北大陸のアーヘルゼッヘ

ふみはなえ

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33.力が逆流するなんて

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悠々と話す男の声は、これから先みんなチウの声に似ていると思うのかもしれない、と思いながら、北の主の声にも似ている、などと考えていた。

考えながら、今度は本当にすべての意識が消えていき、気がつくと、ベットの中で眠っていた。眠る自分の姿を感じて、静かに目をあける。すべてが夢で北の館にいるかもしれない、と迂闊にも期待した。期待したせいで、目を開けた時、心配そうにのぞきこむパソンの目を見て、失望の目をしてしまう。十四歳の少女は、失望の目を覗き込み、いたわりの籠った眼差しで静かに手をのばして、アーヘルゼッヘの崩れた前髪をやさしく梳くった。

アーヘルゼッヘはなされるがままに目を閉じて、自分が小さな年端もいかない子どもになったような気がした。本当に、彼らの年に換算すると小さな子供なのだと思うと、悲しみが広がった。おまえにはやれないと言われた物を駄々をこねてほしがって、手に入れたのは異郷の地にいる無力な自分だ。小さな自分が悲しくて涙が溢れそうになる。そこに、パソンの穏やかだが、落ち込んだ声がした。

「心配しました。わたくしが余計な事を云ったばかりに」
アーヘルゼッヘはあわてて眼を開けた。理由がすぐには分からなかった。パソンは、アーヘルゼッヘの髪を静かにかきあげながら、
「わたくしが止めてと叫んだばかりに、アーヘルゼッヘ殿は力を抑えられたでしょう」
よく見ると、パソンは口の端を噛んでいる。

「力が逆流するなんて、わたくし知らなかったのです。ですから、アーヘルゼッヘ殿にこれほどの負荷がかかるとは。そうですよね。森でちゃんと見ていたと言うのに。森いっぱいに膨れ上がった力を包み込むのにも、あれほど力が必要だったのに、噴き出る前に抑えたのですから。アーヘルゼッヘ殿が目を開けてくださって、わたくしどれほどうれしいか」
そう言って、アーヘルゼッヘの目を覗き込みながら、震える口でほほ笑んだ。

そして、微笑みながら、
「申し訳ございません。考えなしのことを申し上げて」
「まさか。そんなに、謝っていただく必要はないんです。わたしがうっかりしていただけで」
「いいえ。自然なことをなさろうとしていたはずです。わたくし近くにいたからわかりましたの。温かい空気が膨れ上がって、あの光に触れた者は、陽気な気持ちになっただけでしょう。それ以上のことはなかったはずです」
「いいえ。そうではなくて。ではなくて、何と言えばいいのか」
と言いながら、アーヘルゼッヘは身体を起こした。

と、素早く背中の後ろにクッションが添えられる。見ると、白いふち飾りのついた帽子をかぶった少女が二人、アーヘルゼッヘの脇と、パソンの脇に立っている。一人は水差しを手に、パソンのグラスの傍に立つ。

小さな丸い台の上には、レースの敷物が敷かれていて、赤いカットグラスが置かれている。部屋は大きく、壁には極彩色に花が描かれ、壁と天井の境の白い御影石の縁取りや、飾り棚やソファーが美しい。床のピンク色の大理石が部屋を明るく引き立てている。大きな腰高窓の向こうは森のような樹木で、その木々の枝の向こうに青空が見える。豪華だが落ち着いた部屋だった。首を回すと入口近くにも剣を腰に差した女性の警備兵が立ち、外の気配に耳を傾けているようだ。

「議長室ですわ」

パソンが部屋に驚いて見回すアーヘルゼッヘに答えた。アーヘルゼッヘは、こんな華やかな女性的な、しかも、ベットのある部屋が、と驚いていた。パソンは、多くの人間がアーヘルゼッヘと同じように驚くらしい。セットになった説明文のように、
「かつて、町の議長は女性と決まったものでした。今が例外なのですわ」
とほほ笑んだ。

 アーヘルゼッヘは、パソンの笑顔を見てほっとした。ほっとしてやっと、自分が話そうとしたことを話しだした。

「私がせっかちだったのです。私は、嘘は言えません。ですから、北の者達へ伝えるすべがない今、北の者達へも伝えます、と約束してはならなかったのです。そして、約束が破られたと思った瞬間、自分は必ず約束を守るのだと言う強い意志で、嘘のほころびを許さないと立ち向かわなければならなかったのです。なのに、うっかり出した言葉だったせいで、うっかり嘘になりそうだと気がついて、収集がつかないところまで行ってしまったのです。パソン殿のせいではありません。私こそが、申し訳なく、パソン殿へ謝らなければならなかったのですから」
と言ってから、ばつ悪そうに笑って、
「申し訳ありません」
と謝った。パソンは目を見開いて聞いていたのだが、
「光を押しとどめてくださったではありませんか」
「出してはいけない光ですから」

「いいえ。わたくしが止めてと言った一言に、驚くわたくし達の為にすばやく止めてくださったのです。嘘をつけないと言った説明は、正直わたくしにはよくわかりません。でも、おかげで、アーヘルゼッヘ殿は、わたくしたちが恐れるような事は決してなさらないと信じることができたのです」

アーヘルゼッヘの首筋に、脇に立つ少女が冷たいタオルを当てた。目が覚めて気持がよかった。帽子の影の目は、はにかんでいたが笑っていた。怖がってはいなかった。アーヘルゼッヘの銀の髪は、相変わらず鈍く輝き、瞳の奥にも銀の輝きがあるはずだった。それなのに、数日前に見た、町の人々の恐怖の影はどこにもなかった。パソンが続けた。

「北の方が、わたくし達の為に、命を賭して力をセーブしてくださった。そう言う方がここにいると、市庁舎にいた者達は知ったのです。北の方が祭りに参加してくださるのは、町にとっても世界にとっても喜ばしいことなのだと、皆で感じることができたのです」

アーヘルゼッヘはタオルを額に持って来て、うっすら浮かんだ汗を拭いた。忘れていたが、つい先日まで、怖がられていたのだった。パソンと一緒の馬車できたから、妨害されずに済んだだけだ。もとい、パソンと大量の警護の人々がいたおかげで、町の中心までこれた。彼らが大事にする、神とも仰ぐ樹木のそばまでこれたのだ。
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