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20.絶対など存在しませんよ
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一週間はあっという間に過ぎた。アゼル隊長は、町へ入る命令は出さなかった。命令どころか、許可も出さなかった。ソンは、大勢の部下を引き連れて、家の守護にあたったが、これと言って誰かが攻めてくることも、侵入してくることもなかった。
北の者のあれだけ大きな力を使える人間が敵方にはついているのだ。外から守っていてもあまり意味はないと思うのだが、ソンは気にした様子もなく、何一つ見逃さないような警備体制を引いた。
「人間だったら、これで十分かもしれないですね」
とアーヘルゼッヘが言うと、チウが笑った。なんで笑うのかと聞くと、
「絶対など存在しませんよ。何であれ、攻めようと思えば攻め方があるものです」
と答えた。意味深な答えだった。
一週間、チウは屋敷の周囲を歩きまわるだけだった。アゼルに町に入りたいと何度か使者を出したのだが、帰って来たのは不穏な空気があるから来るな、と言うものだった。待つと言った、都の敵は、町に何か仕掛けてきたのかもしれない。
しかし、木陰が涼しい避暑の家では、危機感もなければ焦燥感もわいてこない。そのくらい、穏やかな空気が漂っていた。
ただ一人、あと一週間と言う期限を聞いて、その間に水の種を手に入れなければ、チウの従妹の身が危ないと、アーヘルゼッヘが気をもんでいた。
水の種は、この町の信仰だった。家を守備するソンが、町の神殿も同じように警備の者達が守っていて、町の裏には外から来た怪しい人間がたまりだしていると言う話をしていた。
守りたい者はたくさんいるのに、警邏隊の人数は限られているからと愚痴られて、アーヘルゼッヘは、ついつい、ここには自分がいるから町へ戻ればいいといった。
ソンは、アーヘルゼッヘがいるからこそ警備をしているのにそんなことはできないし、都の使者でもあるチウにもしものことがあれば、やはり町にとって大変なことになってしまうと断った。
と、言うよりも、物わかりの悪い異人に対してとうとうと説いて聞かせた。さらに、チウにもしものことがあれば、町の立場が悪くなると言うだけではなく、人類の大損失だと熱く語り、チウのこれまでの大活躍を語ってくれた。
しかし、北の者との大戦の中の話らしく、人を救う話ばかりで、敵を倒した話は出てこなかった。アーヘルゼッヘへの遠慮だろうが、ともあれ、その執心ぶりはすごかった。つまり、水の種は、そういう彼らにとって大切な人間と同じくらいしっかりと守らなければならないものらしい。
そのくらい、人間にとって大切なものらしい、と言うことが、アーヘルゼッヘにもわかった。だから、チウは動かないのだろう、と思った。結局、都からここへ来たものの、敵へ対して、絶対に取ってくると言ったものの、水の種を手に入れる気はないのかもしれない、と思うのだ。
彼の水の種への信仰は、従妹の命よりも重いのかもしれないと考えた。人間の思いは、アーヘルゼッヘには分からない。
ソンなら、自分の命よりも、チウ閣下の命の方が重いのです、と平気で答えそうな気がした。チウにとっても、水の種は同じように、人間の命よりも重いのだろうか、と思うと、アーヘルゼッヘは落ち着かなくなる。
誰が何を思おうが、その者の自由である。が、手を出せば助かる者を見殺しにする気にはなれない。なぜ、チウは、アーヘルゼッヘが手助けすると言うのに、町へ行こうとしないのだろう。また、なぜ、水の種を取って来てくれと頼まないのだろう、と思うのだった。
北の者の力を信じていないのだろうか、とも思ったが、大戦を経験したのなら力は信じているはずだった。一瞬にして町はおろか、海まで干上がらせる力がある。それを目の当たりにしてきたはずだ。となれば、彼が信じていないのはアーヘルゼッヘ自身かもしれない。十年前まで敵だった者を、自分の従妹の命を預けるほど信じる気にはなれないのかもしれない、と思うのだった。
「ソン殿。大祭とはどんなものか教えていただきたい」
とアーヘルゼッヘは言った。
屋敷を背に、森の端に立って果樹園を眺めながら聞いた。
巡回する警邏達と共に歩きながらだった。日が沈みかけている。白い砂塵が地平線を覆い、赤紫の太陽が横に広がる。後、半時もしないうちに、太陽は大地に溶け込み、天上を群青色の星空が覆う。北の白い雲に覆われた空とは全く違う。峡谷の谷間にある館から見る空は、小さく遠くに見えるのに、ここでは上から覆いかぶさるようだ。空が大きい。
「大陸中から要人が集まって、神を祭る祭りです」
とソンは答えた。それなら何度も聞いている。問題は、そこではなかった。
「神殿に人々が集まるのでしょう?」
とアーヘルゼッヘは続いて聞いた。聞きたいのは、神殿の位置関係と、水の種の位置だった。
