北大陸のアーヘルゼッヘ

ふみはなえ

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17.家人が護衛を兼ねている

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警邏の男は、まじめな顔でうなずいて、
「それでは、しばらくここで過ごさせて見せてください。結果次第では、隊長への仕返し方法を黙秘で検討いたしましょう」
「黙秘ねぇ」
と言って、首の後ろに手をやって凝りをほぐした。

テラスのエントランスから駆け降りてきた家人が二人立っていた。

階段の下で、二人の話が終わるのを待っている。前衣を五組みの色鮮やかなひもで留めた、体にピタリとしたまっ白い服を着ていた。

ベルトも帯もない服は、長く、裾は四片に割れている。裾からは、色鮮やかな織生地のタイツのようなズボンが見える。足にはバックルを留め、爪を縫っている。しかし素足だ。

真っ黒の目に真っ黒の髪で、ぴたりと頭の形を見せるように結いあげた髪は、服もそうだが、髪も男女同じにするものらしい。町の人間と全く別の人種がそこに立っていた。

彼らは、黙って静かにただ立っているだけのように見えた。しかし、どこにも力が入っていない、いつでも動き出せるような隙のない姿に見えた。

チウは、家人が待っているのを気にも止めずにぶつぶつ続ける。

「君たちが、アゼルに隠しごとができるとは思えんよ。君を全然信じられないのだから、取引にはならない。私が逃げないと言っていても、信じてもらえないのと同じだろうがね」
「……。」

男は、自分の上司と対等な男の愚痴を、賢明にも黙って聞き流した。

目は伏せたまま、くぼんだ窪みが表情を隠してしまう。が、アーヘルゼッヘは、楽しんでいる警邏の気配を感じていた。チウとのやり取りを、苛立っているようにはみえなかった。だから、つい、
「私は逃げない」
と言った。

言ってから、妙なことに気がついた。彼らは、アーヘルゼッヘが逃げるかどうか心配しているのではなかった。チウが逃げるのではと心配していたのだ。

「チウ殿も逃げないとおっしゃっている」
「それでも警護は必要なんです。ここには、遮蔽物が何もない」
「人間、音探知機ならいるぞ」
とチウが言った。失礼な言い方で、アーヘルゼッヘはむっとした。が、アーヘルゼッヘことではなかったようだ。

「閣下の家人が護衛を兼ねているのも存じています。しかし、それでも、四方から同時に襲えるこの屋敷では心もとないのです」
「だから、町中に屋敷を用意しろと言ったではないか」
「あなたの場合は町中の方が危ないでしょう。まさか、方々が現れるとは隊長も思っていなかったのです」
そう言ってから、まじめな顔で、
「今からでも遅くありません。方々を我々は丁重におもてなしいたします。アゼル隊長の警邏隊に捕縛されている者を襲う人間は、この町にはいません。ですから、どうぞ、こちらへ」
と言って、アーヘルゼッヘを見た。チウはかたくなに首を横に振った。

「閣下? 隊長を信じていらっしゃらないのですか?」
と少しいらだったような声だった。しかし、チウは、首を横に振ってから、
「ソン。アーヘルゼッヘはご令嬢だ。たぶん、南のどの大陸にいる人間よりも深層の宮殿で育てられたお姫様だ。柵のついた部屋へ入れるわけにはいかない」
と言った。

 アーヘルゼッヘは、首を横に振った。
「北に王宮はありません。それに、姫と言う肩書も存在しません。柵のついた部屋と言うのは初めてですが、どうせ、夜には出歩くのですから。どこに居ようと大差ありません。ご安心を」

「できません。あなた方の基準とわれわれの基準が違うのは確かですが、それでも、成人前の幼子で、しかもお嬢さんを、男たちのど真ん中に放り込むわけにはいかないのですよ」
「しかし」
「あなたは、さっき、棒で打たれたではないですか。もし、本物のレヘルゾンらしくあれば、誰も心配したりしないのですが」
と言って、チウはため息をついた。

力を存分に使う北の者なら、人間なぞ敵ではないだろう、と言っているようだ。アーヘルゼッヘは、
「本当に危険なら、必ず転移でも何でもして、私は逃げ出します」
「危険、と言うのを、何をもって言っているのかが問題なんですよ」
とわかったような事を云った。

アーヘルゼッヘにとって、もっとも危険なのは、成鳥に会えず、成人できないことだった。それを知って言っているような気がしてしまう。北の者は基準が違う。それは、長く生きるためのコツかもしれない。今、目の前の心のよりどころを失ってしまっては、長い時間を生きる心の強さは生まれてこない。

すなわち、発狂するか、地下へ眠りに降りていくかのどちらかになる。この、チウと言う男は、本当に、北の者を知り尽くしているのかもしれない、とアーヘルゼッヘは思った。自分は油断しすぎていないか、と問いかけた。と、その時、目を見開いたまま動きを止めていたソンが、
「お譲様、ですか…。この方は。こちらの若い方は、女性だったのですか?!」
と最後の部分は声を荒げていた。

