体に問題があったからじゃなくて、柊生の側にあったんだ。でも、彼女は柊生には伝えなかった。伝えられなかったって……。」
柊生の体が震えていた。目を真っ赤にして僕を睨んでいた。
「嘘だ!あいつは子供を欲しがらなかった!俺は…俺はずっと欲しかったんだ!あいつは他の男と寝ていたんだぞ!それに、うちの両親があいつを責めるなんて……。」
カフェの中だということを忘れて、柊生は席を立って僕に向かって叫んでいた。ハッと我に返り、静かに席に座った。
「柊生。多分彼女は君が思っているよりも君を愛していたんだよ。だからこそ…言えなかった。だから……自分が悪者になれば柊生を傷つけずに済むと思ったんだろう……。」
「そんな……。そんな事あるわけ……。」
不妊治療をしていた時のことを思い出していた。体外受精をするための精液を採取した後、何度めかの通院の時に妻は俺に言った。「もう止めようよ。二人だって幸せになれる。」って。
俺はどうしても諦められなくて、それから何度も病院に通った。でも、妻は全然乗り気じゃなく、俺達の間はギクシャクしていった……。
あれは、妻の体じゃなく俺の精子に問題があったから……。
「医者はそんな事言わなかった……。」
「彼女が言わないで欲しいってお願いしたそうだ。」
「……。」
柊生の目から冷ややかな影が無くなっているように見えた。
「秀人……。それが本当なら……俺は取り返しのつかないことを……。」
俺は今まで何を見ていたんだ?俺は妻に裏切られたと思い、その鬱憤を晴らすためにセックスの相手を探し、快楽に身を委ねてきた。そんな時、かつて俺を好きだった秀人が有名になり、しかもパートナーがいることを世間に公表した。俺は、それなら秀人を手に入れてその体を俺のものにしてやろうと画策した。パートナーとの仲を引き裂いて、秀人を俺のセックスの相手にしてやろうと……。喜んで抱かれるだろうと思っていた。俺のことを好きだったんだから……。
「柊生?辛くてもこれは事実だ。彼女から検査結果も見せてもらった。……残念だけど、君には子供を作れない。」
僕は柊生の様子をテーブルを挟んだ距離から見ていた。あんなに居丈高だった柊生が、目に涙を溜め頭を抱えて下を向いていた。しばらくその体勢のまま動かなかった柊生の肩が小刻みに震え始めた。テーブルにぼたぼたとシミが出来ていった。
柊生は声を殺して…泣いていた。
「ごめん…秀人。本当に申し訳ないことを……。」
呟くように柊生の口から後悔の言葉が溢れてきた。まるで憑物が取れたように、肩を震わせ続けた。
秀人はかつての友人にハンカチを差し出した。柊生はそれを受け取り、涙を拭って秀人を見た。
「柊生。君に昔のままの君が残っていて良かった……。君は僕のあこがれの人だったんだからね。」
「秀人…俺を許さなくていい。俺は…最低の男だから……。」
まっすぐ僕を見つめる柊生は、かつての光を少し取り戻しているように見えた。
「彼女…葉子さんは、柊生を心配していたよ。必要以上に傷つけてしまったこと。一度とはいえ、柊生を裏切ってしまったこと。本当にごめんなさいって……。」
「秀人……。君は相変わらず優しい男だな(笑)。本当に申し訳ない。これから警察に行くよ。自首って言うのか?これも……(笑)」
秀人は笑った。
「柊生。被害届を出したってのは嘘だよ。検査結果も作り物だ。でも、君はちゃんと自分のしたことを認めてくれた。」
「秀人……。」
「それだけで十分だ。葉子さんの話は本当だよ。彼女と会って話した。彼女の持っていた検査結果は作り物じゃない。本物だ。」
「そうか……。俺はまんまと嵌められたって訳だ。でも…ありがとう。おかげで自分を取り戻せそうだ。」
「うん。僕はそろそろ失礼するよ。僕の代わりに君に話があるっていう人を呼んであるからね(笑)」
柊生の肩に力が入ったのが分かった。
「柊生。ちゃんと話し合ってね?それと……。こんな事、二度目はないからな。智也を傷つけるような真似をしたら今度こそ許さない。彼は僕の一番の弱点であり、強みでもある。智也がいるから僕はこうして君と対決出来た。彼がいなかったら今の僕はないんだ。僕が愛してるのは智也だけだ。誰も僕らを引き裂くことは出来ないからな。」
白旗を揚げるように柊生は両手を挙げた。
「流石に俺もこれ以上人でなしにはなりたくない。もう二度と会ってくれないだろうけど、俺はもう大事な友人を傷つけるような人間にはならないよ。」
そして、立ち去ろうとする僕に深々と頭を下げた。
「いつか…智也が許してくれたら、柊生に会いに行くよ。その時には……酒に薬、盛らないでくれよ(笑)」
後ろはもう振り返らなかった。柊生がどんな顔で僕を見送っているのか。
