北大陸のアーヘルゼッヘ

ふみはなえ

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19.水の種を借りねばならない

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あの小人が。つまりは、実物はたぶん小柄だが普通の体格の男のはずだが。

あの神経質な針みたいな空気をあたりに飛ばしている人物が、北の者に好かれるような人間だとは思わなかった。空気で体調を崩すこともある北の者があんな者の近くに好んで立ちたいとは思わなかった。

すると、これは都の誰かと、北大陸が勢力を上げて取引をしていると言うことか? とアーヘルゼッヘは思った。姫巫女と言う人間達の大事な地位の人物を犠牲にしようと決断できる人間に、北は肩入れをしているということだろうか、と不安に思った。

何が起きているのか分からない。それがなぜだかこわかった。この部屋に入りたくない、と思ったような怖さを感じた。
「と、言うことで、私は町中に入らねばならない」
とチウが言った。

あの小部屋は避けて、入口の広いテラスにやってきていた。

木のソファーは人体に合わせているらしく思ったよりもすわり心地がよかった。水晶の椅子に座った時も同じような感じがした、とアーヘルゼッヘは思いながら腰かけていた。

向いの座卓に胡坐をかいて、チウが座る。冷たい果物の汁をすすって、アーヘルゼッヘへ話しかけていた。アーヘルゼッヘは問い返す。

「と、言うことで、と言うことは?」
「水の種を借りねばならない。でなければ、従妹の命がない」
「借りる? 盗むものではなくて?」
「借りるだけだ。この森も、あの果樹園も。そして、あの大きな町も。水の種のおかげで、この砂漠の中建っているのだ。なくなれば半年で砂漠になるだろう」
「水脈を動かすことは、人間には不可能だ」
とアーヘルゼッヘは言った。チウの顔がくわっと歪んだ。が、声は穏やかだった。

「ここには水の種がある。それが、四年に一度の大祭の時にだけ表に出される」
「水の象徴か…」
「水の種だ」
「しかし、水は水脈があるから、地上へ噴き出しているだけで。地上に何があっても変わらない」
「いいや。水の種があるところには、水脈がやってくる、と言う言い伝えがある。だからこそ、ここが町になったのだ、と」

「言い伝えと言うのは、人間が心のよりどころにするために作った…」
と言ったところで言葉を止めた。

チウの目が、アーヘルゼッヘを離れて森の彼方へ向けられていた。木々の向こうにあかる砂漠が見えた。アーヘルゼッヘは口の端をかんで言い直した。

「悪かった。申し訳ない。地下に何を見ても何も言わないと誓ったばかりだ。私は水脈を神だと思っているのだと思っていた。しかし、人間はもっと別の夢を見る」
そう言ってから、さらに言った。

「水の種を探すために町に戻りましょう」
チウは目を砂漠に向けたままだった。
「水の種を借りて、あとで返すのなら、人間にはできない力のある私が動けば良いのです」
と言った。

言ったあと、あの光の爆発を思い出す。力を使うと、あれほど鮮やかに力の航跡が見える。ならば、きっと、動いたとたん、北の誰かが気づくだろう。

あの力のもとは、人の負の感情に沿うためのものだった。おかげで、近づきがたい気持ちになった。今度自分が力を使うと、悲しみに沿うものになるかもしれない。チウは、象徴であろうとも、水の種を持ち出したいとは思ってはいないらしい。そして、おそらく、友人であるアゼルを裏切ることになるのだろう。そんなことはしたくないと思っている。

しかし、アーヘルゼッヘがやるなら、チウが盗んだことにはならない。

「あなたは、町でアゼルに守られなさい。水の種のことは忘れて」
「どうしてです、チウ?」
「それが、私の使命です」
「でも、私がやったほうがずっと楽にできるはずだ」
「人の利権に北の方が絡んでいいのですか?」
「友人の家族の命を守るのに、力を尽くさない者はいない」
「友人、ですか」
「ええ。あなたは私の友人です。大事な友です」
と、言った。

言った瞬間、大地の熱がアーヘルゼッヘの足もとからうねりとなって天空へと駆け抜けた。何か大事なものが通って行った。見ると、チウがおかしな顔をして見ている。

アーヘルゼッヘは安心させなければ、と言う気持ちになる。アーヘルゼッヘは嘘をつくことができない。なぜなら、言ったことが事実になって行くからだ。

事実が変わる瞬間に、大きな力が大地と天とを行ききする。アーヘルゼッヘは自分は嘘をついたのだろうかと不安になったが、すでに、彼は友人だった。それが嘘とは思えなかった。

「私が一方的に思っているだけでも、友人にはなれると思うのです。それに、私は一度あなたに助けられた。だから、これはその返礼です」
「返礼」
「ええ。気にしないでください。私たちの習性です。正の心には正の心をもって答えるのです」

そして、とアーヘルゼッヘは思った。都で負の心に力を貸していた者がいた。あれは、負の心でもって答えていたのだろうか。それなら、北の主はどう思っているのだろうか。人間との争いを、千年もの時をかけて収めた方が、再び火種になるような者を黙って見過ごしておられるとでもいうのだろうか。

そして、アーヘルゼッヘは、周囲の気配を探った。もう、館を出て三日になる。なのに、追手の気配もない。ここは、負の心に与した北の方の力の範囲なのではないだろうか。だから、手をつけることができないのかもしれない。だから。と思ってアーヘルゼッヘは不安に思った。

北の者が都にいる。それもあったことのない成人だ。だから、成鳥であるかもしれないし、そうでなくても、成鳥の居場所を知っているかもしれない。もちろん、そのために、水の種の約束をしたわけではなかった。しかし、もしもあったら、何か分かるかもしれないと言う思いもないわけではなかった。

ただ、北の大陸に戻されないように合わなければならないし、もしかしたら、とんだ勘違いで罠にはまりに行くようなものかもしれないのだが。それでも、漠然と探すよりはずっと良いと思ったのだ。
「私は人探しをしているんです。もしかしたら、都にいるのかもしれません」
「なぜ、ここにやって来たのです」
「ここだと思ったからです」
「なぜ、ここだと思ったのですか」
「それは…」

一番、気配が濃かったからだ。成鳥がいる場所なら、この大地でもっとも気配が濃い場所にいるはずだ、と思ったからだ。存在感の大きさ、と言うのだろうか。なのにここにはいなかった。あれほど遠くからいると思ったのに、この場に立ってみたらその気配は全くなかった。もしかしたら、あの都の映像を操っていた北の者が、ここの気配を探っていたからかもしれない、と思った。

北の者が、大陸の遠見をする先はどこもかしこも気配が濃くなってしまうのだが。多くの北の者がこの場を探っていたからこそ、気配が濃くなっていたのかもしれないと思うのだった。

そして、だからこそ、誰もここへは追いかけてこれない。誰もが遠くからしかのぞけない場所だからこそ、ここは自由だ。もしかしたら、力を使っても、すぐに手を出せる場所ではないのかもしれない。そう思うと、この先の自由を約束されたような気がして、アーヘルゼッヘは手足を伸ばしたような気分になった。

「探している人物の気配に近いと思ったからです。大祭があったから、それで惑わされてしまったのだと思います」
その大祭で起こる出来事に注視している北の者がいるせいで、ここに落ち着いてしまったわけだ。と思うと、
「次の道しるべがここにあったのだと思います。北の者はそんな風に考えるんです」
と答えた。
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