「ソン、失礼だぞ。美しいご令嬢ではないか」
「あなたの、肝の太さに、大陸中がほれ込んでいますが。こんなところで、そんな太さを出さなくても…」
「何を言っているんだ?」
とチウがとがめた。アーヘルゼッヘは、自分は女性には見えないらしい、と理解した。しかし、それが何なのだろうと不思議に思った。
「男女差がないと、それほど、困るのでしょうか?」
と聞いた。
「困るとか、困らないとか、そういう問題ではなくてですね」
とソンがしどろもどろに答えると、
「大丈夫です。男だと思えば、そう扱っていただいてかまいません。実際、そう扱う北の者もいるのですから。幼生は、男女の差はないものです。成人して初めて、差が出るのですから」

「なら、北の方達の御嬢さんは、みんな男のようなのか…」
とどこか驚愕と言うより、がっかりしたような声を出した。人間にも夢を持つ者がいる。

淡い銀の髪を持つ、軽やかな肢体の美しい北の妖精、と言うのは吟遊詩人の歌う、悲恋物の定番だった。その妖精を守るために、悪魔のような力を持つ男たちがいる、と言うのが物語の趣旨だった。しかし、その男女に差がなくて、大きな若者が子供で小さなお嬢さんだと聞かされたのだ。ソンの気分はどれほど落ち込んでいっただろう。

アーヘルゼッヘはアーヘルゼッヘで驚いていた。人間の性別に対するこだわりは、自分たちの成人であるかどうかのこだわりに匹敵するかもしれない、とそれこそ目を見開くような発見をした。

どちらでも良いと思ってはいけないのかもしれない、と思ったところで、
「ソンさん、ですよね。あたなは、男性です、よね?」
と。最後の部分は、か? と問いかけようとしたのだが、顔色が真っ白になったのを見て、言い方を変えたのだった。

「私には、男女の違いは分からないのです」
「ここにいるのは、みんな男なんですが。見た目がごついですし…」
と言うのは、悲しみに満ちたまなざしでのつぶやきだった。アーヘルゼッヘはあわてた。

人を絶望させて喜ぶ性質ではない。喜ばせることもないのだが、自分たち北の者の情報が少なすぎるから何かおかしなことになっているのだ、とアーヘルゼッヘは思った。

そこで、
「昔の子供達は、北の者の中であっても、人間の少女のような体型のものもいたそうです」
「昔話ですか…」
「ええ、ですが事実です。ちゃんと絵姿が残っていますし、当時の人々の心に残る思い出を見れば、それが嘘でないと言う事がわかります」
その少女のような姿の者が、人間の戦士の姿に酷似した姿に成人したのだが、黙っていた。ソンは、
「あまり気になさらずに。単なる思い込みです」
と言ってため息をついた。そう言って、ソンは気を換えるように顔をチウに向けたのだが、アーヘルゼッヘは、悲しみが消えてないのが気になった。そこで、さらに、
「本当は、もっとたくさん、少女の姿で育つのかもしれません。ただ、今の、われわれには、子供は三人しかいないのですよ。ですから、そんなに多くの種類があるかどうか見分けることができなくて」
と言った。その話に、チウが顔を陰らせた。

アーヘルゼッヘは見ていなかったが、気配が陰ったのを感じて、チウをさっと振り返った。しかし、表情は消えていて、
「わかったでしょう。ソン。種族で三人しかいない子どもの、しかも、お嬢さんを預かっているんです。もし、彼女の身に何かあれば。きっと、その数分後には、人類は滅亡していることでしょう」

何を大げさなことを、とアーヘルゼッヘは思った。個人がしたことは個人に責任が及ぶ。ルールを破ったことへの罰があったとしても、ここでアーヘルゼッヘが倒れたことへの驚きはない。それが自然の摂理であり、摂理は曲げられないものであり、選んだのは本人だ。本人の意思を無視してまで、動くものは北にはいない。

「何をばかげたことを」
とアーヘルゼッヘが言うと、
「親の心子知らずと言うのです」
「私に人間で言う親はおりません」
「それでも、種の幼子にたいする愛情をあなたは知らないのですよ」
「……。」

だから、成人になりたいと思っているのだ。常に子供扱いをされ、世界には自由があると言われながらも決して自由にさせてはもらえない。

「私は成人です」
「今のあなたが?」
と言う驚きに、アーヘルゼッヘは傷ついた。もちろん、見た目が全く違うので、成人とは言えないだろう、しかし、
「気持ちの上では、もうとっくに成人なんです。百の誕生の年を迎えました。長い歴史の上で、この年で子供のままと言うことはありえないんです」
と言う。チウは、それでも首を横に振って、
「あなたの次の世代はいない。となると、あなたは永遠に幼子かもしれない」
「そんなことにはさせない! 自然は大人を欲するはずだ」

なのに、なぜ、その機会を与えてはくださらないのだろう、とアーヘルゼッヘは思った。気持ちが膨らみ、宇宙への問いかけに変えようとした。しかし、自分の声は響きすぎる。

宇宙へ上げた声は、北の主が聞くだろう。もう、耳を傾けているかも知れない。アーヘルゼッヘはうつむいて、下唇をかむ。誰が何と言おうと、自分が役に立つ一人前の大人だと証明しなければならない。そのためには、成人の証を立て、役立つ仕事に就くことだ。

