パーティーを追放されてもふもふを拾ったら魔王に溺愛されました

吉桜美貴

文字の大きさ
30 / 54
本編

30. 和平の使者は

しおりを挟む
 和平の使者は「アウロス」と名乗り、二人の従者を連れていた。
 一人は屈強な戦士。もう一人は火術師だ。いずれも腕はまあまあだが、暇つぶしにもならないだろう、というのがデスアトラムの率直な感想だった。術師は魔力が弱すぎるし、戦士は術対策をしてなさすぎる。
 案内された洞窟の奥に足を踏み入れた瞬間、やはりはかられたか、とデスアトラムは悟った。
 とっさに魔力を全解放し、冥焔爆裂イグニス・テネブリス・デストルオで洞窟ごと吹き飛ばそうとした。アウロスと戦士と術師もろとも。
 だが、わずかに罠の魔法陣の発動のほうが早かった。
 ビシッ! と、己の魔力が無効化されたのがわかった。まるでこの場が凍てついたような感覚。
 罠だとは知っていたが……極反魔顛石きょくはんまてんせきか。これはまずいかもしれん……
 デスアトラムの思考は瞬時に分析と離脱へと切り替わる。
 唯一の誤算は古代遺物の存在だ。交渉材料として提示された「王家の所有する遺物」が、まさか魔力を逆転させる、極反魔顛石だったとは……
 極反魔顛石の効果は石の範囲内にいる者の魔力を逆転させる……強き者は弱く、弱き者は強くなる。つまり、デスアトラムの強大な魔力はほぼゼロになり、術を使えない戦士の魔力は無限大になる。
 魔力が無限大になったとて、使う術《すべ》を知らなければ脅威ではない。このトラップの目的はデスアトラムを無力化させることだ。
 もちろん和平交渉は嘘である。遺物が封印された地へ案内するという話も嘘。封印を解いて遺物を譲り渡す約束も嘘。
 すべてトラップを仕掛けた場所へ誘導するための嘘だ。
 すでに勇者と戦士は鞘から剣を抜き、火術師の女は詠唱を始めている。
 離脱できずに死ぬ確率が七五パーセント、離脱できても死ぬ確率が二〇パーセント、離脱も生存も成功するのは五パーセント、といったところか。
 デスアトラムも腰の長剣をすらりと抜き、片手上段に構える。剣術は得意ではないが、こんな薄汚い策をろうする青二才に屈するほど脆弱ではない。眼球だけ動かし、退路への動線と勇者と戦士の位置を確認し、火術の詠唱を把握した。
 ……いや。我の腕を一本犠牲にすれば、八パーセントぐらいにはなるか?
「魔王デスアトラム! 神の正義の名において貴様を討つ! これは王命であり、人類の希望を守るためであり、世界の願いだ!」
 アウロスが声高に宣言し、戦士と共に襲いかかってきた。
 この、腐れ外道がっ……!
 ぶん回された戦士の剣を、腰をかがめてかわし、振り下ろされた勇者の刃を、渾身こんしんの力で弾き返す。
 ガッキィンッ!
 金属音が洞窟内に反響し、勇者は尻もちをついた。
 反動で振り上がった剣で、そのまま勇者の頭蓋を叩き割ろうとした、そのとき。
炎蛇縛鎖イグニス・セルペンティス・オブストリンゴッ!」
 火術師の甲高い声とともに、真横から燃え盛る炎の蛇が螺旋らせんを描きながら迫り来た。
 これは灼熱の炎の縄で敵を縛り上げ、自由を奪う、高位火術だ。極反魔顛石のせいでとんでもない威力になっている。
 恐らく予行演習を重ね、魔力量を調整してきたんだろう。火術師の魔力が非常に弱かったのは、石の反転により大きな魔力を得るためだ。
 デスアトラムは体を傾け、剣を握っていないほうの左腕を突き出し、炎の蛇をうまく巻き取ることに成功した。当然ながら左腕は全焼し、肉の焦げる異臭が鼻を突く。
「うぐっ……!」
 ……熱い。
 が、仕方ない。全身を縛られて焼かれるよりマシだ。
 炎蛇縛鎖はうまく扱えばダメージを抑えられる。片腕か、片足かのどちらかを失うことになるが、背に腹は変えられない。
 背後から、戦士が斬りかかってきた。
「うおりゃあっ!」
 振り向きざま、右手の剣で受けとめる。ふらついた戦士の腹に鋭く蹴りを入れ、うしろへ吹っ飛ばす。
 同時に、くびを狙ってきた勇者の剣を、紙一重でかわした。崩れた体勢を生かして長剣を振りかぶり、勇者の手首目がけて、一閃。
「待てぇ! ごるぁっ!」
 背後から戦士にタックルされ、軌道が少しずれた。刃は勇者の指を一本、跳ね飛ばす。
「ぐわあぁぁぁっ! ゆびっ! 俺の指があぁぁっ……」
 ……くそっ。指一本だけか……
 素早く飛び退き、戦士の腕から逃れる。間髪を入れず、体を高速回転させ、遠心力で後ろ回し蹴りを放つ。戦士の太い頸にヒットし、戦士はよろめいた。
 今の斬撃で勇者を捉えられなかったのは痛恨だ。恐らく、これが最後の勝機だった。
「おいっ! 剣術は弱いはずじゃなかったのかよ!? 話が違うだろうがっ!」
 なにを血迷ったのか、勇者は火術師にキレている。
「知らないわよっ! そういう噂があったってだけ! 調査は禁止されてるんだから、調べようがないでしょっ!」
 なんだ? 内輪揉めか?
 などと考える間もなく、戦士は力任せに剣を振り回してくる。
 勇者は目を地走らせて怒鳴った。
「魔王め! 絶対殺してやるっ!」
炎蛇縛鎖イグニス・セルペンティス・オブストリンゴッ!」
 デスアトラムは深呼吸し、右手だけで長剣を構えた。
 形勢は圧倒的に不利だ。もはやジリ貧である。
 術防御ができないため、火術をノーガードでまともに喰らってしまうのも耐えがたい。
 最終的にデスアトラムは、炎蛇縛鎖で動きを封じられた上に全身を焼かれ、勇者と戦士に滅多刺しにされた。
 戦闘中、極反魔顛石の魔法陣をどうにか解呪しようと試みたが、残念ながら間に合わなかった。
「……くっ……!」
 撤退を余儀なくされ、血まみれになりながら洞窟の外へ出て、崖から飛び降りた。
 敗因はいろいろある。魔力に依存しすぎた。武力も低くはないつもりだが、上級戦士クラス二人を相手に片腕だと苦戦はまぬがれない。
 そして、人間を舐めていた。長らく隠遁いんとんしていたせいで、こいつらのしつこさと狡猾こうかつさとずる賢さを忘れていた。
 古代文明をもっと警戒すべきだった。まるでファンタジーのような、想像をはるかに超えた、とんでもアイテムが存在する。そんな反則技を持ち込まれたら、太刀打ちできない。遺物専用の対策が必要だった。
 つまり、人間に敗れたのではなく、古代文明の超技術に敗れたのだ。
 古代文明め……! どこまでも我の生を狂わせるっ……
 死ななかったのは、極反魔顛石の効果範囲から逃れた瞬間、魔力を全解放し、寿命と引き換えに左腕を蘇生し、命を繋ぎとめる闇術を発動したからだ。余計な魔力消費を抑えるため、幼獣に姿を変え、崖から転がり落ちながらギリギリの生命線だけは繋いだ。
 それでも瀕死ひんしだった。どうにか死にはしなかったが、魔力も枯渇し、生命力もついえていた。
 生きのびたところで、ふたたび人間にしつこく追い回され、望んでもいない王権の悪事の片棒を担がされるだけか。
 魔王は物語の悪役である。いつか倒される運命にある。
 心のどこかで、もう滅してもいいかとあきらめもあった。
 もう生きることに飽きたのだ。