そんな事より、僕は早く智也が待ってる僕らの家に帰りたかった。この腕に智也を抱きしめて、智也を安心させてやりたかった。
「智也、先生来たろ?」
迎えに来てくれた秀人がもうすぐそはに来ているのが分かっていても、智也は動くことが出来なかった。
「おい、智也。大丈夫か?お前、顔真っ青だぞ?」
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「え、でも……。」
智也に構わず、弘樹は玄関を開けた。すぐそこに秀人がいるのに、智也は足が竦んで動けなかった。
「智也……。」
やっと止まった涙がまた流れていた。
「ごめ…ごめんなさい……。」
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「智也が謝る必要ないよ。」
バリトンの低い声が心にストンと落ちてきた。空っぽだった心に、温かいものが流れ込んでくるのが分かった。
「ごめんね、智也……。でも、何度でも言うけど、片桐に似てるって思ったのはホントの最初だけだ。初めて智也を見た時だけ。」
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「もう謝らないで?ショックだったよね?僕がもっとしっかりしてれば……。」
二人がお互いを想うあまりに話が全く前に進まない状況に、焦れた弘樹が口を挟んだ。
「もう!二人とも!!先生も智也も悪くないんだから、もうおしまい!!!」
弘樹は我慢できなくなって二人を叱った。
「先生。先生は古い友人だったから、ただ一緒に飯食ってただけでしょ?智也だってあんな写真見せられて、言葉巧みに煽られたら……そりゃ冷静でいられなくなるって!……大体、悪いのは片桐ってヤツだろ?」
秀人は智也を胸に抱えながら、我に返ったようで苦笑いしていた。
「そうだよね…。弘樹くんの言うとおりだ。」
「先生。あとは任せるからね!こんな奴だけど、智也は俺にとっても大事な友達だから……。頼むよ!」
「もちろん!任せて下さい(笑)」
「こんな奴だけどって!」
むくれる智也に、秀人も弘樹も笑っていた。
「手がかかる奴でスミマセン(笑)」
「そこがいいんですよ(笑)」
「ちょっと!!」
二人してドサクサに紛れて俺のことバカにして!
「じゃあ…お暇させて頂きますか(笑)」
「ほんと!とっととお帰り下さい(笑)」
「お前、ホントに失礼!!」
泣き腫らした顔で、でもやっといつもの智也らしくプリプリ怒る元気が出てきたのを見て、秀人は内心ホッとしていた。あとは……僕の番だ。
+++
硝子張りの素敵な内装のカフェからは、少し色づき始めた街路樹の紅葉が美しい借景になっている。カウンターからは、パリッとした白いシャツを着たバリスタがネルドリップで淹れるコーヒーの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
そんな穏やかな昼下がり、そこに秀人と柊生が向かい合って座っていた。日常の一コマに見える二人は、これから相手がどう出てくるのか、腹の探り合いをしていた。
「秀人から連絡くれるなんて、嬉しいね(笑)」
柊生は本当に嬉しそうに笑っていた。
颯爽と仕立ての良いスーツを着こなし柔らかく微笑むこの男が、本当に僕とのハメ撮りと匂わすような写真を撮り、俺のパートナーに送りつけただけでなく大事な彼を傷つけるような真似をしたのか……。俄には信じられなかった。
「柊生。僕はね、今日君にお別れを言いに来たんだ。」
「秀人。悪い冗談は止めてよね(笑)。俺、本気だから……。」
僕の目の前に座っているかつての想い人は、そんな事を平気でする人間だったんだろうか?
僕が知っていた柊生は、いつもみんなの真ん中にいる太陽みたいな存在だった。優しくて頭もよく、そして格好いい。みんなが憧れるような人。僕も憧れていた。その気持は、友達の枠を超えてしまいそうな位に……。
「本気で僕を想ってるって?僕に薬を盛って眠らせて、あんな写真を撮っておいて?」
「秀人は疲れてたんだってば!俺がそんな事すると思う?」
僕は柊生に血液検査の結果の紙を見せた。そこには微量だが睡眠薬の反応が出たことが記されていた。
「すぐ警察に行って被害届を出した。智也に送りつけた写真ももちろん見せたよ。自分のもの以外の体液が僕の体に付着してた。拭き取ったって痕跡はちゃんと残るんだよ。」
「へぇ……。秀人は俺を売るんだ(笑)。俺はお前の友人なのに……。」
「柊生……。僕も話を聞くまでは君を友人だと思っていたよ。でも君は友人だと思っていた僕に薬を盛った。眠らせてあんな写真を撮るだけじゃなく、僕の大事な人に送りつけて酷いことを言ったんだ……。」
柊生は変わってしまったんだろうか?
