水と鏡と夢の世界

柿澤 陽花

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第一章 一つの小さく、大きな偽り

第5話 吐露した心の欠片

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 ユリーファの手に薔薇のトゲが刺さり、血がにじむ。しかし、今はそんなことはどうでもよかった。

 ただひたすらに走り、一階の誰も使わない『清掃中のトイレ』の前に着いた。ここは、様々な学園の不思議事件が起こると言われている場所。誰も置いていないのに、ずっと『清掃中』の看板が置かれている。誰かが仕舞っても、気づけばまた置かれていることがしばしばである。例えば、ここを無理に使用しようとすると、いきなり事故にあって入院しなくてはならなかったり、転校することになったりと、近づけなくなる。他にも、鏡に自分以外の顔が写るとか、誰かの泣き声が聞こえるとか、本当かどうか怪しいことも言われている。

 今のユリーファには、そんなことはどうでもよくて、ただ一人になりたくて安易に『清掃中のトイレ』に踏み込んだ。もちろん、今日も『清掃中』である。

「どうして、こうなっちゃうかな!?」
ミアルの前で堪えた言葉が吐露された。ただこれだけでは済まず、 涙も溢れてきた。
「私、信じたのに。ミアルだけは、ちゃんと理解してくれてると思ったのに。ラフムやクロウにも言えなかったことも言えたのに。笑ってたのに、喜んでるって思ってたのに、本当は嘘で、ミアルはそうは思ってなくて、なんで…なんで私だけ取り残されるの。なんで嘘つくの。どうして、私を一人にするの。ただ笑ってほしくて、そばにいて欲しいだけなのに。お母さん、お父さんのように皆離れていってしまう…。私の…せいだよね…、私は、どうすれば…いいの。どうすれば、よかったの…?」

 足の力が抜けて、床に膝をついた。刹那、手からするりと青い薔薇が落ちた。


『家に帰ろうよ。返事をしてよ!お母さん!お父さん!!』

 雨に奪われ消えていき、もう戻らないと悟っていたぬくもりの感触を、手はまだ忘れられていない。あの日を思い出す度にまだ癒えていない傷に気づく。


「ああ、なんて顔してんだろ。叔母様に見られたら、また叱られるだろうな。…ずっとヘラヘラとでも笑っていれたら、いいのに」
 右手で鏡の自分の頬に触れてみた。
 刹那、鏡に指、手と吸い込まれていった。

「えっ!?」
 ここは、『清掃中のトイレ』。誰にも気づかれることなく、ユリーファは消えてしまった。


 一輪の青い薔薇を残して…
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