北大陸のアーヘルゼッヘ

ふみはなえ

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35.大祭は、巨木を中心に始まった

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大祭は、巨木を中心に始まった。

鬱蒼とした枝を広げた巨木を囲む、庁舎の窓と言う窓は開かれて、人々で埋まっていた。老いも若きも金持ちも貧乏も、この時ばかりは差別もなければ区別もなく、誰よりも早く庁舎に並んだものが、樹木の見える窓近くに陣取った。

床の美しい敷石が泥で汚れていたが、よく見ると美しい絹の絨毯は丸められ壁に立て掛けられている。また、家具は隅に積み上げられて、シーツを掛けられ、警備のためかお仕着せを来た部屋係りが見張っている。

窓近くから、外の廊下まで、ささやきあいつつ行きあう人々が、窓をちらちら見つめながら、肩を寄せ合い立ちつくす。

時折、廊下の端から水が瓶で回されて、手にとって口に含んで喉をうるおすものもいれば、ハンカチに含ませて子供の唇を拭うものもいる。石でできた庁舎は、人の熱気と外の熱砂の空気とで、いられないほど蒸していた。

時折倒れる者がでる。それが誰であろうが、手に手を差し伸べ支えあい、時には外へとはこびだされる。待つのもそろそろ限界だ、と言う時間を、かれこれ小一時間は過ぎていた。

アーヘルゼッヘは、人々が庁舎へ流れ込む前に、階下にあるがらんとした部屋へ案内されていた。外の広場に続く部屋で、人気がなく涼やかだ。アーヘルゼッヘの他には、アゼルにパソン、そして、黒いローブの男に、髪を顎の下で切りそろえた女と、白い服の子供と、都会の若者と年寄りだった。

黒いローブの男は、西の訛りで話した。贅沢な金の腕輪や胸飾りをつけ落ち着いた雰囲気で、この部屋の主役のようにふるまっている。案内されたアーヘルゼッヘを見て驚いて、それが良い意味での喜びだと分からせようと両手を広げて歓迎しなおした周到ぶりだ。慌てた様子はなかったが、一瞬値踏みをするような目をアーヘルゼッヘに向けていた。名をオッソ・ローゲルと言い、西国の大神官だと言う。パソンとも知りあいで、アーヘルゼッヘの歓迎が終わるとパソンと近況を話しだした。

髪をぶつりと顎の下で切りそろえた女は、プロトルと言った。この暑さの中きっちりと首から足の先までマントでくるみ、マントの下で両手を体に巻きつけている。両手の先にマントのどこかが留めてあるのか、さらにマントを引き寄せている。山岳民の女祭司で、無表情で、簡単な挨拶で聞いた声は低くかすれたものだった。宣託を聞く身であり、山から出てはいけない身だと言いながら、山の神の指示でここにいると言う。

そばに立つ少年も同じように神殿から来た者だった。ティアラーネと言う華やかな名前で、東の大陸へ渡る島々の出身で、曰く、神の気配をもっとも多くまとった者を敬意として遣わした、と少年が読んだ小さな巻物に書かれていた。

少年自身は、物おじしないはっきりした声で話す男の子で、大陸の真ん中の砂漠の真ん中でやっと神の恵みを発見した、と聞き様によっては大変失礼なことを言ってにこりと笑った。つまりは、移動した旅の途中では、大陸の町々はどう見ても神がいる世界には見えない、と言いたかったらしいのだが、みなは大人だからか、旅すると何か思うことがあるからか、顔色を変えて反論する人間はいなかった。

単に、そのくらい、この町の大樹は素晴らしいと言っていて、本当に素晴らしいと全員が思っているだけだったのかもしれないのだが、アーヘルゼッヘには小さな大使の皮肉のように見えた。

最後に、上品な服装や大げさな振る舞いから帝都から来たとわかる、若者と年寄りの二人ずれが名乗った。帝都の代表だと言いながらも、アーヘルゼッヘへ名乗った、セノ卿とゼ大臣補佐と言う名前と肩書以外は何一つ口にせず、神々に関係のある者達ばかりがいる場所で、場違いだと思うのか肩身の狭さを表すかのように、部屋の片隅で二人で顔を寄せ合って立ちつくしていた。

アーヘルゼッヘ達と部屋に入ったアゼルが、華やかな笑顔を作り、二人と同じような大げさな身振りで近づいて、都会の様子を尋ねだすと、やっと表情の硬さがとれはじめる。耳を傾けると、旅の話や砂漠の暑さに花を咲かせる様子は、暇な貴族の御曹司と窓際の官僚と言った風情だ。大祭を口実に祭り見物に来ただけように見えた。

部屋はがらんとしていた。美しい磨き抜かれた床石に、厚い布地を張ったクッションのきいたソファーと椅子が置かれている。他の部屋は人間がすし詰めなのに、ここは中央に大きな丸テーブルがあったり、果物の籠や果物酒の水差しまである。

内庭に向かって両開きの扉が開かれ、まるで、テラスでお茶を楽しもうとでもしているかのようだ。内庭にこだまする人々の騒然とした声の響きがなければ、また、庁舎を揺さぶるような人々の足音が無ければ、どこかの豪華な商家にでも招かれたような風情に見えた。
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