チウは何を考えているのか分からなかい。動かない。彼の無口な家人に指示を出し、時々町にやっているようだったが、これと言って進展はないようだった。ソンの隊長のアゼルも、要人警護や町の警護で忙しいのか、この屋敷には全く来ない。
一時間だけ、水の種を借りて、都へ飛んで見せつけて、用がすんだら持って戻ればいいではないか、とアーヘルゼッヘは思っている。向こうが北の力を使うなら、こちらも使っていいはずだ。そう言ってチウに話した。しかし、彼は相手にしない。
「アーヘルゼッヘ。それはありがたい話です。感謝したい。しかし、それでは何の解決にもならない」
「しかし! 姫巫女の命はそれで助かるのではないですか」
「あの娘は、都を助けたいだけだ。今は強制されているが、一時、水の種があるだけでは、あの水不足は補えない。水不足で、都に死者が出始めれば、すぐに、火の神の元へ嫁ぎたいと言い出すだろう」
「しかし、水源を探すにしろ、水を都へ引くにしろ、時間がかかる。焼身したからと言って雨が降るわけではないでしょう!」
とアーヘルゼッヘが強い声で言うと、チウは苦い声で、
「姫巫女が神を信じなくて誰が神を信じるんです。あの娘なら、やりますよ。火の神に直接話に行けば、必ず願いを叶えていただけると信じて。そして、あの娘が自分からやると言ったら止めれる者は、この世には誰もいない」
「あの世ならいるのでしょうか」
「いいえ。そうではなくて。止めれるのは神だけです」
と遠くを見つめるような声で言った。
人間の信仰は、アーヘルゼッヘには分からなかった。しかし、チウは打つ手はないと思っているらしい。ここから都へ帰らないのは、もしかしたら、火あぶりを見たくないだけなのかもしれない。
人間の考える友人とは、どんなものなのだろうとアーヘルゼッヘは考えた。チウの苦しみを拭ってあげたいと思った。もし、チウが北の者なら、声を上げて悲しみを訴えるか、何もかも諦めて静かに時が来るのを待つかどちらかだろう。
心の声を隠す方法が北の者の中にはない。皆が皆、相手の声を聞くからだ。しかし、人間であるチウは、苦しんでいるような顔はしない。ちらりとも見せない。そばにいても、あきらめているのだろうと思うほど、穏やかだ。
しかし、アーヘルゼッヘはチウの傍から立ち上がる陽炎のような怒気と言うのか、闘気と言うのようなものが見えた。本当に時折なのだが、ぱっと燃え上って、屋敷はおろか森を覆うような勢いで広がって消えていく。
本人は、気づいているのかどうかわからないのだが、闘気をごまかすかのように舌打ちをしたり、気配を散らすように腕や首の後ろをさすっている。諦めたわけじゃない。でも、彼には打つ手が全くない。アーヘルゼッヘの目にはそう見えるのだ。
北の者のあれだけ大きな力を使える人間が敵方にはついているのだ。外から守っていてもあまり意味はないと思うのだが、ソンは気にした様子もなく、何一つ見逃さないような警備体制を引いた。
「人間だったら、これで十分かもしれないですね」
とアーヘルゼッヘが言うと、チウが笑った。なんで笑うのかと聞くと、
「絶対など存在しませんよ。何であれ、攻めようと思えば攻め方があるものです」
と答えた。意味深な答えだった。
一週間、チウは屋敷の周囲を歩きまわるだけだった。アゼルに町に入りたいと何度か使者を出したのだが、帰って来たのは不穏な空気があるから来るな、と言うものだった。待つと言った、都の敵は、町に何か仕掛けてきたのかもしれない。
しかし、木陰が涼しい避暑の家では、危機感もなければ焦燥感もわいてこない。そのくらい、穏やかな空気が漂っていた。
ただ一人、あと一週間と言う期限を聞いて、その間に水の種を手に入れなければ、チウの従妹の身が危ないと、アーヘルゼッヘが気をもんでいた。
水の種は、この町の信仰だった。家を守備するソンが、町の神殿も同じように警備の者達が守っていて、町の裏には外から来た怪しい人間がたまりだしていると言う話をしていた。
守りたい者はたくさんいるのに、警邏隊の人数は限られているからと愚痴られて、アーヘルゼッヘは、ついつい、ここには自分がいるから町へ戻ればいいといった。
ソンは、アーヘルゼッヘがいるからこそ警備をしているのにそんなことはできないし、都の使者でもあるチウにもしものことがあれば、やはり町にとって大変なことになってしまうと断った。
と、言うよりも、物わかりの悪い異人に対してとうとうと説いて聞かせた。さらに、チウにもしものことがあれば、町の立場が悪くなると言うだけではなく、人類の大損失だと熱く語り、チウのこれまでの大活躍を語ってくれた。
しかし、北の者との大戦の中の話らしく、人を救う話ばかりで、敵を倒した話は出てこなかった。アーヘルゼッヘへの遠慮だろうが、ともあれ、その執心ぶりはすごかった。つまり、水の種は、そういう彼らにとって大切な人間と同じくらいしっかりと守らなければならないものらしい。