   ◇ ◇ ◇

 デスアトラムは地面に激突する直前、最後の力を振り絞り、闇術の影遁黒歩《ウンブラ・トランシトゥス》を使い、影から影へと渡った。
 さらに遠い影へ、さらに遠くの影へ……と繰り返す。
 アウロスたちが追跡できないほど遠い森に着くと、そこでバタリと倒れた。
 もう魔力はほとんど残っていない。
 罠にめて騙し討ちとは……
 ゴミのような人間どもめ……
 これまでずっと人間を殺さずにきたのはただの慈悲だ。そして、暴力を嫌うヴィアゴへの敬意だった。
 それをこんな形で返すとは……
 次に我が前に現れたら、子々孫々まで根絶やしにしてくれるわ……
 人間に対する憎悪ばかりが募る。
 こんなところで血まみれで倒れていたら、森のオオカミか猛禽類か魔物に喰われてしまう。わかっていたが、もう指一本動かせなかった。
 もはやこれまでか……
 それから、どれぐらい経ったんだろうか。
 ぐったりしていると、何者かが近づいてくる気配がした。
 ……人間だな。
 人間はすぐ傍までやってきて足を止めた。どうやらこちらの存在に気づいたらしい。
 女か……。魔力持ちだな……
 デスアトラムは魔力探知能力が異様に高い。特に術を使わなくても、他人の思念をある程度読み取ることができる。読み取るというより、流れ込んでくるイメージだ。音が聴こえたり、匂いを嗅いだりするのと同じように。
 読み取ったところで、ほとんどが言語化できないような雑多な思念ばかりだが。
 一種の精神感応者テレパスと言い換えられる。ただ、受信のみの一方通行で、こちらの思念を相手に伝えることはできない。
 この女にトドメを刺されるかもしれない、という予感がしたが、デスアトラムはまぶたを開けることさえできなかった。
 もう死の淵に立っていたのだ。
 女の思念が流れ込んでくる。
――きゃわわわわわ❤️
 ……? ……きゃわ? 何だ?
――もっふもふの毛玉みたい!
 ……もふ??? 何だ? 知らない言語だな。
 長らく隠遁していたせいだろうか。人間界の言語が理解できない。
 女から殺意はまったく感じられなかった。殺意どころかむしろ真逆の、底抜けに明るく能天気な魔力が伝わってくる。
 女はそっとデスアトラムを抱き上げた。
 ……待て。この女、どこかで……?
 非常に既視感のある魔力の流れだ。いつか、どこかで、こんな魔力の人間に遭遇したことがあるような……
 思い出そうとすればするほど、記憶は曖昧になり、遠のいてしまう。
 歯がゆさを抱えながら、デスアトラムの意識は深く沈んでいった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

急に王妃って言われても…。オジサマが好きなだけだったのに…

satomi
恋愛
オジサマが好きな令嬢、私ミシェル=オートロックスと申します。侯爵家長女です。今回の夜会を逃すと、どこの馬の骨ともわからない男に私の純潔を捧げることに!ならばこの夜会で出会った素敵なオジサマに何としてでも純潔を捧げましょう!…と生まれたのが三つ子。子どもは予定外だったけど、可愛いから良し!

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

処理中です...