目の前に立ったまま、二人のやり取りを聞いていたソンに、うっすらと血色が戻ってきた。アーヘルゼッヘを見る目は複雑で、何とも言えない表情をしている。アーヘルゼッヘはそこに同情の色が浮かんでいるように見えた。

「私は成人になる身です。子供扱いはしないで結構!」
「ええ。まあ、その」
と言った後、ソンは、チウを見ないでまっすぐアーヘルゼッヘへ目を向けた。

「あなたが、私の三倍は年上だとわかったので、子供扱いはできません。できるのは、閣下や同じ種類の特異な人間だけでしょう。それから、あなたが女性だと言うのなら、私は女性扱いしかできません。男のなりをしている健気な女性にしか見えない」

「ついさっき、女性と聞いて顔色を変えた」
「まだまだ、私自身が幼いからです」
とソンは答えた。そして、さらに、チウへ、
「今すぐ、私は戻ります。警邏達をここに残します。決して、閣下の家人をお傍から離さないでください。隊長に相談し、ここの警備の強化か、または、町の庁舎か、神殿か、どこか絶対の守りの場所へおいでいただけるように、話あってまいります」
そう言ってから、まっすぐアーヘルゼッヘを見た。

「ところで。本当に、子供は三名しかいらっしゃらいないのですか?」
「そうです」
「人類最後の三人になりました。と言われたら、私なら、卒倒するかもしれません。あなたはすごい」
「生まれた瞬間から、三人なんです。どちらかと言うと、二人しかいなかったところに生まれたので、大喜びされましたよ」
「その喜びをつぶしたのが人間だとなったら、きっと北中の方々が、我らを許さないでしょう」

アーヘルゼッヘは暗い気持ちになった。喜びに沸いた街の話は何度も聞いた。だからこそ、自分はその喜びに答えたかった。その喜びをつぶして、飛び出して来たのは自分だった。もしかしたら、本当に、北中の者達が、もう、アーヘルゼッヘを許さなくなっているかもしれない。最後の三人だからと言って信念を変えるような北の者は存在しない。

ソンが続けた。
「決して、南で死ぬようなことはなさらないでください」
と面と向かって言った。
「そんなつもりはありません」
「それなら結構です」

ソンは、少し安心したかもしれない。自分の身を自分で守るつもりでいる、とわかれば誰だってほっとする。無謀なことをしないだけでもありがたい。その上、どんな力か一般には想像しかできないのだが、それでも人間を凌駕する力を持つ北の者だ。生き抜くつもりなら、何があっても大丈夫だろう、と思うはずだ。

しかし、ソンの憂いは晴れない。もしかしたら、人間に不備があったら、外交問題として、不利になると思っているのかもしれない。人間は、絆をだいじにする。仲間の危機のために命をかける。それが自分の意志とかけ離れていてもしょうがないと思ってしまう生き物だ。だから、駆け引きに使われる要素となる、とアーヘルゼッヘは思った。

自分は人間の中に降り立った北の者だ、としみじみと感じた。仲介者と言うのを本当に意識しなければならないかもしれない、外交をつかさどる立場の者としての振る舞いを考えておかなければ、人間達に大混乱を与えてしまうかもしれない、と思うようになっていた。

しかし、アーヘルゼッヘは、性別のない美しい若者に見えていた、と言うことは思ってもみなかった。男性にしか見えない、と言う意味がどういう意味か、本当の意味には気付かなかった。ソンは、
「怪我もです」
とつぶやいた。言ってから、手を伸ばした。無意識のようだった。日に焼けた顔で、頬にふかい皺を刻んで口をかみしめている。手を、アーヘルゼッヘの額にのばして、傷口を探そうとした。自分達が勢いに任せて、女性の顔に傷をつけたことを後悔していた。深い悲しみと恐れの波がソンから湧き出していた。

アーヘルゼッヘにはなぜ、そんな悲しみが生まれるのかが分からなかった。それが不思議で、ソンの手を眺めていた。額の血は止まり傷口は消えている。その手が、触れるか触れないか、と言うところで、チウが穏やかにソンの腕に手にかけた。

「北の方の傷の治りは早い」
と教えていた。ソンは、慌てて手を腰のサーベルのつかに乗せ息を吸った。
「……閣下」
と言うと背を伸ばし、
「それでは、しばし、失礼いたします」
と、言うと思い切ったように離れた。

埃が上がってもかからないところまで馬を引いて離れると、鞍に軽々とのり、集まってきた警邏の者に、手短に命令を下す。馬車の御者も警邏隊の一人だったらしい。命令を聞くと、馬車を裏へ回そうと、慌てて家人に厩を聞きに行く。そして、彼らが動き出すのを確認すると、ソンは、果樹園の道をまっすぐに町へ向かって、馬を駆けさせていった。
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