そのくらい、人間にとって大切なものらしい、と言うことが、アーヘルゼッヘにもわかった。だから、チウは動かないのだろう、と思った。結局、都からここへ来たものの、敵へ対して、絶対に取ってくると言ったものの、水の種を手に入れる気はないのかもしれない、と思うのだ。
彼の水の種への信仰は、従妹の命よりも重いのかもしれないと考えた。人間の思いは、アーヘルゼッヘには分からない。
ソンなら、自分の命よりも、チウ閣下の命の方が重いのです、と平気で答えそうな気がした。チウにとっても、水の種は同じように、人間の命よりも重いのだろうか、と思うと、アーヘルゼッヘは落ち着かなくなる。
誰が何を思おうが、その者の自由である。が、手を出せば助かる者を見殺しにする気にはなれない。なぜ、チウは、アーヘルゼッヘが手助けすると言うのに、町へ行こうとしないのだろう。また、なぜ、水の種を取って来てくれと頼まないのだろう、と思うのだった。
北の者の力を信じていないのだろうか、とも思ったが、大戦を経験したのなら力は信じているはずだった。一瞬にして町はおろか、海まで干上がらせる力がある。それを目の当たりにしてきたはずだ。となれば、彼が信じていないのはアーヘルゼッヘ自身かもしれない。十年前まで敵だった者を、自分の従妹の命を預けるほど信じる気にはなれないのかもしれない、と思うのだった。
「ソン殿。大祭とはどんなものか教えていただきたい」
とアーヘルゼッヘは言った。
屋敷を背に、森の端に立って果樹園を眺めながら聞いた。
巡回する警邏達と共に歩きながらだった。日が沈みかけている。白い砂塵が地平線を覆い、赤紫の太陽が横に広がる。後、半時もしないうちに、太陽は大地に溶け込み、天上を群青色の星空が覆う。北の白い雲に覆われた空とは全く違う。峡谷の谷間にある館から見る空は、小さく遠くに見えるのに、ここでは上から覆いかぶさるようだ。空が大きい。
「大陸中から要人が集まって、神を祭る祭りです」
とソンは答えた。それなら何度も聞いている。問題は、そこではなかった。
「神殿に人々が集まるのでしょう?」
とアーヘルゼッヘは続いて聞いた。聞きたいのは、神殿の位置関係と、水の種の位置だった。
チウは何を考えているのか分からなかい。動かない。彼の無口な家人に指示を出し、時々町にやっているようだったが、これと言って進展はないようだった。ソンの隊長のアゼルも、要人警護や町の警護で忙しいのか、この屋敷には全く来ない。
一時間だけ、水の種を借りて、都へ飛んで見せつけて、用がすんだら持って戻ればいいではないか、とアーヘルゼッヘは思っている。向こうが北の力を使うなら、こちらも使っていいはずだ。そう言ってチウに話した。しかし、彼は相手にしない。
「アーヘルゼッヘ。それはありがたい話です。感謝したい。しかし、それでは何の解決にもならない」
「しかし! 姫巫女の命はそれで助かるのではないですか」
「あの娘は、都を助けたいだけだ。今は強制されているが、一時、水の種があるだけでは、あの水不足は補えない。水不足で、都に死者が出始めれば、すぐに、火の神の元へ嫁ぎたいと言い出すだろう」
「しかし、水源を探すにしろ、水を都へ引くにしろ、時間がかかる。焼身したからと言って雨が降るわけではないでしょう!」
とアーヘルゼッヘが強い声で言うと、チウは苦い声で、
「姫巫女が神を信じなくて誰が神を信じるんです。あの娘なら、やりますよ。火の神に直接話に行けば、必ず願いを叶えていただけると信じて。そして、あの娘が自分からやると言ったら止めれる者は、この世には誰もいない」
「あの世ならいるのでしょうか」
「いいえ。そうではなくて。止めれるのは神だけです」
と遠くを見つめるような声で言った。
人間の信仰は、アーヘルゼッヘには分からなかった。しかし、チウは打つ手はないと思っているらしい。ここから都へ帰らないのは、もしかしたら、火あぶりを見たくないだけなのかもしれない。
人間の考える友人とは、どんなものなのだろうとアーヘルゼッヘは考えた。チウの苦しみを拭ってあげたいと思った。もし、チウが北の者なら、声を上げて悲しみを訴えるか、何もかも諦めて静かに時が来るのを待つかどちらかだろう。
心の声を隠す方法が北の者の中にはない。皆が皆、相手の声を聞くからだ。しかし、人間であるチウは、苦しんでいるような顔はしない。ちらりとも見せない。そばにいても、あきらめているのだろうと思うほど、穏やかだ。
しかし、アーヘルゼッヘはチウの傍から立ち上がる陽炎のような怒気と言うのか、闘気と言うのようなものが見えた。本当に時折なのだが、ぱっと燃え上って、屋敷はおろか森を覆うような勢いで広がって消えていく。
本人は、気づいているのかどうかわからないのだが、闘気をごまかすかのように舌打ちをしたり、気配を散らすように腕や首の後ろをさすっている。諦めたわけじゃない。でも、彼には打つ手が全くない。アーヘルゼッヘの目にはそう見えるのだ。
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