今更僕に近づいてきて、僕をまるで自分のもののように扱おうとした。
何故なんだ?君は幸せに暮らしていたんじゃなかったのか?
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かつての妻のことを聞かれ、柊生は苦いものを噛んだときのように顔を顰めた。
「別れたよ。あの女は俺を裏切ったんだ。俺は大事にしてたのに……。」
結婚当初から妻はずっと他の男と寝ていたと柊生は言った。俺と結婚したのは、惜しかったからだと。見てくれがよく、お金持ちで、楽して暮らせると思ったからだって……。
「全然分からなかったよ。ずっと裏切られてきたなんて……。子供も欲しがらなかった。俺は欲しかったのに……。」
「柊生……。」
「女はもう懲り懲りだ。平気で嘘をつく。すぐ面倒なことを言い出すしな(笑)」
それから誰彼構わず関係を持ってきたと言った。恋人なんか作ろうとは思わなかったと。
「男も女も…あそこの具合は変わんないんだよ。むしろ、男のほうが締りが良くてヤッてて堪んないくらいだし(笑)」
笑う顔が怖かった。
誰も信じない。そう冷たい瞳が言っているようだった。
でも、だからといって僕と智也の間を引き裂こうをするのは許せなかった。
「柊生。実は僕、彼女にも話を聞いたんだ。何故…別れたのかって……。」
「は?何勝手なことを……。」
「彼女は辛かったんだと…言ってたよ。」
「な!何が辛いだ!俺を裏切ってたくせに!!」
「本当に裏切ってしまったのは、一度だけだったと。ずっと子供が出来なくて、それを柊生……お前の両親にずっと責められていたんだと。でも、柊生にはそれを言えなかったんだって……。」
「どういう事だ!あいつは子供なんかほしくないって……。俺と二人だけがいいって……。」
「柊生。子供が出来なかったのは、彼女の体に問題があったからじゃなくて、柊生の側にあったんだ。でも、彼女は柊生には伝えなかった。伝えられなかったって……。」
柊生の体が震えていた。目を真っ赤にして僕を睨んでいた。
「嘘だ!あいつは子供を欲しがらなかった!俺は…俺はずっと欲しかったんだ!あいつは他の男と寝ていたんだぞ!それに、うちの両親があいつを責めるなんて……。」
カフェの中だということを忘れて、柊生は席を立って僕に向かって叫んでいた。ハッと我に返り、静かに席に座った。
「柊生。多分彼女は君が思っているよりも君を愛していたんだよ。だからこそ…言えなかった。だから……自分が悪者になれば柊生を傷つけずに済むと思ったんだろう……。」
「そんな……。そんな事あるわけ……。」
不妊治療をしていた時のことを思い出していた。体外受精をするための精液を採取した後、何度めかの通院の時に妻は俺に言った。「もう止めようよ。二人だって幸せになれる。」って。
俺はどうしても諦められなくて、それから何度も病院に通った。でも、妻は全然乗り気じゃなく、俺達の間はギクシャクしていった……。
あれは、妻の体じゃなく俺の精子に問題があったから……。
「医者はそんな事言わなかった……。」
「彼女が言わないで欲しいってお願いしたそうだ。」
「……。」
柊生の目から冷ややかな影が無くなっているように見えた。
「秀人……。それが本当なら……俺は取り返しのつかないことを……。」
俺は今まで何を見ていたんだ?俺は妻に裏切られたと思い、その鬱憤を晴らすためにセックスの相手を探し、快楽に身を委ねてきた。そんな時、かつて俺を好きだった秀人が有名になり、しかもパートナーがいることを世間に公表した。俺は、それなら秀人を手に入れてその体を俺のものにしてやろうと画策した。パートナーとの仲を引き裂いて、秀人を俺のセックスの相手にしてやろうと……。喜んで抱かれるだろうと思っていた。俺のことを好きだったんだから……。
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呟くように柊生の口から後悔の言葉が溢れてきた。まるで憑物が取れたように、肩を震わせ続けた。
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「柊生。君に昔のままの君が残っていて良かった……。君は僕のあこがれの人だったんだからね。」
「秀人…俺を許さなくていい。俺は…最低の男だから……。」
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「秀人……。君は相変わらず優しい男だな(笑)。本当に申し訳ない。これから警察に行くよ。自首って言うのか?これも……(笑)」
秀人は笑った。
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白旗を揚げるように柊生は両手を挙げた。
「流石に俺もこれ以上人でなしにはなりたくない。もう二度と会ってくれないだろうけど、俺はもう大事な友人を傷つけるような人間にはならないよ。」
そして、立ち去ろうとする僕に深々と頭を下げた。
「いつか…智也が許してくれたら、柊生に会いに行くよ。その時には……酒に薬、盛らないでくれよ(笑)」
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